第86話

 アルセス辺境伯領の首都とも呼べるアルセイド。

 現在、父親であるアドリアンと、俺は城壁近くの建物の中で椅子に座っている。


 城壁の門兵が羊皮紙に蜜蝋を垂らしたあと、青銅の印鑑を押してから父親に「それでは、これが滞在許可書になります」と、丸めた滞在許可書というのを渡した。


「すまないな。手続きを飛ばしてしまって――」

「いえ、シューバッハ騎士爵家ご令嬢ライラ様のお子様がアルセス辺境伯様へお会いしたいということでしたら、時間を掛けていましたら怒られますので……」


 兵士の言葉の真意は俺には良く分からないが待たされないのは本当に助かった。

 それにしても、母親がご令嬢と言われているのを聞くと……何となく微妙な気になる。

 俺から見た母親は、後ろから抱き着いてきて過剰なスキンシップを繰り返す、どこにでも居るような母親だから……でもないか……。


「アルスいくぞ」

「はい」


 父親の言葉に頷き、椅子から降りる。

 もちろん、青銅器時代に子供が座るような椅子は無いから全部大人仕様だ。

 正確には飛び降りると言った方が正しい。


 父親と二人して建物から出る。

 そして俺だけ馬に乗せられて父親は馬の手綱を引いて町中に向かう。

 その際に、城壁と城門のほうを振り返ると、100人以上もの商人や旅の人間が並んでいる姿が見えた。


「お父さん、普通に並んでいたら、町に入るのに時間かかっていました?」

「そうだな……商人も多いからな。一日は待たされたかもしれないな」

「一日も……ですか?」


 父親の言葉に思わず溜息が出そうになる。


「そうだ、商人によっては樽の中に犯罪者や、取引禁止の品を持ち込む者もいるからな。そういった物を町の中に入れないために一個ずつ確認していくんだ」

「そうですか……」


 良かった。

 待たされずに町の中に入れて――。

 

 最初に城壁が見えてきた時は、本当にショックだった。

 何せ、町を囲っているのは不揃いな石を積み重ねたものだったから。

 アルセス辺境伯領は広大であるが、首都の城壁ですら石を積み重ねただけの城壁ということは、この世界の建築技術はかなり低い。


 ただ一つ、気になることは魔王城のこと。

 魔王城は、精巧に切り出された石を積み重ねて城壁を作っていた。

 そして、兵士の装備を見たが帯剣していた剣は青銅器ではあったが、細工などはされていなかった。

 つまり、青銅器の時代と言っても、前期もしくは中期の可能性が高いということだ。

 たしか地球では紀元前3000年頃には青銅器はあったはずだ。

 そして、鉄などの製造技術は紀元前1500年頃にヒッタイトが持っていたのは有名な話で、その鉄製の武器や防具が魔王城に存在するということは、オーバーテクノロジー以外の何物でもない。

 まぁ、鉄鉱床が無いなら青銅だけという可能性もあるが……。

 星を構成している物質の大半は鉄だから、鉄が存在しない場所など存在しないはず。


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