リアクション

「そろそろのはずだけど……」

 西淡地区松帆慶野にある城ヶ崎真の通っている中学校の近くに、セルフのガソリンスタンドがある。

 深夜二時にWSSのリーダーと会見するため、田尻たちと一時に待ち合わせたはずだが、まだどちらも現れないので真は再度時計を確かめた。

 時間潰しで買ったコーラも飲み干しつつある。

「あ、アレかな?」

 深夜なので交通量は少なく、少し離れた所からでもバイクの排気音は真の耳に届いた。

 程なく、二台のバイクがガソリンスタンドに滑り込み、日中に何度も見たバイクから二人の少年が下り立つ。

「待たせたな」

「すまん。寝坊した」

 カワサキの名車Ninjaの流れをくむZ400から下り立った金髪の少年は紀夫。

 ヤマハのクラシカルなデザインが特徴的なSR400から下り立ったスキンヘッドの少年は田尻だ。

 二人とも仮眠を取り、食事や風呂や着替えを済ませたようで、昼間の騒動の疲れは見えない。

「大丈夫っす。俺もさっき来たとこっすから」

「そうか。とりあえずガスだけ入れさせてくれ」

 田尻と紀夫も真の疲れは回復したと見たのか、恐縮気味の真に断りを入れてガソリンを給油し始める。

「しかしお前、家は大丈夫なのか? こんな連日夜遊びしてて何も言われないのかよ?」

「まさか! 嫌味の一つ二つは日常茶飯事っすよ」

「親のスネかじってりゃ宿命だわな」

 給油ノズルを見ながら田尻も紀夫も覚えがあるような苦笑いを浮かべる。

「お二人は実家っすか?」

「俺は実家だけど、学校終わりにバイトしてるよ」

 田尻が意外に勤勉なところを見せる。

「俺は学校行ってないからな。フリーターだから家賃だ電気代だって結構キツイよ」

 紀夫も意外なプライベートを明かした。

「なんか意外っすね。田尻さんが働いてるのも想像できないし、紀夫さんはもっとジゴロなイメージがありましたよ」

「誰がヒモだ、コラ! 女は食っても女に食わしてもらう気はねーよ」

「す、すんません」

 少し声を張り上げた紀夫に真は平謝りしたが、田尻は横で楽しそうに笑って言う。

「コイツ、変にモテるからそう見えるよな。人生、生き急ぐなって思うぜ」

「バーカ。モテてないっての。ただの巡り合わせなの。気持ちが通じたらベッドまで行った。それだけだよ」

 給油を終わらせて清算しながら、紀夫は年齢にそぐわない達観した理屈を述べた。

「また言ってら。出会い頭でセックスまでいっちゃう女の何がいいんだか」

 田尻も給油と清算を済ませながら、紀夫の観念に呆れ返る。

「童貞捨ててから言わなきゃただの負け惜しみだぞ」

「んだと!?」

「でも! あの看護師さん、可愛い人でしたよね。明るくて太陽みたいな人で」

 一瞬で険悪な空気になった二人を諌めようと真は話を変えたが、田尻と紀夫には違う風に映ったようだ。

「お前、可愛い系がいいのか」

「気に入ったのか? でもダメだぞ。俺の彼女だからな」

「そ、そんなつもりで言ってないっすよ」

 想定していなかった切り返しに真は少々慌てたが、少年らしい真の反応に年長の二人は軽やかに笑う。

「まあ、バイク見たら分かるよな。真は王道だし、紀夫はポップな見た目だからな。その点俺は――」

「内助の功みたいな渋好みだよな」

 紀夫の入れたチャチャに、穏やかな顔で自分のバイクを撫でていた田尻の顔が一変する。

「クラシックバイクの何がイケないか言ってみろよ」

 真面目な顔で詰め寄ろうとする田尻に対し、紀夫は慌てた様子もなく応じる。

「そうは言ってないだろ。見た目より性格重視だって言ったんだろ。まあ、恭子は俺のバイクと同じで、見た目も可愛くて行動力があって素直な良い女だけどな」

 結局彼女自慢かバイク自慢をされて、突っかかろうとした田尻は肩透かしを食らって呆れてしまう。

「紀夫さん、ちゃんとあの人と付き合うんすね」

「お? おお、そりゃ、まあな」

「そういうの、いいっすね」

 なぜだか複雑な表情でしんみりとつぶやいた真に、逆に紀夫は面食らってしまう。

「まあ、出会いってそんなもんだ」

「何の話をしてるんだか。テツオさんに会うんだろ? シャンとしろよ」

「は、ハイ!」

 真の元気な返事を聞いて田尻と紀夫はうなずき合い、ヘルメットを被ってバイクにまたがる。

 狙っておちゃらけた訳ではなかったが、真の変な気負いは払拭されたようだし、リラックスもできたようなので二人は少し安心した。

 二人に習ってバイクにまたがった真も、余計なものが取り除かれた気がして少し肩が楽になった気がした。

 深夜なので交通量は少ないが、真は無免許運転だし田尻も紀夫も未成年なため、警察に見咎められないように安全運転でチームの溜まり場へ向かう。

 冬場には夕日が美しく夏場は海水浴客で賑わう慶野界隈は、遷都以前からホテルや旅館の並ぶ地域なのだが、六月という中途半端な時期は比較的観光や行楽目的の人通りは少ない。

 ガソリンスタンドから十分も走らないうちに、夜闇に松林が影となって現れ、先頭を走っていた田尻はハンドサインを出して間もなく左折する合図を送り、慶野松原海水浴場へとハンドルを切る。

 ほどなくして広大な駐車場が現れ、奥に数台の乗用車とバイクが影となって伺えた。

 チーム内のルールとして、近隣のホテルや住人に迷惑をかけないために駐車場では低速で走行し、ホテルから離れた場所にバイクを停めることになっている。

田尻と紀夫はもちろんのこと、真もそのルールに従って空吹かしをしないように気を付けながら停車した。

 ヘルメットを脱いだ真を待つ形で、田尻と紀夫が真の肩に手を置く。

「大丈夫か?」

「うっす」

「もう一回聞くけど、本気なんだな?」

「ハイ。こんなことを頼める義理じゃないけど、テツオさんしか頼れないですから」

「……最悪、俺らだけになるかもだけど、勘弁な」

「そんなこと。……嬉しいっす。あざっす!」

「よし! 行くぞ!」

 最後に田尻が気合を入れ、三人は駐車場奥の人溜まりへと歩き出す。

 自宅で仮眠をとる前に既に三人の打ち合わせは終わっていて、真・田尻・紀夫がテツオに何を訴えるかは決めている。

 しかし、三人が経験した出来事は到底万人が理解し信じられることではないので、最悪の事態も覚悟してこの場に至っている。

「ういっす!」

「おつかれっす!」

「お邪魔します!」

 程よい距離で田尻が口火を切ると、紀夫と真が順に挨拶をした。

 人の輪の外にいた角刈りの男がノソリと立ち上がると、真たち三人から目線を外さずに後ろのメンバーにサインを送り、数歩近寄ってくる。

「なんや、田尻と紀夫か。昨夜クビになったとこやろ。どした?」

 威圧するでもなく受け入れるでもなく、田尻と紀夫の反応を試すように淡々と話しかけてくる。

「昨夜、クビと同時にリーダーから指示があったから、その報告に来たんだよ」

「ここに来ることはリーダーに通してある。そんなツンツンすんなよ」

「ふうん。そいつは?」

 角刈りはネックレスをチャラチャラ鳴らしながらアゴで真を示した。

「何回かここにも顔出してるはずだろ。真。知ってるだろ」

「知っとるけど、ここに来た理由を聞いとんねん」

「ツンツンすんなって。俺らがここに来た理由は、リーダーに真と会ってもらうことなんだよ」

 徐々に真に詰め寄ろうとする角刈りを、田尻と紀夫が体を入れることで遮っている状態に、真はハラハラし始め急に緊張が増してきた。

「うーっす。こっち来ていいよ」

 軽く二度ほど手を叩いて、合図よりも軽い感じで小柄な男が田尻たちを呼び込んだ。

 角刈りは小男に目を向けると、すぐさま田尻と紀夫に向き直る。

「テツオさん、機嫌悪いから気ぃつけろよ」

「マジか」

「サンキュ、ポンタ」

 真にもギリギリ聞こえる小声のやり取りのあと、ポンタと呼ばれた角刈りは元の位置へ座り直し、田尻と紀夫は無意識に深呼吸をして小男の方へ歩を進める。

 近付いていくと、車窓にフルスモークが貼られたワンボックスカーが停まっているのが分かり、後部ドアが開けられてランタンが吊るされていた。そのランタンに浮き彫りにされる格好で小男のシルエットが見えていたと分かり、その小男が誰かも判別できた。

「瀬名さん、すんません」

「手間をかけました」

「うんうん。リーダーは後ろに居るよ」

 田尻と紀夫が恐縮して頭を垂れるのに対し、サブリーダー同然の瀬名は軽く流してワンボックスカーの後ろを指し示す。

 声を発するタイミングを逃した真は、一応頭を下げて瀬名の前を通り、田尻と紀夫に続いてワンボックスカーの後部へ回り込んだ。

 ランタンの暖色の明かりに照らされた車内には、白のランニングシャツとグレイっぽいハーフパンツを着たスポーツ刈りのイケメンが、バンパーに足を投げ出す格好で座っていた。

 バイクチームWSSウエストサイドストーリーズのリーダー・本田鉄郎ほんだてつおだ。

「……来たか」

 明かりの中に田尻が現れると、テツオは静かな表情でつぶやいた。

 すぐさま田尻と紀夫は直角に腰を折って一礼し、直立不動で口を開く。

「遅くなってすんません」

「電話で伝えたとおり、報告とお願いに来ました」

「で、どうなったの?」

 間をおかずに問われて、答えにくい内容がゆえに田尻も紀夫も一拍開いてしまう。

「……真の友人を病院に運ぶまでは順調でした。そこからちょっと変なことになってしまいました」

「自分らも、真も、巻き込まれた状態なので、事態が落ち着いたのがついさっきなので、報告が今になりました」

 田尻と紀夫の言葉を聞いてから、テツオは興味なさそうにランニングシャツに手を入れて腹のあたりをかいている。

「病院に連れて行って、ハイオシマイにならなかったってことか。で?」

 あくびでもしそうなくらい関心がなさそうに言い放ち、テツオは田尻と紀夫に説明を促す。

 視線を受けて田尻と紀夫は互いに目を合わせ、うなずき合ってから田尻が応じた。

「……中島ちゅうとう病院の事件に巻き込まれたんです」

「それで警察に事情を聞かれたり、真を家へ送ったあとに、その、今度は爆発騒ぎに巻き込まれたんです」

「ハハハハハハハッ!」

 田尻と紀夫の話を信じたのか、それとも詰めの甘い言い訳だと思ったのか、テツオは豪快に笑い飛ばしてから、右手を田尻に向けた。

「それで?」

「あ、はい。結局、そこでも警察やら医者やらとひと悶着あって、開放されたのがついさっきなんです」

 医者とひと悶着起こしたのは田尻だけだが、雰囲気的に紀夫が訂正したり口を挟めないので、仕方なく紀夫はスルーした。

「……なるほどね。一個聞いていいか?」

「はい」

 いつの間にかバンパーに腰掛けて前のめりに座り直したテツオは、ランタンの明かりを受けてギラついた目で真剣に問う。

「警察と病院に怪しまれてないよな?」

 普段よりドスのきいた声音に自然と田尻の背筋が伸び、紀夫は脇から冷や汗が流れるほど動揺した。

「もちろんです!」

「それは、絶対に!」

 懸命に潔白を訴える田尻と紀夫につられて、発言はおろか紹介すらされてもいない真まで必死に首を縦に振った。

 彼らが警察や病院に怪しまれてはいけない理由はいくつかあるのだが、大きくは未成年でのH・Bハーヴェー化だ。他の行いや目標などはなんとでも言い逃れできるし、開き直ることも出来る。しかし非合法な手段で手に入れH・B化したことが明るみに出るだけで全てが水泡に帰してしまう。

「ん。じゃあ、とりあえずお前らのクビは撤回しよう」

「あざっす!」

 田尻と紀夫はひとまず胸を撫で下ろし、深くお辞儀をしてチームへの復帰を感謝した。

 真も田尻と紀夫の復帰と、テツオの寛大な態度に感動し、一緒に頭を下げていた。

 だが、頭を上げるとそこには真剣な表情のテツオが居た。

「とはいえな。中島病院だっけ? ニュースで見たし情報も入ってるけど、強盗騒ぎにしちゃ時間くったみたいだな」

 この質問が来ることは予測していたので、田尻と紀夫は一瞬だけ真に視線を向けてからテツオに応じる。

「ちょっと、簡単に信じられない話だと思うんですが、アレは強盗なんかじゃなかったです」

「警察やテレビは本当のことを隠してます。本当のことを明かすのを躊躇うくらいバカな話っすけど、俺らが体験したことはウソやデマじゃないんです」

 言えば言うほど前フリになってしまって、子供の夢物語じみた真実が軽くなってしまうのだが、信じてもらうためにはどこかに熱を込めなければならない。

「いいから言えよ。聞いてから判断するから」

 怒るでもなく笑うでもなく、テツオは話の先を促す。

「……怪物が暴れたんです」

「怪物?」

「怪物です。化物でもミュータントでもエイリアンでも妖怪でも、呼び方は何でもいいっす。俺たちが病院に運び込んだはずの高橋智明が、怪物になって暴れて病院壊して逃げたんです」

 田尻と紀夫は、テツオの反応が怖くて顔をうつむけてしまった。

 笑われても仕方ないような非現実的なことだし、そんなバカなと否定されて当然の話だ。

 ただ一つ、二人が恐れるのは、信憑性が無いからと話を打ち切られることだ。ここで話が終わってしまっては、真の決意が無に帰してしまう。

「……なるほどね。それでどうなったんだ?」

 とりあえず話を切り上げられなかったことにホッとしながら、田尻は続ける。

「怪物が逃げてから少しして警察が来ました。病院にいた人らも、俺らも怪我してたので、応急処置と事情聴取を受けました」

「一応、大勢の目撃者の中の一部だったんで、昼には自由になりました」

「ですが、この、真の方に智明から会いに行くという連絡が入ったんです」

 田尻から紀夫へと話を繋ぎ、田尻が言葉を足したところでテツオが手を挙げて話を止めた。

「なんでそこでお前らは真について行った? 本来ならそこでお前らの役目は終わってたはずだ」

「あん時は、そこで終わりとは思えなかったっす」

「智明がなんで怪物になっちまったのかは分からないけど、真のトラブルは解決してないし、智明もいなくなったままだったから……」

 田尻と紀夫の言葉に、また真は感動の波が襲ってきたが涙やリアクションはなんとか抑え込んだ。

 テツオがチームの面子を立てるために与えた指示とはいえ、田尻と紀夫はなし崩し的にずっと付き合ってくれたし、親身な言葉を何度もかけてくれた。その恩を返すためにも、真はまだ泣いたり感情に流されている場合ではないと思った。

「そうか。それで、トモアキに会えたのか?」

「……いえ、俺たちは会えませんでした。真の家が待ち合わせ場所になってたので、近くで見張ってたんですが、バイクや徒歩でやって来た感じはないんです」

「うん?」

「だけど、二人が会っているはずの時間帯に、全然違う場所で真が倒れてるのを見つけたんです」

 報告を再開させたものの、テツオは再び手を挙げて二人を制した。

「ちょっと待て。なんでお前らは待ち合わせと違う場所へ向かったんだ?」

「ああ、そっか」

 テツオの指摘に田尻は慌てて説明を付け足す。

「智明がなかなか現れないなぁって心配になってきたとこに、例の光と音が響いたんで、もしかしたら智明がまた何かやったんじゃないかって思って」

「なんせ、怪物になって暴れて病院の玄関を壊したくらいだから、訳の分かんない現象が起こったのなら、また智明がやったのかもって思ったんです」

 奇妙な興奮というか気焦りをはらんだ感じで話す田尻と紀夫に、珍しくテツオが考え込むようなポーズを取った。

 普通に聞けば勘働きが良すぎるか、辻褄が合いすぎている話に感じてしまうかもしれない。

 立て続けに非日常的な現象が起こったからといって、その原因が全て一人の人物の行いだとは、普通は考えられないからだ。

 だが、夕方の閃光と爆音が異常だったことはテツオも体感したし、各所から様々な情報が入っている。自分よりも近くで体験し、直後に智明を想起したということは、朝の病院の一件も言葉以上の体験だったのではないか?と仮定することはできた。

「もしかしてお前ら、夕方の現場を見たのか?」

 テツオは慎重な声音で尋ね、田尻から紀夫へと視線を向け、初めて真を見た。

「はい。とんでもないことになってました」

「後で地図で確かめたんですが、元は貯水池だったところが、爆弾が爆発したか隕石が落ちたみたいな、クレーターみたいになってました」

 キチンと言葉で言い表せないことが紀夫と田尻はもどかしかったが、腕を組んで目線を落として熟慮するテツオに、伝わってくれと祈る。

「……お前、よくそんなとこに倒れてて生きてたな」

 テツオは真を見やって、初めて声をかけた。

「は、はい。……多分ですけど、アイツの、智明の能力で生かされたんだと思います」

 テツオから水を向けられただけではなく、田尻や紀夫からも注目されて真は緊張しながらもそう答えた。

 言ってしまってから話す順序を間違えたと気付いたが、慌ててしまってどう訂正していいか混乱してしまった。

 その姿を見てテツオは困り顔で田尻を促す。

「いきなり能力とか言われてもな。ちょっと落ち着かせてやれ」

「うっす。……真、落ち着いて、ゆっくりでいいから順番に話していいんだぞ。信じられないことだけど、信じてもらうのは後からでいいんだから。まずはちゃんと話そう。な!」

 笑いかけながら田尻が話す間に、紀夫は真に近寄って背中に手を当て、ランタンの明かりが届く範囲に押しやった。

 まだ緊張の面持ちが解けない真に、今度は肩に手を置き、うなずきかけてやる。

 田尻と紀夫から勇気をもらった気になり、真は深呼吸してからテツオへ顔を向ける。

「えっと、分かりにくいところがあると思いますけど、順番にお話します。……病院でのことは曖昧なので、昼過ぎからの話になるんですけど。……病院から居なくなった智明が心配だったので、警察から帰っていいってなってから田尻さんたちと智明の家へ行ってみたんです。……結局、警察が見張ってて家には近寄れなかったし、近寄って警察に変に疑われるのも嫌だったので、電話をかけることにしました。……その時は繋がらなかったんですが、少し間が開いてから折り返しがあって、智明と話すことができました。でも、なんか前までのアイツと雰囲気が違う感じで、家で待ってろと命令されたみたいな感じで一方的に切られました」

「俺は、昨夜一回見ただけだからよく分かんないんだが、トモアキってそういう話し方の奴じゃないんだな?」

「はい。今までなら、『家で待ってて』とか『待っててくれたら行くよ』とか、そういう喋り方してました」

 真の話を止めたテツオの質問に、真はなるべく正確に答え、納得したテツオは真にうなずきかけて話の続きを促した。

「……そんな感じでちょっと違和感があったし、朝の病院の事があるんで、田尻さんと紀夫さんに相談して近くで見張ってもらうことを打ち合わせて、自分の家で待ってました」

 実際は全員がバラバラに行動したし見張っていたのは田尻だけだったのだが、中島病院看護師の赤坂恭子の存在を説明すると長くなるし、何より紀夫が嫌がった。そうなると紀夫と赤坂恭子の密会は端折らざるを得なくなり、紀夫のアリバイを田尻と同じにして辻褄を合わせようと、この会合の前に三人で打ち合わせ済みだ。

 田尻と紀夫はテツオに対して面目を立てたかったし、真も余計な説明や回り道を避けたかったので波風なく同意した。

「まだかまだかと待ってたんですが、待ってる間にボソッと言った独り言に智明の声で返事が返ってきたんです。ドアを開けた音や人が入ってくる気配もなかったのに、突然声が聞こえたんです。なんか、わけが分からなくなって部屋を見回したら、いつの間にかすぐそばに智明が座ってたんです」

 しっかりと記憶を呼び起こせないためか、少し真の視線は宙をさまよい、ハッキリと伝えられない不安が自信のなさとなって真を動揺させた。

「突然だったのか? 音を聞き逃したとか、人の気配も分からないくらい考え込んでたとか、そういうんじゃなく、か?」 

 真の様子の変化に思わずテツオが口を挟んでいた。

 言葉は理解できても、やはり人が突然現れるというのは抽象的すぎてすんなりとは飲み込めない。

「考え込んでたと思います。けど、どう考えてもドアを開けて入ってきた感じはしなかったし、何より本人がドアから入ってこなかったことを証明してましたから」

 真の返答にテツオの背筋が伸びた。

「本人が証明した? 何をだ?」

「瞬間移動してきたことをです」

「瞬間移動?」

「瞬間移動です。テレポーテーションの方が分かりやすいですか?」

「いやいや、そういうことを聞いたんじゃなくてな。意味は分かってるよ」

 レベルの低いやり取りになってしまったことを苦笑しながら、テツオは続けて問う。

「マンガやアニメみたいにポンッポンッポンッて、消えたり現れたりしたってことか?」

「そうです。信じてもらえないと思いますけど、実際に俺の部屋から空の上へ一瞬で連れて行かれましたもの」

 語尾がおかしくなってしまったことに真は慌てたが、テツオは真の話した内容を見極めようとするようにジッと真を見つめている。

「へえ。そりゃすげーわ」

 言葉も言い方も軽かったが、テツオはバカにした様子ではなく、むしろ真面目に聞いてくれている表情だったので真は話を続ける。

「で、部屋から空に瞬間移動してビビッてる俺を、智明は面白そうに笑ってました。そこから空を飛んで……飛んでというか移動してというか、湊と西路の境にある山の中の溜池まで連れて行かれて、面白いモノを見せると言ってきました」

「面白いモノ?」

 いい加減、オウム返しがバカバカしくなってきたテツオだったが、真の話をちゃんと聞こうと真へ向ける視線を厳しくする。

「太陽を作るとか言って、こう、なんか、手をあげて芝居がかったことやり始めて……」

 身振りを交えてみたが、その先を説明するには真の理解や語彙力に限界が来てしまい、言葉が詰まる。

 テツオは少しだけ待ったが、動きを止めて黙ってしまった真に焦れて助け舟を出す。

「……そこから例の爆発みたいな騒ぎになった、てことか?」

 テツオに導かれる感じで真はハッとなり、持ち上げていた手を下ろして続ける。

「そ、そうです。目が開けられないくらい眩しい光がしたかと思ったら、バイクでこけた時より何倍かの勢いで吹き飛ばされて、気付いたら山の中で倒れてて田尻さんに起こされた感じです。……あ、家から溜池まで飛んでる時と、爆発みたいので吹き飛ばされてる時なんすけど、雨が降ってたはずなのに当たらなかったし、吹き飛ばされてる感じはあったけど風や熱を感じなかったと思うんです。……ガキっぽくて恥ずいっすけど、バリアーかなんかかなぁって思ってます……」

 真は説明が終わったので口を閉じ、テツオにちゃんと伝わったかを気にしながら、憧れの男の言葉を待った。

 だがテツオは考えにふけるような態勢のまま駐車場の白線を睨むようにし、しばらく微動だにしなかった。

「…………太陽を作る、か」

 ワンボックスカーのバンパーにガニ股で腰掛け、腕組みをしながら独り言のようにポツリとテツオが呟いた。

「……てことは、智明は太陽を作るのに失敗したわけだな」

「……そう、なんですかね?」

 田尻が予想していなかったテツオの反応に、思わず問い返してしまった。

 チラリと向けられたテツオからの視線に、田尻は出過ぎたことをしてしまったかもと思い、テツオに向けていた視線を紀夫に向けたが、紀夫は紀夫で同意を求められても困るといった顔で頭を左右に振った。

「太陽ってのは燃焼と同時に燃料補給をしてる半永久機関だから、一発だけ爆発して終わるようなもんじゃないんよ。そりゃ、核分裂してから一発目の核融合が起こる時に爆発に近い現象はあるはずだけど、そこで爆発しちまったら次の核融合の燃料になる原子まで吹き散らしちまうからな」

 テツオから聞き慣れない単語をいくつも羅列され、田尻と紀夫は面食らってしまって少し困惑した。

「そもそもの太陽の誕生の仕方は理論は考えられていても、実験して立証されていないし、もっといえば最初の核分裂までに、はかりしれない時間と物質の密集が必要なはずだからな。智明が思い付きで作れるもんじゃないよ、太陽はな」

「そ、そうっすね」

 理論の正否はともかくテツオが物理や科学に詳しい事に驚き、それに付いて行けずに返す言葉が出てこなかったので、田尻と紀夫はとりあえずテツオを肯定する相づちを打った。

 だが、真はテツオの言葉で智明とのやり取りを少しだけ思い出してハッとした顔になる。

「そういえば、智明がなんかやり始めた時、言ってる内容は水爆の理屈だった気がします。原子核を分解して水素をぶっこみまくるとかなんとか――」

「なるほどな。そっちの『太陽』か」

 また話に付いて行けない田尻と紀夫は、呆けた顔を真に向けたあとテツオに振り返る。

「すまんすまん。古い映画があってな、シリアスでエネルギッシュなのに現実離れしたリアルで笑える映画があるんだよ。アレは原爆だったが、原爆よりも水爆の方が太陽に近いからな。智明もなかなかのアタマしてんだな」

 テツオが説明を付け加えてくれたが、それでも田尻と紀夫のハテナ顔は解消されなかった。

 それもそのはずで、核分裂を利用した原子爆弾や、核分裂の熱を利用し核融合で威力を高めた水素爆弾の構造などニ一〇〇年の十代が知っているはずもない。加えて、一九七九年の日本映画など興味も湧かなければ見たこともないはずだ。

「アタマの良さで言えばお前もだぞ。なんで水爆の原理なんか知ってんだよ?」

 テツオに楽しそうに笑いかけられ、真は気恥ずかしそうに答える。

「はあ。あの、授業で太陽とか水爆の話しが出たことがあって、丁度その頃に智明と読んでいた漫画に出てきたんです。それでネットとかで調べて覚えてたんです。……多分、智明もその時のことを思い出したんじゃないかな」

 正直なところ、智明がなぜ能力の披露のために太陽や水爆を作ろうとしたのか、真にも分からない。手を触れずに物を動かすとか瞬間移動をしてみせるだけでも、智明の能力は見せつけることができたはずだ。

 かすかに記憶に残っている智明の洪笑が蘇り、真の胸の内に不安が広がる。

 急に沈んだ気持ちになってしまった真を、テツオの明るい声が現実に引き戻す。

「なかなかやるなぁ。俺はお前のそういうとこを買ってるんだよ。大勢が気にもしないとこに興味を持つってなかなか出来ないことだからな」

「あ、ありがとうございます」

 真は突然褒められたことに驚いたし、テツオからそんなふうに見られていたことにも驚いた。ついでに言えば、自分は周りからは少しマイノリティーなんだということに動揺したが、憧れの男からの賛辞には素直に感謝の言葉を返した。

 テツオは真の素直な態度に満足したように一つうなずき、真だけでなく田尻と紀夫も含めた三人に問いかける。

「それで? お願いというのがあるんだったな?」

「はい。かなり無茶なお願いなんですが……」

「またクビになる覚悟はしてます」

 しっかりとした視線でテツオを見つめ返し、田尻と紀夫が覚悟を示しながら真に話を促した。

「アイツは、智明はきっとまた何かをやらかすと思うんです。それをさせないために、チームの力を借りたいんです。可能なら、とっ捕まえて話がしたいんです」

 抑揚のない話し方だったが、太ももの横で握られた拳は力んでいて、真の真剣度をテツオに教えていた。

「……お願いしまっす!」

「お願いします!」

 ジッと真を見据えたままのテツオにしびれを切らし、田尻が声を張り上げて頭を下げ、習うように真も一縷の望みをかけて頭を下げた。

 声を発しはしなかったが、紀夫も頭を下げてリーダーの判断を待つ。

「……うちのメンバーをアチコチに立たせて、何かが起こった時に素早く現場に集合させることは出来る。むしろそれが出来るから頼みに来たんだと思うと、嬉しい気持ちもある。……ただ、三つほど問題がある」

 顔を上げた三人に、テツオは右手を前に出し、人差し指を一本立てる。

「一つは、俺らWSSウエッサイがカバー出来る範囲は、淡路連合の協定に基づいて南あわじ市の範囲に限定される。まあ、洲本走連は仲良いから手伝ってもらって洲本もカバー出来る可能性はあるけどな」

 実際はテツオと洲本走連のクイーン鈴木沙耶香すずきさやかは恋人関係にあるし、非公表ながら洲本走連はテツオをキングと認めてもいるので、この2チームは統合されているに等しい。しかし、淡路島北西部を縄張りにしている空留橘頭クールキッズと北東部を縄張りにしている淡路暴走団への対処として、別チームを装っている。

 下手な抗争を生まないための措置なのだ。

 続けてテツオは中指も立てる。

「二つ目は、瞬間移動で正しく神出鬼没の智明を、バイクや車で追っかけて捕まえられるかどうかだ」

 テツオの指摘に三人の顔が曇る。

 構わずにテツオは薬指も立てる。

「最後に、水爆をカマせる奴を捕まえられるか、だ」

 言い終わるとテツオは右手を下ろして腕組みに戻り、三人の様子を伺った。

 三人はテツオの指摘に打ちのめされたのか、すっかり意気消沈してしまってうなだれてしまっている。

 ちょっと突き放し過ぎてしまったことに慌てたテツオは、表情を柔らかくして三人に言葉をかけることにした。

「とりあえず、ヤバイ奴なのは分かったし、アワジがどうかなっちまっても困るから協力したい気持ちはある。ただ、智明が暴れたり騒動を起こすかどうかも分からないし、どこに現れるかも分からない。現れた時に何ができるかも分からない」

 気休めだと思いつつも、テツオはこの申し出に僅かながらチャンスを見出していて、彼らを使った上手な立ち回りを考え始めている。

 そのためにはここで彼らを切り捨てることはむしろ損失になるし、ある程度の融通を聞いておかねばと計算した。

「一週間、時間をくれ。準備しなきゃならんことがありそうだからな。その間に智明がなんかやらかしてくれたらより周到な準備が出来るけど、それはそれで問題があるからな。とりあえずは、一週間後にもう一度話をしよう」

「ありがとうございます!」

 会談前に想定していた返答より、かなり好意的な言葉をテツオから言われ、思わず真は頭を下げていた。

 田尻と紀夫も同じようにテツオに感謝を述べ、真の肩を叩きながらテツオの前から離れた。

「……いいのか?」

 真達の声が遠ざかるのを待ってから、瀬名がテツオに確かめてきた。

「ああ。下手をするとこういうタイミングしか駒を進める機会はないのかもしれない」

 先程と打って変わって体をくつろがせるテツオだが、その目は野心でギラギラとしている。

「テツオの夢は俺の夢だから、どこまでもついていくけどな」

「頼りにしてるぜ。明日にでも先生と大佐に連絡しといてくれ。合言葉は――」

「ノッキング オン ヘブンズ ドア」

 楽しそうに答えた瀬名にテツオは親指を立てて応じると、音もなく瀬名はランタンの明かりから姿を消した。

 周りに誰もいなくなったことを確かめ、ワイヤレスイヤホンを着けてテツオは目を閉じた。

 イヤホンから流れる音楽にノッているのか、野心の成就を願っているのか、その口元は楽しそうに笑っていた。

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