第182話

 切羽詰まった様子のフィーナの表情に一瞬、心が動かされそうになるが――、それを……、今――、それを聞くと心が揺らぐことが分かりきっている。


「フィーナ、俺達の事については魔王を討伐した後に攻めてくる魔法王を倒してから話し合うとしよう」

「魔法王?」


 そういえば、魔王の話はしたが魔法王の話はしていなかったな。


「はい。魔王を討伐したあと一週間ほどで魔法王ラルググラストが攻めてきます」

「ラルググラストって……、あの……、一人で国を滅ぼした魔人の?」

「そんなにすごい奴なんですか?」

「すごいなんてものじゃないわよ。魔王については討伐方法が何とかなったから倒せるとして――、魔法王なんて一国が総力を合わせて戦わないと無理だから。――と、とりあえず! すぐにアルセス辺境伯に報告してくるからね。フレベルト王国の魔法騎士団と近衛騎士団も居ないと勝てないからね!」


 アルセス辺境伯軍が駐屯している天幕の方へアリサは戻っていく。

 そんな彼女を見送ったあと、フィーナが俺の手をギュッと掴んでくる。


「アルス君。そんなに危険な相手なんて大丈夫なのかな……」


 心配そうな表情で見上げてくるフィーナ。

 そんな彼女の顔を見て、魔王がフィーナを殺した場面が脳裏に駆け巡る。

 あの時の魔王の強さは目に止まらないほど圧倒的で――、そして絶望感をこれでもかと思い知らされた。


 ――だから、安易に大丈夫だ! と、言う言葉を使うことは躊躇(ためら)われた。


「大丈夫だ」


 俺は、フィーナに握られている手とは別の手で彼女の頭を撫でる。

 彼女の――、柔らかく繊細な髪が、指先の間を流れていくのを心地よく感じながらも――、俺はどんな手段を使ってでもフィーナを助けると心の中で誓う。


 それが、俺が彼女に出来る唯一の贖罪なのだから。




 フィーナと河原から村に戻ったあと、すぐに父親であるアドリアンが家に戻ってきた。

 

「お父さん?」

「あなた、どうかしたの?」


 息を切らせている父親に、母親は首を傾げるが――。

 俺は、何となく事情を察してしまう。


「アルス、すぐにアルセス辺境伯の所まで来るんだ」

「あなた!」


 朝食を食べていた俺を庇うかのように母親が父親と俺の間に割って入ってきた。


「……そうか、飯でも食べないとな――」


 本当は、すぐにでも俺を連れて行きたいのだろう。

 ただ、アリサと別れて家の前までフィーナと戻ってきたところで何かを察したのか母親はやたらと俺からは離れたがらないのだ。


 父親の言葉に、母親であるライラも父親の分の食事の用意をしてテーブルの上に並べていく。

 そして、俺の隣に座った父親は俺を見てくると深くため息をついていた。

 食事を終えたあと、名残惜しそうに母親は俺を抱き寄せてくる。


「アルス、無理をしたらダメよ。絶対に、ダメだからね」

「分かっています」

「ライラ、そろそろいいか?」

「ええ……」


 ようやく母親の腕から離された俺は、父親と共に川を渡りアルセス辺境伯が待つ駐屯地 ――天幕へと向かう。

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