第90話

 父親は小さく溜息をついている。

 ……あれってことは、あれだよな? つまり、あれだよな?


「お父さんとお母さんが結婚したのは――」

「アドリアンとライラが婚約して、シューバッハ騎士爵家の爵位を継いだのは、今から7年前だ」

「……」


 なるほど、つまり父親はシューバッハ騎士爵を譲り受けたからすぐに――。

 

「それにしても、アルベルタの面影がアルスにはあるな」


 アルセス辺境伯は俺の頭を撫でながら笑顔で語りかけてきた。

 その瞳には、俺を殺そうとした時のような殺意に彩られた色合いが見当たらなかった。 


「祖母の面影があるということですか?」


 振りかえったままアルセス辺境伯に問いかける。

 すると、俺を両脇から抱き上げると膝の上に載せてきたあと、頭を撫でてくると「そうだな」と答えてきた。


「アルベルタは、とても美しい女性であった。何より彼女は、王家からも信頼が厚かったからな」

「王家からですか?」

「そうなる。先々代の巫女姫であったからな」

「巫女姫ですか?」


 俺は、首を傾げる。

 たしか、俺を殺そうとした時に、巫女姫の名前をアルセス辺境伯は出してきた。

 つまり、先々代の巫女姫と俺が血縁関係ということか。

 ――と、なると巫女姫が、どのような役割を担っているのか、詳しく知っておく必要があるな。

 正直、俺を殺そうとしたアルセス辺境伯に聞くのは心情的に微妙だが、今はそれどころじゃない。

 少しでも問題を見つけて情報を得て行動をしないと……。

 フィーナや母親が、危険に晒されることになる。

 

「そうだ。フレベルト王国では、もっとも幻視の魔法に長けた物を姫巫女としているのだ」

「幻視の魔法ですか?」


 俺の言葉に父親であるアドリアンとアルセス辺境伯が頷いてくる。

 ただ、父親はアルセス辺境伯に説明を任せるようだ。


「幻視の魔法というのは、これから起きる出来事を夢の中で見るというものだ」

「夢の中で……ですか?」


 ――それは予知夢もしくは正夢と言うのではないのだろうか?

 たしか正夢というのは、これから起きる出来事を夢の中で見るものと定義付けられていたはず。

 そして、予知夢というのは、これから起きることを暗示するようにメッセージとして夢を見るものに教えるものだったはずだ。


「それは、これから何が起きるかハッキリと教えているものなのですか?」

「そうだ。巫女姫が見る夢は、予言される内容は必ず起きる」

「……」


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