第80話

「うあああああああああああああ」


 俺は、目を覚ました。

 横に寝ていた母親はすぐに俺を強く抱きしめてくると「怖い夢でも見たの?」と語りかけてきた。


「俺のせいで……おれのせいで……」

「アルス?」


 許さない、許さない、絶対に許さない。

 フィーナを殺した魔王は、絶対に! 俺のこの手で殺してやる!

  

「どうしたの? アルス?」


 後ろから強く抱きしめてくる母親が耳元で語りかけてくる。

 やさしい温もりと匂いが俺を包み込む。

 怒りや憎しみの業火が、ゆっくりとその炎を鎮火させていく。


「お母さん……」


 俺は抱きしめられていた母親の腕を両手で強く抱く。


「本当にどうしたの? まるで――」

「お母さん?」

「皆と喧嘩したって戻ってきた日みたいよ?」

「皆と喧嘩して戻ってきた……?」


 母親の言葉に、俺は記憶の糸を手繰り寄せる。

 フィーナが言っていた。

 たしか……狼からフィーナを助けたとき、彼女は俺が怖くて酷い言い方をしたと。

 おそらく、それから俺は引きこもりになったのだろう。


「――ううん、大丈夫」


 俺は頭を振って何でもないと伝える。

 そうだ。

 ――今は、魔王を倒すことだけを考えるんだ……。

 それ以外は、必要ない。

 母親を、フィーナを助けるためには魔王と襲ってくる配下の殲滅。

 最初の段階で魔王と配下は倒した。

 自分の命を使って――。

 途中までは、それと同じルートを辿ればいい。


「寝ぼけていたから」


 俺は布団から出ると、居間に向かおうとすると母親に押し倒された。

 

「今日は、もう少し寝ていましょう? アルスは疲れているみたいだもの……」

「……うごけない……」

「こう見えても、お母さんは色々な寝技とか得意なのよ?」

 

 たしかに得意そうだ。

 それに色々な部分が少し気になる。

 完全にホールドを決められた状態で、痛くはないけど動けない。

 ――というか、寝技が得意とか言われても妙に納得してしまう俺がいる。


「う……うん――」

 

 父親は、一週間くらいは帰ってこない。

 こうなったら、どう足掻いても抜け出すことは出来ないだろう。

 俺は諦めて目を瞑った。

 



 ――声が聞こえる。

 

 最初に聞いた……誰かの声。

 その声は、どこか聞き覚えがある声で――。


「――んっ……」


 ゆっくりと瞼を開ける。

 すると、母親であるライラは俺を抱きながら頭を撫でていた。


「お母さん?」

「大丈夫? とても辛い夢を見たの?」

「辛い夢……」

 

 夢なんかじゃない。

 あれは現実で――。

 フィーナは俺のせいで殺されて……。


「また、そんな顔をする。だめよ? そういう顔はダメ」

「そういう顔?」

「そう、一人で何でも抱え込もうとしたらダメよ? 周りを見て、貴方には貴方を大切に思うたくさんの人がいるのだから――」

「……」

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