第158話

 昨日、あれだけのことがあったというのに――。

 どうして、フィーナがここにいるのか俺には理解できなかった。

 それと同時に、とても気まずい心持が自分の中に広がる。


「ごめんなさい!」


 どう対応したら分からなくなっていたところで彼女は、突然、頭を下げてきた。


「――え!?」

「私……、アルス君が、私の知らない誰かになってしまったみたいで怖くて……、それで! 貴方を試すような真似をしてしまったの!」

「……そうか」


 たしかに、転生してきた俺と元いたアルスでは性格も行動もまったく違ったはずだ。

 それなら、別人になったと思われても仕方ない。

 そして隣人が……、昔から知っている人物がまったく知らない人物になったのなら怖いだろう。


「――で、でも!」


 彼女は、瞳に涙を溜めながら俺をまっすぐに見つめてくる。

 

「アルスくんは何も変わっていなかった!」

「……」


 彼女の言葉に、俺は無言で返す。

 何も変わってなかったというのは、さすがに言いすぎだ。

 元々5歳児のアルスと40歳を越えた大人では思考も行動もまったく別物になる。

 

「それに……、アルスくんは妹を助けるためにアルセス辺境伯さまのところに行ってくれたから!」


 彼女の言葉に、俺は「なるほど」と得心を得る。

 つまり俺が起こした行動が彼女の信頼を勝ち取ったということなのだろう。

 

 ――だが、それは偶然の産物に過ぎない。

 結局、彼女を騙していることに変わりはない。


「フィーナ。君に伝えておきたいことがある」

「――え?」


 本当は、最初から彼女には言っておくべきことだったかもしれない。

 でも、俺は自分がどう思われるか怖かった。

 唯一、俺を肯定してくれた人だったから。

 だけど……、それは結局のところ、すれ違いという形で互いの距離を作り誤解を招いただけだ。

 

「俺は、君とは何度も出会っている」

「それって、え? 私とアルスくんはいつも会っているよね?」


 フィーナは首を傾げながら俺の言葉に答えてくる。

 そんな彼女の仕草を見ながら俺は首を左右に振りながら「そうじゃないんだ」と、言葉を紡ぐ。


「俺は、何度も同じ時間をやり直している」

「同じ時間を?」

「そうだ。だから、君の妹が病気だったことも知っていた。それはフィーナ、君自身に教えてもらったから」

「な……、何を言っているのか分からないよ?」

「だよな……」


 俺も自分自身が、同じ時間を繰り返していなければ、とてもじゃないけど理解できない内容だ。

 それでも、それが真実であることに変わりはない。


「いいか、フィーナ。よく聞いてくれ」


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