第71話

「数日置きに?」

「ええ、ジャイガルドくんなんて、俺が守らないといけなかったのにって言っていたわ」

「シャイガルドが?」


 そんな殊勝な奴には見えなかったが……。

 

「そうは見えない?」

「う、うん……」

「そう、でもね――」


 母親は、一度、言葉を区切ると一度、俺を離して目を見てきた。


「ジャイガルドくんも、アレクサンダーくんも、貴方をとっても心配していたわよ?」

「……」


 それは、俺じゃなくてアルスを心配していただけでは? と思ってしまう。

 いまの俺は桜木優斗であって、アルスではない。

 そんな話をされても迷惑なだけだ。


「それに……フィーナちゃんなんて、いつもアルスに酷いことを言ったって泣いて謝ってきたのよ?」

「フィーナが?」

「そう。アルスがどうして家から出なくなってしまったのか私は分からない。でも、貴方には、素晴らしい友達がいるのでしょう?」


 素晴らしい友達か……。

 俺には友達が素晴らしいかどうかなんて分からない。

  

 ――分からないが……。

 何故か分からないが無性に苛立ってしょうがない。


「行って来ます」


 俺は、後ろを見ずに騎士爵邸から飛び出した。


「アルス、今日は早く帰るのよ!」


 母親が俺の名前を呼んできたが、それはアルスに向けてであって俺にではない。

 俺は、いつもの川原の岩場でフィーナが来るのを待つ。


「アルス、お前はいいよな……」


 俺は岩場に寝転がりながら小石を川へと投げる。

 誰かが気にしてくれるということ。

 それは、とても素晴らしいことだ。

 気がついた時から施設で暮らしていた俺には無縁なものだ。


 俺の初めての記憶――。

 それは寒い冬だった。

 気がつけば、俺は紺色の服を着ていた警察官に保護されていた。

 何でも、俺は倉庫で一人倒れていたらしい。

 洋服も見たことない古めかしいモノで、身分証もない。

 つまり、俺には戸籍が無かったのだ。

 だから、俺には両親はいない。

 だから、俺を心配してくれるような人間もいない。


「俺とは、お前は全然違うよな」


 俺は小石を投げる。

 何度か小石は川を跳ねて川の底へ沈んでいく。


「アルスくん!」

「フィーナか――」


 俺は立ち上がり眉を顰めた。

 フィーナだけではなくジャイガルドやアレクサンダーまでもがそこに居たから。


「どういうことだ? 約束を違えるのか?」

「違うの! 私が川原に向かっているのを見られて勝手に付いてきたの!」

「……」


 厄介だな……。

 正直、ジャイガルドとアレクサンダーは俺の計画には必要のない存在だ。


「アルス! お前は俺の手下だからな! 何かするんだろう?  良かったら手伝うぞ?」

「別に手下になったつもりは……」


 そこで俺は、口を閉じる。

 たしかジャイガルドの父親は、備蓄食料の倉庫管理をしていたはずだ。

 それにアレクサンダーの母親は、織物が得意だと――。


「二人に頼みがあるんだが……」


 そう、ここはフィーナの妹を助けるということにして協力を取り付ければいい。



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