第51話 荒廃した港町

結局、温泉宿で三日も過ごしてしまった俺達は海が見える丘の所まで旅をしてきた。


「あれが海ですか。遠くまで見渡しても何もないんですね」


「海面は陽の光が反射してキラキラと綺麗よね」


二人其々の感想を聴きながら俺はフェンリル(名前はまだない)の頭を撫でていた。


丘の上で周りの景色を堪能した俺達は眼下に見える港町に向かって坂道を下り始めた。


坂道を下り始めて2時間ほど、防壁に囲まれた港町までやって来た。


「余り人影がありませんね」


防壁の門にも人は立っておらず、俺達はそのまま街の中へと足を踏み入れた。


道すがら周りの様子を観察していると、周りの建物よりも大きめの役場のような建物を見つけたので、その建物に向かって歩き始めた。



扉を開けて、中を伺うと数人の人たちが居たので話を聞いてみることにした。


「済みません。旅の冒険者ですが、この街に宿とかありますか」


「あ~、ちょっと待っててくれ」


答えてくれたのは、60歳位の男性だった。

教えて貰えそうなので、少し待つことにして建物の中を観察していた。


「待たせたな。宿は有るにはあるんだが、食材などがお客に出すほど無いんだよ」


「それは一体どうして何ですか」


そこから、この街の現状を聞くことが出来た。


隣街との陸上での輸送は、丘が連なった地形の為に一月ほど掛かるとのこと。

なので、通常は海のルートを使って隣街と輸送していたのだが、十日ほど前にこの地域を嵐が襲い、その時海流に乗って沖合にしかいない筈の海の魔物が近くに流れ着き住み着いてしまい海のルートでの輸送が止まってしまったという事だった。


なので、物資が届くまで食料などは切り詰めて生活しているらしい。


「と、こういう事なんだ」


「じゃ、食材を自分達で調達出来れば、泊ることは可能なんですね」


「あ~、それなら大丈夫だ」


それから、ここは役場で合っていたらしく、男性から泊れる宿も教えて貰った。



「あそこでしょうか」


「そうだね。海の近くで浜辺もあるし良い所だね」


「でも、魔物が近くに居るのだと泳ぐのは無しかしらね」


「もし討伐出来そうなら、この街の人たちの為にも討伐してしまっても良いと思うけどね」


そんな会話をしながら紹介して貰った宿へと到着した。


「済みません。お世話になります」


「いらっしゃい。食事を出せないけれど本当に泊まるのかい」


「えぇ、大丈夫です。それで、食材は自分達が提供しますから、調理の方はしてもらえると嬉しんですが」


「食材があるなら、調理はしてあげるよ」


交渉が成立したので、女将さんに調理場へと案内してもらい、取り敢えず三食三日分の食材と調味料などを少し多めにわたしておいた」


宿の人にもお裾分けしておかないとね。



「さて、少し浜辺でも散歩してこようか」


「あの~、私たちは部屋でのんびりとしていて良いですか」


「あ~、構わないよ」


女性二人は宿の部屋でのんびりとしたいようなので、俺はフェンリルを連れて散歩に出かけた。



フェンリルが浜辺を元気に駆け回る、俺も裸足になってその後を追いかけて遊んでいた。

日本では偶に海に行って遊んでいたが、この世界で生まれてからは初めての体験だった。

何と無く、日本での小さい頃を思い出したような気がした。


それと、もう一つフェンリルと戯れていて思い出したのが、こいつの名前をまだ付けていない事だった。


「ごめんよー、すっかり忘れていたよ」


フェンリルの悲し気な視線に心が痛む。

そこで俺は、砂浜にフェンリルが気に入りそうな名前を棒を使って書いていく。


フェル...ハク...シャル...エリザベス...クリスティーヌ...e.t.c


すると、フェンリルは右の前脚でシャルを選んだのだった。


「それで、良いのかい」


同意の意味で大きく頭を上下に振る名無しのフェンリル、改め名有りのシャルとなった。


こうして、本当の意味で仲間に加わったシャルである。


暫くして宿に戻ると、宿の入口で女将さんが食事の用意が出来たと教えてくれた。


俺は早速、部屋に戻ると二人にシャルと命名した事と食事が出来たことを伝えた。



「シャルちゃんですか、エディオン様が考えたんですか」


「一応はそうだね。砂浜に候補の名前を書いて選んで貰ったんだよ」


「まぁ、自分で決めたんですか。文字もちゃんと理解しているんですね」


ヘザーさんに、そう言われて初めて気付いた俺だった。

シャル賢かったんだな。


「ウォンウォン!」


そうですよー、言わんばかりの返事だった。



翌日......。


宿の部屋でのんびりとシャルの毛繕いをしていると、女将さんが呼びに来た。

なんでも、役場の人が頼みたい事があるので相談に乗って貰えないかと訪ねてきたという事だった。


まぁ、話の内容は想像出来るので、待っているという宿の食堂へと俺達は降りていった。


「済みません。のんびりとされている所にお邪魔をしてしまい」


「いえいえ、それでお話と言うのは...」


その話の内容は、依頼料は余り出せないが海の魔物がどうしているのかを調べて来て欲しいというものだった。


予想していた内容だったので否は無く、逆に堂々と活動できるので良かったと言えるだろう。

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