第29話 竜魔将ガルス④

 アンナは、地面に倒れたままだったが、状況を理解していた。

 全身がとても痛かったが、カルーナが自分を助けてくれたようだった。

 自分の目の前には、そのカルーナが立っていた。

 カルーナは、ガルスを警戒しながら、アンナに話しかけてきた。


「お姉ちゃん、ごめんね」

「大丈夫……おかげで、助かったよ……ありがとう」


 申し訳なさそうにしているカルーナの言葉に、アンナは感謝の言葉を返す。

 カルーナの攻撃がなければ、アンナの命は危なかっただろう。そのため、謝ってもらうことなど何もなかった。


「お姉ちゃん、立てそう?」

「まあ、なんとか……」


 アンナの背中は、ガルスの攻撃によって引き裂かれていた。さらに、カルーナの魔法での傷もある。

 だが、まだ体力は残っている。アンナはゆっくりと立ち上がり、ガルスに目を向ける。

 ガルスは、まるでアンナが立つのを待っていたかのように、ゆっくりと歩き始めていた。


「お姉ちゃん」

「うん、わかってる」


 アンナとカルーナは、二人で構えながらガルスの攻撃に備える。


「やめておけ……」


 そんな二人に、ガルスはゆっくりと諭すような口調で話しかけてきた。


「何が言いたい……?」

「お前達二人では、俺には勝てん」

「それは……」


 ガルスの言葉に、アンナは言い返すことができなかった。

 ガルスの力量は、自分達より遥かに上であることは、先程までの攻防で理解していた。

 このまま戦っても、勝ち目はないのかもしれない。


「そんなこと……ない!」

「カルーナ!?」

「ほう?」


 アンナがそんなことを考えていると、カルーナの声が響いた。


「お姉ちゃんを死なせはしない……」


 カルーナには、その信念がずっとあった。それだけのために、戦っているともいえるかもしれない。

 アンナとの平和な暮らしを取り戻したい。カルーナの心の中には、その思いがあったのだ。


「それが、お前の決意というものか……?」

「そう、それが私の決意……」

「ならば、それを崩してやろう……」

「崩す……?」

「勇者を生かしてやろう」

「えっ?」


 ガルスはゆっくりと腕を上げて、アンナの右手を指さした。


「俺がその右手を、切り落とす」

「右手を? そんなの駄目に決まってる!」

「話を最後まで聞け……勇者の証とは、右手にある。その右手こそが勇者の力の根源なのだ」

「根源……?」

「その右手が無くなれば、そいつは勇者ではなくなるのだ」

「そ、そんなの……」


 カルーナは心の中で、何かが壊れるような感覚に陥った。


「多少、生活は不便にはなるだろうが……それだけで、お前達は元の生活に戻ることができる」

「だ、だけど、それは!」

「それが飲めないのなら、勇者が死ぬだけだぞ」

「うっ……」


 カルーナの心の中で、ある疑念が生まれていた。

 このまま、ガルスの提案に乗れば、アンナと家に帰ることができるのではないかというものだ。

 アンナが不自由になるが、命だけは助かる。それなら、それでもいいのではないだろうか。


「そんなことは飲めない……」

「えっ……?」


 カルーナの思考を、アンナの声が遮った。


「勇者か……手を切ることなら心配するな。痛みは最小限で済ましてやる」

「そうじゃない……」

「何?」

「あなたの提案は、ありがたい。きっと、あなたはいい人なんだと思う。だけど、私はその提案に乗ることができない」

「……どういうことだ?」


 アンナは右手をしっかりと、握りしめながら、はっきりと口にしていた。


「私は、ここに来るまでに人間と魔族の戦いを見てきた。その中で、魔族は平和に暮らす人々の生活を、簡単に脅かすと知った」

「お姉ちゃん……」

「私がここにいるのは、最早勇者だからという理由だけじゃない。私は、人々の平和を守るために戦うんだ!」


 アンナの言葉で、カルーナは理解した。

 アンナは既に、勇者なのだった。証があるかどうかではなく、その精神こそが勇者なのだ。

 そんなアンナを、ガルスは、ゆっくりと見つめ呟いた。その顔は、どこか悲し気なように見えた。


「そうか……ならば、仕方のないことか……」


 ガルスは、ゆっくりと構えた。


「お前達のような者を殺すのは心苦しいが、これも任務だ。悪く思うな……」

「カルーナ! 下がって!」

「お姉ちゃん!?」


 アンナは、カルーナの体を押して、その場から後ろに下がらせた。


「何をしても無駄だ! お前達に勝機はない!」

「それはどうかな?」


 アンナは、カルーナとガルスが会話している間、この状況を打開する方法をずっと考えていた。

 このままでは勝ち目はないと思っていたが、諦めてなどいなかった。

 先程までの戦いで、こちらにはガルスにまともにダメージを与える手段がなかった。

 そこで、今現在アンナが出せる最強の力を考えていた。


「終わらせよう……竜魔奥義!」

「聖なる光よ!」


 アンナは、自らに宿る聖なる力を、さらに引き出す方法を考えていた。


竜人旋風撃ドラゴン・サイクロン!」

聖なる衝撃波セイント・ショット!」

「何?」


 アンナは、ガルスの攻撃に合わせて、聖剣を聖なる光に変えて攻撃した。

 それは、勇者の力の本来の姿である。これが、アンナの出した結論だった。

 自分の闘気を最大まで込めた聖なる光を、攻撃として打ち出したのだ。


「はああああああ!」

「馬鹿な……!」


 聖なる光が、ガルスの攻撃とぶつかり合った。

 激しい閃光とともに、聖なる光はガルスの攻撃を弾き飛ばした。

 闘気と聖なる光の融合が、ガルスの闘気に打ち勝ったのだ。


「ぬぐああああ!」


 アンナの攻撃は、勢いを止めることなくガルスに着弾し爆発した。

 その攻撃力は、ガルスが思わず声をあげる程だった。


「ぬうううう!」


 ガルスは、その衝撃にどんどんと後退していった。

 さらに、ガルスはあまりの力に片膝をついていた。


「はあ、はあ、やった……」

「お姉ちゃん!」


 攻撃後に倒れかけたアンナを、駆け寄ってきたカルーナが支えた。

 アンナの手には、ガルスにぶつけた聖なる光が集まっていた。


「ふっ……いい一撃だ」


 ガルスは、ゆっくりと立ち上がりながらそう呟いた。


「ガルス……」

「俺にここまでのダメージを与えるとは……驚いたぞ」

「一か八かだった……上手くいかなければ、私の方が死んでいた」

「ふっ……賭けに勝ったのなら、お前が強かったということだ」


 アンナの手に集まった光が、聖なる剣へと変わっていく。

 それに合わせて、ガルスも再び構える。


「カルーナ、下がってて」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫、負けやしないさ」

「うん……」


 アンナも、カルーナから離れて剣を構える。

 カルーナは少し下がって、いつでも魔法を使ってサポートできるように待機する。


「えっ……?」

「あれ……?」


 そこでアンナとカルーナは、あることに気づいた。


「む? お前は……」


 数秒遅れて、ガルスもそれに気づいた。

 ガルスの後ろから、ある者がゆっくりと歩み寄って来ていた。

 その男は、狼のような顔をしており、全身は毛で覆われていた。

 ガルスはその存在に対して呟いた。


「狼魔将ウォーレンス……何故ここに?」

「えっ!?」

「そんな!」


 ガルスの言葉に、アンナとカルーナは驚愕する。

 ここに来て、新たなる魔王軍幹部が現れるというのは、二人にとっては最悪としかいいようがなかった。


「竜魔将、久し振りだな……」

「何をしに来た? お前は確か、アストリアン王国に侵攻していたはず……」

「ああ、手伝いに来たのさ、お前をなあ!」

「うぐっ!」


 突如、ウォーレンスがガルスの腹にその爪を刺し込んだ。

 ガルスの腹部から赤い血が流れ出した。


「ガルス!?」

「一体、何がどうなってるの……?」


 魔族同士の争いに、アンナもカルーナも困惑することしかできなかった。

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