第28話
辺り一面に広がるこれは・・・血?
全てライオネル様から流れ出ている血だ・・・!
あぁ何て事!
ライオネル様が脇腹を刺されている!
私は自分に血がつくのも構わず、地面に倒れているライオネル王を、必死に抱き起そうとしていた。
『・・・逃げろ・・・』
『ら・・ライオネル、様・・?』
『走れ・・ここから、逃げるんだ。早く・・・!』
『いや。嫌です!あなたを置いて行くなんて、そんなことできな・・』
『行け。早く・・・行け!おまえは・・生きるんだ・・』
『ライオネル・・・』
『生きろ・・おまえは・・・生きるんだ・・・』
「・・・・・・!!!」
ガバッと上体を起こした私は、ウルフを起こさないよう、声を押し殺して涙を流した。
・・・またあの夢を見てしまった・・・。
しかもあの夢は、回を追う毎に鮮明になっていく。
まるでライオネル王が初めて私の夢に出てきた時と同じ・・・。
という事は、ライオネル王は、近いうちに死んでしまうのだろうか。
誰かに殺されてしまうの?
一体私は、どうすれば良いの・・・?
少しでもライオネル王を近くに感じていたいという私の想いが、無意識にそうさせていたのか、私はベッドから下りると、布団を持って、扉の近くの壁へ行った。
壁の向こうにはライオネル王がいる。
もちろん、生きている王が。
今はそれだけで安心できる。
壁にもたれて座り込んだ私は、布団にくるまった。
・・・暖かい。
布団の温もりに、頬ずりをしたくなる程安堵する。
でも今は、またあの夢を見るかもしれないと思うと怖くて、とても眠る事なんてできない私は、夜が明けるまで、このままの体勢でいた。
「夕食を抜いた分、朝食はたくさんいただく」と言ったけれど、やはり朝になっても食欲が無かった私は、結局朝食も食べなかった。
きっと、ライオネル王が死んでしまう夢を見てしまったから・・・。
まるで現実に起こったような・・いえ、近いうちに起こり得る可能性が高いと思わせる程、とてもリアルな夢だった。
まるであの時と同じ、馬車内で見た、王とパトリシアが出てきた「夢」・・・。
あれは本当に起こった出来事だったのかしら?確認したい。
けれどライオネル王に「あの夜、パトリシアの喉元にペーパーナイフを突きつけましたか?」と聞くわけにもいかない・・・。
「心ここにあらずだな、マイ・クイーン」
「・・えっ?そ、そうですか?」
「悩み事か?またしてもあまり眠れていないようだが」
「えぇ、まぁ・・・」
「おまえは朝食も摂らなかったそうだな」
「それは・・・欲しくないので」と呟くと、私の頭上から、ライオネル王が漏らした微かな溜息が聞こえた。
「おまえは食が細すぎる。おまえが痩せたとニメットが嘆いていたぞ」
「そんな事はありませんよ」
「ならば食べろ。おまえはもっと体に肉をつけた方が良い。俺は痩せ過ぎた女は好きではないからな」
「それは”私の事がますます嫌いだ”と、遠回しに言っているのですか」
「・・・何故そうなる」
「あークイーンッ!座ってくださーいっ!」
「私のように“痩せ過ぎた女”が好きではないという事は、私よりももっとふくよかで、コルセットでウエストを締め上げる必要もないくらい、丸みとくびれがあるような、つまり、グラマーな体型の女性の方が好きだと、貴方は言いたいのでしょう?食欲の有る無しに関係なく、私は元々こういう、くびれなどない体型ですから貴方に御手間を取らせなくて丁度良かったという事ね」
「どういう意味だ」
「これを機に”もっと私の事を嫌いになれば良いじゃない”って意味よっ!」
「何だと!?」
私の肩に手を置いていたライオネル王がそうさせたのか、それとも私が自分からしたのか。
分からないけれど、私はスクッと椅子から立ち上がると、斜め隣に立っていたライオネル王を挑むように見上げながら睨んでいた。
当然、王も上から私を睨み返している。
と、その時。
「キングとクイーンッ!」というアイザックの声が私たちの間に入ってきたおかげで、私はハッと我に返ることができた。
「今は肖像画を作成中です!夫婦喧嘩は後でお願いしますよっ!」
「・・そうよね。ごめんなさい、アイザック。それから、ライオネル様にも謝罪します。ごめんなさい」
「俺よりも先にアイザックに謝ったな」
「それはだって!肖像画の色塗りの方が先でしたし・・・それよりライオネル様」
「何だ」
「そろそろ手を離していただけませんか」
ライオネル王は、大きな手で私の二の腕あたりを優しく掴んでいた・・・と、アイザックに謝る時に気がついた。
そのおかげで、私はアイザックの方へ顔だけふり向かせる事しかできなかったし。
「俺以外の想い人がおまえにはいるのか」
「え?いませんよ。何故そうなるのですか」
「それなら寝不足に食欲減退の理由も納得がいく」
「あぁ・・・でも違います」
「ならば俺に嫌われる必要はあるまい」
「私は・・たぶん、寝不足で苛立ち気味になっているのかもしれません」
「何故眠れないんだ?やはり悩み事があるのだろう?ん?」
私の顔を覗き込むように見るライオネル王から優しさを感じる。
だから私にまた罪悪感が募っていく・・・。
目を曇らせ、唇を噛む私を、王がそっと抱きしめてくれた。
何故・・・何故ライオネル王の温もりを感じると、私はこんなに安堵できるのだろう・・・。
それを証明するかのように、私はライオネル王の温かく逞しい胸板に、何度も頬を擦りつけていた。
「おまえは俺が嫌いか?」
「いえ・・・いいえ」
「そうか。これが終わったら今日はもう休め」
「でも・・・」
「今日は俺の仕事につき合う必要はない」
「でしたら・・・この後、バーバラ様の花壇に行ってもよろしいでしょうか」
「ああ構わん。おまえの気が向けば、庭師の手伝いをしても良いぞ」とライオネル王に言われた私は、顔をパッと王の方へ上向けた。
「本当に?!はいっ、是非!」
「何だ。途端におまえは元気になったな。そんなに俺と一緒にいるのが嫌か」
「ちがっ、違いますって!」
「分かっておる。おまえが元気な方が俺も嬉しい」
「そ・・・」
ライオネル王からそんな事を言われると、私の胸がドキドキと弾んで、王の笑顔を見ると、私の鳩尾あたりが妙にざわつくと言うのに。
更に王から指先で頬を撫でられると、私の全身が熱く震えたぎってしまう上、言いたい事も忘れてしまう!
「そろそろ続けたいのですが。よろしいでしょうかー」
「ああ。中断させて悪かった、アイザック。ここはサッサと終わらせよう、マイ・クイーン」
「・・はぃ」
幸い、肖像画は色塗り作業だけだった事もあり、それからすぐに終わった。
バーバラ様お気に入りの花壇の一角へ直接行くより、庭園内のあちこちを見たかった私は、ライオネル王の案内を断って、王宮内の庭園を散策するように、一人で歩いていた。
肖像画を描くために着ていたベージュのドレスを脱ぎ、ぎゅうぎゅうにウエストを締め上げるコルセットも外した今は、白いブラウスと、瞳の色に合わせた青いスカートを着ている。
あぁ、何て解放的・・・やはりドレスもコルセットも、私には窮屈だわ!
・・・でもコルセットをすれば、少しは私も胸が豊かに見えるはずだし、その分ウエストもギュッと締まるし。
その方がライオネル様にとっては好みの体型になるのかしら・・・。
なんて考えていた矢先、右の方からキャンキャンというウルフの吠え声が聞こえてきた。
つられるようにそちらを見ると、ウルフは庭師と侍女たちと一緒に遊んでいるようだ。
彼らの足元を軸に、グルグル駆け回っているウルフは、とても楽しそうだ。
全身で「嬉しい!」と言っているのが、私にまで伝わってくる。
つい笑顔になった私がそちらの方へ行こうとした時。
「王妃様」とサーシャに呼び止められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます