第159話

 俺は、戸惑いの表情を浮かべているフィーナを見ながら彼女に語りかけることにする。

 自分自身が、本当のアルスではないこと。

 そして、俺は異世界の人間であること。

 この地には魔王が存在していて、人に仇なす存在であるということ。


 そして、俺が何度も同じ時間を繰り返していたことも告げた。

 その繰り返す条件が、そのトリガーが自分自身の死だということも。


「……アルスくんが、異世界人なのは知っていたけど……、え? それって――」

「俺が異世界人だという事を知っていた? いつから?」

「え? だって、アルスくん……、小さい頃から私たちに勉強を教えてくれたよね? ここの川原で……、何も覚えてないの?」

「俺が……?」


 フィーナは、驚いた表情で俺に問いかけてきた。

 でも、俺には……、そんな記憶が一切ない。


「それって、俺が狼に襲われる前からなのか?」

「そうだよ! アルスくんが、ライラさんに連れられて村に来たときが2歳くらいだったから――」


 そこでフィーナは一度、口を閉じると思案顔したあと。


「ライラさんが、私のお母さんや、ジャイガルドのお父さんと話をしているときにね、アルスくんは、私やジャイガルドくんにアレクサンダーくんと話をしたことがあるの。そのときにね! 私たちを見たあと村を隅々まで確認して言った言葉が「衛生面には問題があるな」だよ! それに……」

「それに?」

「契約と違うって、アルスくん呟いていたの」

「――ッ!?」


 彼女――、フィーナの言葉に俺は息を呑んだ。

 

 ――つまり……だ。


 フィーナが言っていることが本当なら、俺は何かしらの契約を結んでこの世界に転生してきたことになる。

 

 一体、何を俺は契約して来た?

 

「アルスくん、大丈夫?」

「――ああ、大丈夫だ」


 俺は、ふらつく体を支えるように大岩に背中を預けた。


「フィーナ、すまなかった……」

「ううん、アルスくんはアルスくんだって分かったから……」


 彼女は、俺がアルス自身だと理解したのか笑顔を向けてきたが、俺はそれどころじゃなかった。

 俺は、5歳以前の記憶を失っていたのだから。

 



 フィーナと和解したところで、彼女はアルセス辺境伯の手伝いがあるからと、川を渡って軍が展開している街道のほうへと向かっていく。

 俺は、その後ろ姿を見ながら新しく判明した事柄について考えるが。


「レイリアに話を聞くのが一番か」


 もう魔王城が山腹に現れるまで日数は殆どない。

 本当は、もう少し手立てを考えついておきたかったが……。


「おい、アルス!」

「ジャイガルドか?」


 振り向きながら、二周りは体格のいい子供の問いかけに答える。


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