第94話
……なら、まったくの別人のはずだ。
それでも、どこか不安は隠せない。
同じ魔法師で、同姓同名なんているのだろうか? という問題だ。
この世界の人間の数は、元の世界である東京と比べて比較にならないほど少ないというのは、アルセイドという都市の町並みを見ただけでも分かる。
つまり、同じ魔法師で同姓同名という可能性は限りなく高い。
扉はゆっくりと開いていくにつれて……、俺の心臓の鼓動が、ゆるやかに速くなっていく。
――そして、部屋の中に入ってきた女性は、水色の髪に青い瞳を持つ大学生くらいの大人の女性であった。
彼女は、自信の無さそうな瞳で俺を見てくる。
「あ、すいません――」
俺は、すぐにベッドから降りて大理石の床の上に立ち上がる。
ただ、……思ったよりも消耗していたのだろう。
体のバランスを崩して倒れ掛けたところで、女性が「あぶない!」と言って駆け寄ってくると体を支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
女性に体を支えてもらって辛うじて立っている状態。
思っていたよりも消耗なんて生易しいモノじゃない。
自分が、ここまで消耗しているなんて想像もついていなかった。
やっぱり……、誰かに裏切られると言うのは……自分が想定して自覚いたよりもずっと自分自身を苛んでいたようで――。
「大丈夫じゃないでしょう? 顔が真っ青よ? それに体にも力が入ってないみたい」
「すいません……」
「…………少し休んだほうがいいわね」
女性は、俺をベッドに寝かせると、額を触ってきてから「熱は無いようね」と、ホッとした表情を見せてきた。
「あの……アリサさんは、魔法師ですか?」
「そうよ? 一応、これでも王都の魔法師養成所を主席で卒業しているのよ?」
「そうですか……」
「…………あの――」
「どうしたの?」
「すいません、せっかく魔法を教えに来てくれたのに……」
「ううん、魔法は思いが強く影響するから。心が疲れているときは休むのが一番なのよ?」
「……」
彼女は、俺の瞳をまっすぐに見たまま話をしてくる。
さらに俺の頭を撫でながら、「横にいるから、少し休んだら?」と、俺の身を案じるような声が聞こえてきた。
きっと、アルセス辺境伯から魔法を教えるように言われた手前、俺の身を案じてくれているのだろうな……。
ゆっくりと瞼を閉じていくと彼女は、歌を歌いだした。
きっと、子守歌のようなものなのだろう。
「はるか昔に降り立った者。
その者、多くの御技を使い天をも貫く構造物を作り上げた。
名も無き者が作り上げた世界は繁栄を謳歌する。
神にすら到達しうる力を持った世界は、一夜にして終焉を迎えた。
多くの人が命運を共にし、多種多様な文明は塵へと――」
俺は彼女の美しい声を聞きながら、ゆっくりとまどろみの中に身を沈ませていった。
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