第130話

 彼女の言葉に俺は無言になってしまう。

 たしかに俺は、アルスの記憶や知識を多少なりとも持つだけの日本人であり、生粋のこの世界の人間ではない。

 だからこそ、アルスという少年に好意を抱いている彼女は、アルスという少年が持つ雰囲気や受け答えが変わったことに違和感を覚えたのだろう。


 俺は彼女の頭の上に手を置いて「少しは領主としての自覚が出てきたからだと思う」と、心にも無い言葉を彼女に投げかける。

 するとフィーナが「そう、それなら良いのだけど……」と呟く声が聞こえてきた。


「そういえば、レイリアの容態はどうなんだ?」

「どうって……、アルスくんに妹の話をしたことあった?」

「前に一回だけな……、体が弱いって話をしていただろ?」

「……そ、そうかな? 容態は、あまり――」

「よくないのか!?」


 フィーナは、俺の言葉に首肯してくる。


「――それなら、いまはアルセス辺境伯軍が居るから! 医師も付いて来てきているから、その医師に診せるのがいいな――」

「え? アルスくん……何を言って……」


 フィーナの言葉に俺は「あっ!」と気がつく。

 そういえば、アルセス辺境伯軍は村から少し離れた場所に陣地を構築しているから村人には気付かれていないということに。

 ただ、2000人のもの人間が活動していて気がつかないというのもおかしいと思ったが、今は、それは別にいいだろう。

 重要なのはフィーナに少しでも恩返しできることだ。

 たとえ、今のフィーナが俺の知っている彼女ではなかったとしても――。


「それじゃ、フィーナ。少しだけ待っていてくれ」

「う、うん……?」


 彼女は俺が水汲みをしている様子をジッと見つめていた。

 水汲みがお昼少し前に終わったところで俺はフィーナを連れてアルセス辺境伯の陣地へと向かった。




「あ、アルスくん……あ、あれって――」


 フィーナは俺より年上だが、栄養が悪いせいで身長が俺よりも低い。

 そんな彼女は、俺の服袖を掴んで前方で石炭を砕いて粉にしている兵士達を怯えた眼差しで見ていた。

 たしかに、子供だと大人が大声を上げて石炭に槌を振り下ろしている姿は怖い物もあるかもしれない。


「大丈夫だ、俺がフィーナを今度こそ守るから――」


 俺の言葉を聞いたフィーナは余裕が無いのか何度も機械的に頷いてくる。

 そんな彼女の手を握り締める。すると、「――あ、アルスくん!?」と、顔を真っ赤にしてフィーナが俯いてしまう。

 それと同時に握っている手から、女の子特有のやわらかい感触が伝わってきた。


「それじゃいこう」

「私が、行ってもいいのかな……」


 俺の言葉に彼女は及び腰であったが、ここまで来たからには村に帰るわけにはいかない。

 何せ、俺に気がついた兵士が何人か大きな天幕へと、慌てて向かっていったのだから。

 それと同時に思ったよりも早く話が進むかも知れないと淡い期待を持ってしまう。

 中々、動こうとしないフィーナに、どう声をかけようかと迷ったところで「アルスか?」と話しかけられた。

 そこには、アルセス辺境伯が立っていた。

 おそらく兵士からの報告で来てくれたんだろうが……、まさか辺境伯自らが来るとは思わなかった。


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