第30話 竜魔将ガルス⑤

「な、なんの、つもりだ……?」


 突如自分を刺したウォーレンスに対して、ガルスはそう問い掛けていた。

 ウォーレンスは、邪悪な笑みを浮かべながら、口を開いた。


「前々から気に食わなかったんだよ、お前は。ただの雇われた傭兵の分際で、魔王軍幹部なんて、ムカつくんだよ!」

「がはあっ!」


 ウォーレンスは、ガルスから爪を抜くと、その体を蹴って転がした。


「ガ、ガルス!」

「お姉ちゃん!?」


 その様子を見ていたアンナは、思わず駆け出していた。

 敵ではあるが、ガルスは悪い魔族ではないと、アンナは今までの会話などから感じていた。

 そのため、彼が仲間に不意打ちで刺されるなどという光景が、見ていられなかった。


「ふふふふ、はっはっはっ! 馬鹿が! 敵に駆け寄るなんて、愚かだなあ!」


 ウォーレンスは、アンナの様子をあざ笑った。


「だが、好都合だぜ! 二人仲良く死にな!」


 そして、懐から筒状の物を取り出すと、それをガルス目がけて投げつけた。


「な、なんだ……」


 ガルスに駆け寄っていたアンナは、突如投げ放たれた物に困惑しながら見ていた。

 筒は、ガルスの頭上で発光しながら、爆発した。

 

「こ、これは……?」


 すると、轟音とともに地面が振動し、ひび割れ始めた。

 ひびはだんだんと広がっていきながら、地面が大きく裂けていった。


「お姉ちゃん! 危ない!」

「うっ……!?」


 カルーナが叫んだが、既に遅かった。


「うわあああああ!」

「お姉ちゃん!」


 アンナとガルスの体は、地面の亀裂の中に入り、落下していった。





「はっ……!」


 アンナは目を覚ました。

 どうやら、亀裂に落ちその中の底に大きく体をぶつけたことで、数秒意識が飛んでいたようだ。

 だんだんと意識が覚醒するにつれ、状況を理解する。


「ガルス……」

「起きたか……」


 アンナの目の前には、ガルスがいた。

 ガルスは、両手を大きく広げて壁に手をついていた。その姿はまるで、迫り来る壁を押さえつけているように見えた。


「まさか……壁が!?」

「そうだ……俺が押さえていなければ、押しつぶされるだろう」

「そ、そんな……」


 アンナは、驚愕した。

 ウォーレンスが何をしたかわからないが、それではここから出ることは難しいだろう。

 上を見上げると、そこそこの高さがあることがわかる。


「あなたが、助けてくれたんだね。ありがとう……でも、どうして?」

「ふっ……ウォーレンスの思い通りにさせたくはなかったからな」


 ガルスの腹部からは、赤い血が流れ出ていた。

 この状況は、かなり危険であるといえる。


「とにかく、上に上がらないと……」

「ああ、そうだな……」

「この壁をなんとかしなくちゃ……」

「勇者……いや、アンナよ」

「えっ?」


 アンナが悩んでいると、ガルスがこれまでにない穏やかな口調で話しかけてきた。


「俺が、この壁を押さえている。その内に、上へ戻れ」

「な、何を言っているのさ……?」

「俺のことはいい。お前だけでも助かってくれ」

「そ、それは駄目だよ。見捨てていくなんて……できない」


 ガルスの言葉に、アンナは大きく首を振る。

 ガルスは、優しく笑いながら、言葉を続けた。


「俺は、お前の敵だぞ……情けをかける必要はない」

「それは、違う。今、ガルスは私を助けてくれているんだ。敵も味方もあるものか」

「どの道この傷だ……助かることはないさ……」

「だけど……」

「行け……お前は、ここで立ち止まる訳にはいかんのだろう?」


 ガルスの目には、決意のようなものが宿っていた。

 あまりの行為に、アンナは疑問を口にしていた。


「どうして、ここまで……?」

「……俺は内心、迷っていたのかもしれん。自分のあり方に……」

「あり方?」

「魔王軍のやり方は、俺の流儀に反するものが多い。心のどこかで、お前が思っていたようなことを感じていたのかもしれん」

「ガルス……」


 ガルスは、魔王軍でありながら、人間の民を傷つけようとしなかった。

 それは、本当は彼自身が迷っていたからなのだろう。

 ガルスは、人間も魔族もなく、ただ戦う者であった。それ故に迷っていたのだ。


「さあ、もう行け! もう俺も限界だ……早く、上に上がれ!」

「……ありがとう、ガルス。私は、あなたという誇り高き戦士のことを忘れないよ」


 アンナは、聖なる光を地面に向けて叫んだ。


「聖なる光よ、棒になり、伸びろ!」


 その言葉とともに、アンナは上へと上がっていった。





 ウォーレンスは、亀裂が中々閉じないことに疑問を感じていた。

 予定では、すぐに閉まるはずだったが、数秒間、閉じていなかった。


「お姉ちゃん!」


 カルーナは、亀裂の側に近寄ると、声を大きくして叫んだ。

 そして、次の瞬間、目を丸くした。


「カルーナ!?」

「お姉ちゃん! 無事だったの!?」


 亀裂の中から、アンナが出てきたのだ。

 これには、ウォーレンスですら驚いていた。


「お姉ちゃん! どうやって……きゃあ!」

「くっ!」


 アンナが完全に亀裂から出てきた瞬間、地面は大きな音とともに閉じていった。

 それは、中にいるガルスが限界を迎えたことだと、アンナだけがわかった。

 しかし、ウォーレンスもガルスがいないことは認識していたため、その口の端を歪めて笑った。


「ふ、はははは! 竜魔将が、勇者を救うなんて、愚かすぎるぜ!」


 残っているのは、ガルスとの戦いで疲労している勇者と魔法使いのみ。

 それなら負ける訳がないと思い、ウォーレンスは勇者の方に目を向けた。


「じっくりと殺してやるぞ、勇者!」

「……」

「どうした? 恐怖で声も出ないか?」

「……さない」

「うん?」

「絶対に許さないぞ! ウォーレンス!」

「なっ……」


 ウォーレンスの体は、思わず震えていた。

 アンナの目には、明確な敵意と、殺気が籠っていた。

 その迫力に、ウォーレンスは恐怖すら感じていたのだ。


「はあああああ!」

「うっ……」


 アンナは大きく踏み出し、ウォーレンスとの距離を詰めていった。

 聖なる光を聖剣に変えて、大きく振るう。


十字斬りクロス・スラッシュ!」

「ぐっ……ぐわあああああ!」


 アンナの攻撃で、ウォーレンスの体は大きく後退した。

 そして、ウォーレンスは、そのダメージの大きさに困惑していた。


「ば、馬鹿な……こ、こんな小娘に……この俺が?」

「どうした? ガルスは、こんな攻撃ではびくともしなかったぞ」

「うっ……」

「……」

「うわああああああ!」


 ゆっくりと歩み寄るアンナに対して、ウォーレンスがとった行動は逃亡だった。

 魔王軍幹部は、手負いの勇者に恐れをなして逃げ出したのだ。


「逃がさ――」

「お姉ちゃん! 待って!」

「カルーナ?」


 ウォーレンスを追おうとするアンナを、カルーナが呼び止めた。


「お姉ちゃん、もう限界だよ。そんな体で戦ったらだめだよ……」

「あっ……」


 アンナの体は、ガルスとの戦いで既にボロボロだった。

 あまりの怒りに、本人でさえ忘れていたが、もう限界以上の力を使っていたのだった。


「そう……だったね」

「うん、もっと自分の体を労って……」


 カルーナは、目に涙を浮かべながらそう言った。

 アンナは反省した。自分は、カルーナに心配をかけてばかりだった。

 もっと、自分自身を考えなければと、アンナは思うのだった。


「そうだ! ガルスは……」


 そこでアンナは、ガルスのことを思い出していた。

 アンナは、亀裂のあった場所に目をやる。


「ガルス……」

「お姉ちゃん、何があったの?」


 アンナは、亀裂の中でのガルスとの出来事を、カルーナに全て話した。

 全てを聞いたカルーナは、ゆっくりと頷いた。


「そっか……やっぱり、悪い人じゃなかったんだね、ガルス……さんって」

「うん、できれば敵として会いたくなかったよ……」


 二人は、しばらく亀裂を見つめていた。そこに眠る、誇り高き男に敬意を払いながら。

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