第70話

 今日から、ハルスの村を脱出するための用意をする。

 俺は、フィーナの家に向かうために朝食を食べたあと、靴が置いてある玄関へと向かう。

 俺が外に出るようになってから用意されていた靴。

 木を加工して作られただけの簡素な靴だが、誰か作ったかは知らないが履き心地はとてもいい。

 伸縮に富んだ材質で作られている訳でも無いのに、まるで俺のために作られたようだ。


「アルス!」


 シューバッハ騎士爵邸から出ようとすると、母親が後ろから抱き着いてきた。

 何故か分からないけど、いつもより俺を抱きしめる力が強い気がする。


「お母さん、どうかしたの?」


 母親は、俺の唯一の味方であり、これから村を出て商業国メイビスで暮らしていく上で保護者としても大事な人だ。

 俺は、いつもと違う母親の様子に首を傾げる。


「アルス、聞いたわよ? 友達と仲直りしたって――」

「――え?」

「アレクサンダーくんから聞いたわよ? でも、ジャイガルドくんに暴力を振るうのはダメよ? 友達なのだから仲良くしないとね――」

「友達……」

「そうよ、違うの?」


 母親の言葉に、俺の脳裏に浮かんできたのは中学のときに苛められているクラスメイトを助けて友達になって――そして裏切られた場面。


 たしかに苛められている人を助けたときに相手を殴った。

 そうしないと、苛めを止めることが出来なかったから。

 でも……。

 

 ――その話は、何時の間にか俺が悪いということになっていた。

 一方的に暴力を振るったのだと……。

 そして、その擁護が唯一できる俺が助けた人であり友達となった人間は――。


 俺は母親の言葉に自分の胸――、心臓の布地を強く握り締める。


「ううん、友達だよ……」


 俺は振り向き笑顔で母親に言葉を返す。


 そう、昔の俺とはもう違う。

 正義という下らない幻想に夢を見ていた子供とはもう違うのだ。

 社会人になれば否応でもなく理解する。

 社会人になれば、誰だって分かる。


 世の中に正義なんて絶対に存在しないと言うことくらい。

 子供の頃は、勘違いをしているだけだ。

 大人になれば、どれだけ社会が薄汚れていて汚く自己保身の人間で溢れているか理解してしまう。

 そう――。

 世の中の腐った理を理解して受け入れることこそが大人になると言うことだ。


 ――だから、俺は……。


 考え込んでいると、母親が俺の頭を撫でながら「仲直り出来て良かったわ。本当に……、貴方が何も言わずに家から出なくなってから、数日置きに貴方の友達が、心配して来ていたのよ?」と語りかけてきた。

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