第124話

「おほん! それでは――」


 アルセス辺境伯が、俺と母親が話し合ったのを頃合と見たのか、わざとらしく咳をすると、「それでは、すぐにでも軍議に入りたいのだが?」と、語りかけてきた。

 

「はい。わかりました」


 俺としても、魔王城が復活するまで時間がないことは分かっている。

 少なくとも悪戯に時間を浪費していい案件ではない。

 アルセス辺境伯の後を付いていこうとすると、後ろから母親が俺を抱きしめてきて「それじゃ、お母さんは、家で待っているわね? アルス……、もう少しだから頑張ってね」と、耳もとで言葉を紡いできた。

 俺は思わず母親の言葉を反芻するように「――もう少し?」と、首を傾げる。

 何故か、いつもと母親の態度が違った気がするのだ。


「アルス!」


 深く考える前に、俺の名前を父親であるアドリアンが呼んできた。

 俺は考えることを一旦中断する。

 まずは魔王を倒して日常に戻ること――、それが、今の俺の目的……。


「いま、いきます」


 俺は、手を振っている母親に背を向けるとアルセス辺境伯と父親が入っていった天幕内へと入る。


 天幕の中には、魔法師団長のアリサに、リンデールが待っていた。


「ようやく来たか――」

「大遅刻よ? アルス君」

「申し訳ありません。長い旅で思ったよりも疲れていたようで――、起きられませんでした。まぁ僕は、年齢的に5歳ですからね」


 俺は、わざとらしく肩を竦める。

 そんな俺の態度に全員が小さく溜息をついた。


「まったく、アルベルトよ。お前は息子に、どんな教育をしているのだ?」


 アルセス辺境伯は、俺の父親に突っ込みを入れていた。

 父親は、アルセス辺境伯からの言葉に「私は、息子を信じていますから」と、返していたが、それ以外に返す方法を、きっと父親は持っていないと思ってしまう。

 何故なら、俺みたいに何度も生き返りを繰り返しているような子供を持っているのは特殊だと思う。


 ――それに、何より、異世界の中年の精神が入っているなんて誰も夢にも思わないだろう。


「ところでリンデールさん、例の用意は出来ていますか?」

「ああ、問題なく作業を兵士達に進めさせている」

「そうですか……。それで、どのくらいで用意は出来そうですか?」

「そうだな……、目安だが明日の夕方までには規定量が作れるはずだが――」

「なるべく手持ちの石炭、全てを粉にしておいて頂けますか? それから出来たものは、一緒に持ってきた麻袋に入れて保管してください。あとは、出来るだけ乱暴には扱わないことも徹底させてください」

「どうしてだ?」

「小麦と違って簡単に発火しやすいからです。現在は、石炭を砕いて粉にしているのですから、下手しなくても陣地ごと吹き飛ぶはめになります」


 俺の言葉に、全員の顔が真っ青になる。


「……そんな危険なモノを兵士達に……作らせていたの……か?」


 リンデールの言葉に、俺は「あっ――」と言葉を漏らす。

 兵士達が行っている作業が、どれだけ危険な作業であるのかを説明することを失念していた。


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