第30話 竜魔将ガルス⑤
「な、なんの、つもりだ……?」
突如自分を刺したウォーレンスに対して、ガルスはそう問い掛けていた。
ウォーレンスは、邪悪な笑みを浮かべながら、口を開いた。
「前々から気に食わなかったんだよ、お前は。ただの雇われた傭兵の分際で、魔王軍幹部なんて、ムカつくんだよ!」
「がはあっ!」
ウォーレンスは、ガルスから爪を抜くと、その体を蹴って転がした。
「ガ、ガルス!」
「お姉ちゃん!?」
その様子を見ていたアンナは、思わず駆け出していた。
敵ではあるが、ガルスは悪い魔族ではないと、アンナは今までの会話などから感じていた。
そのため、彼が仲間に不意打ちで刺されるなどという光景が、見ていられなかった。
「ふふふふ、はっはっはっ! 馬鹿が! 敵に駆け寄るなんて、愚かだなあ!」
ウォーレンスは、アンナの様子をあざ笑った。
「だが、好都合だぜ! 二人仲良く死にな!」
そして、懐から筒状の物を取り出すと、それをガルス目がけて投げつけた。
「な、なんだ……」
ガルスに駆け寄っていたアンナは、突如投げ放たれた物に困惑しながら見ていた。
筒は、ガルスの頭上で発光しながら、爆発した。
「こ、これは……?」
すると、轟音とともに地面が振動し、ひび割れ始めた。
ひびはだんだんと広がっていきながら、地面が大きく裂けていった。
「お姉ちゃん! 危ない!」
「うっ……!?」
カルーナが叫んだが、既に遅かった。
「うわあああああ!」
「お姉ちゃん!」
アンナとガルスの体は、地面の亀裂の中に入り、落下していった。
◇
「はっ……!」
アンナは目を覚ました。
どうやら、亀裂に落ちその中の底に大きく体をぶつけたことで、数秒意識が飛んでいたようだ。
だんだんと意識が覚醒するにつれ、状況を理解する。
「ガルス……」
「起きたか……」
アンナの目の前には、ガルスがいた。
ガルスは、両手を大きく広げて壁に手をついていた。その姿はまるで、迫り来る壁を押さえつけているように見えた。
「まさか……壁が!?」
「そうだ……俺が押さえていなければ、押しつぶされるだろう」
「そ、そんな……」
アンナは、驚愕した。
ウォーレンスが何をしたかわからないが、それではここから出ることは難しいだろう。
上を見上げると、そこそこの高さがあることがわかる。
「あなたが、助けてくれたんだね。ありがとう……でも、どうして?」
「ふっ……ウォーレンスの思い通りにさせたくはなかったからな」
ガルスの腹部からは、赤い血が流れ出ていた。
この状況は、かなり危険であるといえる。
「とにかく、上に上がらないと……」
「ああ、そうだな……」
「この壁をなんとかしなくちゃ……」
「勇者……いや、アンナよ」
「えっ?」
アンナが悩んでいると、ガルスがこれまでにない穏やかな口調で話しかけてきた。
「俺が、この壁を押さえている。その内に、上へ戻れ」
「な、何を言っているのさ……?」
「俺のことはいい。お前だけでも助かってくれ」
「そ、それは駄目だよ。見捨てていくなんて……できない」
ガルスの言葉に、アンナは大きく首を振る。
ガルスは、優しく笑いながら、言葉を続けた。
「俺は、お前の敵だぞ……情けをかける必要はない」
「それは、違う。今、ガルスは私を助けてくれているんだ。敵も味方もあるものか」
「どの道この傷だ……助かることはないさ……」
「だけど……」
「行け……お前は、ここで立ち止まる訳にはいかんのだろう?」
ガルスの目には、決意のようなものが宿っていた。
あまりの行為に、アンナは疑問を口にしていた。
「どうして、ここまで……?」
「……俺は内心、迷っていたのかもしれん。自分のあり方に……」
「あり方?」
「魔王軍のやり方は、俺の流儀に反するものが多い。心のどこかで、お前が思っていたようなことを感じていたのかもしれん」
「ガルス……」
ガルスは、魔王軍でありながら、人間の民を傷つけようとしなかった。
それは、本当は彼自身が迷っていたからなのだろう。
ガルスは、人間も魔族もなく、ただ戦う者であった。それ故に迷っていたのだ。
「さあ、もう行け! もう俺も限界だ……早く、上に上がれ!」
「……ありがとう、ガルス。私は、あなたという誇り高き戦士のことを忘れないよ」
アンナは、聖なる光を地面に向けて叫んだ。
「聖なる光よ、棒になり、伸びろ!」
その言葉とともに、アンナは上へと上がっていった。
◇
ウォーレンスは、亀裂が中々閉じないことに疑問を感じていた。
予定では、すぐに閉まるはずだったが、数秒間、閉じていなかった。
「お姉ちゃん!」
カルーナは、亀裂の側に近寄ると、声を大きくして叫んだ。
そして、次の瞬間、目を丸くした。
「カルーナ!?」
「お姉ちゃん! 無事だったの!?」
亀裂の中から、アンナが出てきたのだ。
これには、ウォーレンスですら驚いていた。
「お姉ちゃん! どうやって……きゃあ!」
「くっ!」
アンナが完全に亀裂から出てきた瞬間、地面は大きな音とともに閉じていった。
それは、中にいるガルスが限界を迎えたことだと、アンナだけがわかった。
しかし、ウォーレンスもガルスがいないことは認識していたため、その口の端を歪めて笑った。
「ふ、はははは! 竜魔将が、勇者を救うなんて、愚かすぎるぜ!」
残っているのは、ガルスとの戦いで疲労している勇者と魔法使いのみ。
それなら負ける訳がないと思い、ウォーレンスは勇者の方に目を向けた。
「じっくりと殺してやるぞ、勇者!」
「……」
「どうした? 恐怖で声も出ないか?」
「……さない」
「うん?」
「絶対に許さないぞ! ウォーレンス!」
「なっ……」
ウォーレンスの体は、思わず震えていた。
アンナの目には、明確な敵意と、殺気が籠っていた。
その迫力に、ウォーレンスは恐怖すら感じていたのだ。
「はあああああ!」
「うっ……」
アンナは大きく踏み出し、ウォーレンスとの距離を詰めていった。
聖なる光を聖剣に変えて、大きく振るう。
「
「ぐっ……ぐわあああああ!」
アンナの攻撃で、ウォーレンスの体は大きく後退した。
そして、ウォーレンスは、そのダメージの大きさに困惑していた。
「ば、馬鹿な……こ、こんな小娘に……この俺が?」
「どうした? ガルスは、こんな攻撃ではびくともしなかったぞ」
「うっ……」
「……」
「うわああああああ!」
ゆっくりと歩み寄るアンナに対して、ウォーレンスがとった行動は逃亡だった。
魔王軍幹部は、手負いの勇者に恐れをなして逃げ出したのだ。
「逃がさ――」
「お姉ちゃん! 待って!」
「カルーナ?」
ウォーレンスを追おうとするアンナを、カルーナが呼び止めた。
「お姉ちゃん、もう限界だよ。そんな体で戦ったらだめだよ……」
「あっ……」
アンナの体は、ガルスとの戦いで既にボロボロだった。
あまりの怒りに、本人でさえ忘れていたが、もう限界以上の力を使っていたのだった。
「そう……だったね」
「うん、もっと自分の体を労って……」
カルーナは、目に涙を浮かべながらそう言った。
アンナは反省した。自分は、カルーナに心配をかけてばかりだった。
もっと、自分自身を考えなければと、アンナは思うのだった。
「そうだ! ガルスは……」
そこでアンナは、ガルスのことを思い出していた。
アンナは、亀裂のあった場所に目をやる。
「ガルス……」
「お姉ちゃん、何があったの?」
アンナは、亀裂の中でのガルスとの出来事を、カルーナに全て話した。
全てを聞いたカルーナは、ゆっくりと頷いた。
「そっか……やっぱり、悪い人じゃなかったんだね、ガルス……さんって」
「うん、できれば敵として会いたくなかったよ……」
二人は、しばらく亀裂を見つめていた。そこに眠る、誇り高き男に敬意を払いながら。
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