第102話

「ご心配おかけしてすいません。次回から、気をつけます」

「本当に……5歳に思えないほど聡明よね……」


 彼女の言葉に俺は何も返すことができない。

 ここは話を変えた方がいいだろう。


「そういえば、先ほどアリサさんが言っていた普通とは違う行動という点ですが……」


 後ろから俺を抱きしめているアリサさんは、「そうね……」と、前置きしたあと「アルスくんは、魔法指南書で魔法を測ったときに魔法力が検知されなかったことがあるのよね?」と耳元で囁いてきた。

 女性に耳元で囁かれるのは、生まれて初めてというか数回しかないからゾクゾクしてしまう。


「ひ、ひゃい!」


 噛んだ俺に、彼女は「こういうところは初心なのね?」と、俺から離れると微笑んでくる。


「アリサさん……」


 彼女をジッと睨むと、まるで、俺を子供扱いしているかのように「そんなに睨まないの」と俺の頭を撫でてくる。

 まぁ、身体は子供だから仕方ないんだが……。


「これは私の予想だけどね。そのあと、魔法力が検知できるようになったのって水汲みをしたあとよね? なら……たぶんだけど、アルスくんの魔力が増えたのって水汲みをしたからじゃないのかな?」

「水汲みで魔力が増えるんですか?」

「断定は出来ないけど……可能性はあるわよね?」


 可能性か……。

 水汲みで魔力が増えるなら誰も苦労はしないんだが――。

 あれ? そういえば最初、魔王を倒したあと魔法が使えないことに気がついて魔力を測った時、俺は家の手伝いというか水汲みをしていなかった。

 全部、アリサが魔法で水を出してくれていた。

 もし、水汲みで魔力が増えることが実証できるなら魔法が撃ち放題になる。


「どうかしたの?」


 アリサさんの考えを聞いた後、黙りこんで考えていた俺を心配したのかアリサさんが話しかけてきた。


「僕は思ったんですが、アリサさんの予想で合っているような気がします」

「そう? もしかして経験があるの?」


 彼女の問いかけに俺は頷く。

 

「それじゃ水汲みをしてみる?」

「はい! よろしくお願いします」


 俺は、少しでも自分の力を解明するため、そしてフィーナや母親を守るため、すぐに行動に移すことにした。

 

 


 引っ張られた縄が、櫓上の滑車と擦れて音を鳴らすと井戸穴の中から木で作られたバケツが見えてきた。


「よいっしょと――」


 俺は、バケツを掴んでアルセス辺境伯邸の台所から拝借してきた壷の中に水を入れる。

 数回繰り返したところ体力は限界を超えて、その場に座りこんだ。


「だ、大丈夫?」

「……だ、大丈夫です……」


 俺は息を切らせながら、彼女に言葉を返す。

 

「――そ、それよりも……魔法指南書を……」


 うまく言葉にならない。

 それでも俺が言いたいことが伝わったのかアリサさんは頷くと魔法指南書を差し出してきた。

 俺は魔法指南書の水晶球の部分に手を触れるが――、


「…………だめですね……」


 まったく魔法力が溜まった様子がない。


「そうね……何か問題があるのかしら? もしかしたらアルスくんが魔法を使えるのって……、アルセス辺境伯の領地に来てから使えなくなったことも考えると自分の領地限定とかってないわよね? そんな魔法師とか聞いたことないし……」

「自分の領地でしか魔法が使えない……」


 彼女の言葉を心の内側で復唱する。

 なるほど……たしかに自分の領地限定なら……、でも、それが間違っていた場合は手詰まりになってしまう。

 ここは、俺が魔法を使えないことを前提に動いた方がいいかもしれない。

 

「アリサさん、アルセス辺境伯に提案したいことがあります」

「提案?」

「はい、魔王城についてです」


 そう、魔王城には鉄製の武器や防具が多く眠っていた。

 それを対価として使えば力ある傭兵や魔法師を雇えるかもしれない!


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る