第92話

「アリサ――?」 


 俺は、声が聞こえてきた扉のほうへと反射的に視線を向けていた。

 アリサと、話をしたことや、彼女に告白したときの事が脳裏に駆け巡る。

 その都度、心臓の鼓動が早まっていく。


「はぁはぁはぁ――」


 ――とても息苦しい。

 俺は自分の胸元を掴んで呼吸を整えようとするが、息遣いは早まるばかりで意識が朦朧としてくる。

 そんな俺の様子に「アドリアン、すぐに隣の部屋にアルスを連れていけ」と言う、慌てたアルセス辺境伯の声が聞こえてきた。


「アリサに……、アリサに会わないと――」


 そう、アリサは魔王を倒すために必要な人だ。

 話を通しておく必要がある。

 だから――。

 そこまで思考したところで、床の上に倒れこむと俺は意識を失った。




 いつからだろう。

 誰かを信じられなくなったのは。

 

 いつからだろう。

 自分の価値観や考えを人に押し付けるようになったのは。


 ――最初から理解していたはずなのに。

 人間というのは分かり合えないということを。

 それでも、大切なモノを守りたいと思った。

 だから僕は彼女と約束した……。

 彼女が代償を払うことで、僕は――。




 頬を撫でる風が心地良い。

 ゆっくりと目を開けると、すぐに目に映りこんできたのは彼女だった。

 青い瞳は僕を真っ直ぐに見てきている。

 その瞳は、どこか寂しげで――。


「ひさしぶりね」

「君は……」


 ……誰だ?

 どこかで出会ったことがあると思う。

 でも、どこで会ったかまでは覚えていない。

 

「やっぱり……全部、忘れてしまっているのね?」

「忘れてしまっている?」


 金髪碧眼の女子高生くらいの女性は、寂しそうな瞳を俺に向けてきている。

 その彼女の瞳を見ていると心が揺れた。

 何故か分からない。

 分からないが、何かを話さないといけない――違う、何か言いたいことがあったと思う。

 でも、それが思い出せない。


「創造主の世界は、どうだったの?」

「創造主の世界?」

「神代文明を作り上げた場所で何か掴めた?」

「――どうして君がそれを……」

「だって…………」


 彼女の声が遠のいていく。

 聞きたいことは……。

 ――そうじゃない。

 彼女に僕は……俺は……言わないといけない。

 



 自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 ゆっくりと瞼を開けていくと「アルス、アルス」と言う音も耳と通して聞こえてきた。

 この声は……俺の父親――。


「お父さん……」


 視界がハッキリとしたところで、俺は自分の名前を呼んでくる父親を見ながら語りかけた。

 俺の様子に、父親は安心したのか大理石の床の上に膝をつく。


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