第27話
それから本当に30分程後、私たちはロドムーンの王宮に着いた。
侍女や執事といった、王宮内で働いている者たちは皆、私たちとすれ違う際、立ち止まって「お帰りなさいませ」と出迎えてくれる。
礼儀正しい中に、真心がこもった挨拶だ。
そんな中、ライオネル王側近のニコが、スッと現れた。
「お帰りなさいませ、ライオネル様、ジョセフィーヌ様」
「ああ」
「ただいま、ニコ」と私が言うと、腕に抱かれているウルフがキャンと吠えた。
自然とそちらへ視線が向いたニコは、ウルフをまじまじと見ながら、「今回はまた・・・風変わりなものを持ち帰りましたね」と呟くように言った。
「ああそうだった。ヴィーナは」
「寝ています」
「そうか。ならば明日でも良かろう。食事は済んだか?ニコ」
「まだでございます」
「今から俺とクイーンは湯浴みをする。終わり次第、食事をしながら視察の件で話をしよう」
「かしこまりました、マイ・キング」
「あの・・私は疲れていますので、できましたら湯浴み後、そのまま眠らせていただきたいのですが」
「構わんが、おまえも食事はまだのはずだろう?」
「ええ。ですがおにぎりをいただいて、まだおなかがいっぱいなんです。だから夕食は結構です」
「おまえは握り米を1つしか食べていないはずだが。あれで腹が満たされたのか?」
「え?ええ。その1つが意外にも大きかったと思いますし」
・・・ライオネル王は何気に私の事を見ているのね。
監視のため・・よね?きっと。
「そうか。分かった」とライオネル王は私に許可を出すと、顔を近づけた。
そして、「湯浴みが終わったら、扉をノックしろ」と、新たな命を小声で私に下す。
「はっ、はい・・・!」
馬車内での時のように、また私の体がビクンと跳ね上がった・・・気がする。
全くもう。ライオネル王ったら、私がこう反応すると分かっていて、わざと耳元で囁くように言って・・・あ、でも「扉ノック」なんて、ニコに聞かれたくない事でしょうし。
とにかく!
これもライオネル王の“戯れ”の一種なのかしら?
「分かっているぞ」という顔で王にニヤニヤ笑われると、ものすごく癪だわ!
でも・・・気の利いた言葉を何も返せない私自身が、一番癪に障るかも・・・。
「行くぞ、ディア」
「あぁはいっ」と私が返事をすると、ウルフも元気よく「キャン!」と一吠えした。
侍女2人は、多少困った顔をしていたものの、ウルフと一緒に私一人で湯浴みをすると言い張ったら、侍女頭のニメットが「どうぞ」と言ってくれたおかげで、私はウルフと一緒に、ゆったりと湯浴みを楽しめた。
「本当に何も召し上がらなくてよろしいんですか?」
「いいの。その代わりと言っては何だけど、明日の朝たくさん食べると思うわ」
「ジョセフィーヌ様はとても食が細いので、ワタクシ、心配でございますが・・・そのような事でしたら。明日の御朝食は、たくさん御用意しておきますね!」
「ありがとう、ニメット」
「もしおなかが空きましたら、何時でも結構です、ワタクシでも誰でも御呼びくださいませ。すぐ軽食を御持ち致します」
「ええそうするわ」
「では、おやすみなさいませ、王妃様」
「おやすみなさい、ニメット」
・・・「ジョセフィーヌ様」より「王妃様」と呼ばれる方が、まだ罪の意識が軽くなる気がする・・・。
扉に背を預けた私はフゥとため息をついた。
でも、部屋の隅で骨をガジガジと噛むウルフの姿を見た私の顔に、すぐ笑みが戻る。
心穏やかになった私は、続き部屋の扉をコンコンとノックした。
すると、すぐさま扉の向こうから、「ディア」というライオネル王の声が聞こえた。
「初めての視察、ご苦労だった。植物に詳しいおまえの意見は、とても的確で為になった」
「そう言っていただけると私も嬉しいです」
「疲れただろう。今日はもう休め」
「はい、そうさせていただきます。おやすみなさ・・・」と言ってる途中で、「ディア」と私を呼んだライオネル王の声は、切羽詰まったような響きがあったような気がして。
つい何かを期待するように、掴んでいたノブの手に力がグッとこもる。
「・・・はい?」
「・・・これからも視察へは同行してほしい」
「私の知識と経験と意見がお役に立つのなら、ぜひまた同行させてください」
「ああ、頼むぞ」
「それじゃあ・・・」
「ディア」
「・・・はい?」
「今夜は俺がいなくても一人でぐっすり眠れるか?」
「それは大丈夫です。今夜からはウルフがいますし」
2・3秒の沈黙後、扉の向こうから聞こえてきたのは、「ほぅ?」という声だった。
「つまりおまえは、俺より小犬と一緒に寝る方が嬉しい、と言いたいのか」
「は?何大人気ない言い方を・・・まさかとは思うけど、もしかして、小犬のウルフに嫉妬をしているのですか?大体、寝室は別だと言ったのはあなたの方でしょう?」
「あーそうだ。その通りだ!」
「じゃあ今度こそ、おやすみなさいませ、ライオネル様」
「おやすみ、ディア。俺は今から”仕事”だ。おまえは小犬と一緒にぐっすり休めよ」
何気に勝ったと喜んだのも束の間。
ライオネル王が言い放った“仕事”というキーワードに、ノブに置いている私の手がピクリと反応する。
「ええ。あなたも今夜の”お仕事”、頑張ってくださいませ」
「ほぉ?おまえこそ、やけに嫉妬めいた声を出したな、ディア」
「そんなこと・・・!私はただ、あなたが“仕事”と言われると、心に一瞬黒いモヤがかかるだけで・・別に嫉妬なんてしていませんっ!」
今度は2秒後、扉の向こうから豪快な笑い声が聞こえてきた。
「あぁディア・・・。それを人は”嫉妬”と呼ぶんだ」
「・・・・え?いや、私は違うと思う・・・」
「今からニコや視察隊の者たちと共に、食事を摂りながら今回の視察の件で、報告をしたり意見を交わす。さっきおまえも聞いていただろう?」
「あ・・・あぁ、えぇ。そうでした、ね」
・・・そうだった。
すっかり忘れてしまっていたのは、やはり心に黒いモヤがかかってしまったせいで・・・決して嫉妬じゃないわっ!
と、断言できない自分が情けない・・・。
「それが終わればマーシャルかアールと剣の稽古をする。以上が俺の今夜の“仕事”だ」
「・・・そうですか。一人で勝手に推測をして怒ってしまって・・・すみません」
「別に良い。これで俺の疑惑も晴れた事だし、今夜からはぐっすりと眠れ、マイ・ディア」
「はぃ・・」
「今後もおまえは嫉妬を・・いや、おまえが言うところの“心に黒いモヤがかかる状態”になる必要などない。それだけは覚えておけ」
「・・・はぃ、ライオネル様」
「よく眠れよ。そして明日からはしっかりと食べるんだぞ」
「あ・・・はい。あのっ、ライオネル様?」
「何だ、マイ・ディア」
「私・・・ウルフとは一緒に、この部屋で寝ますが、ウルフは私のベッドじゃなくて、ウルフ専用のベッドで寝ますから。だからあなたも嫉妬をする必要なんてありませんよ」
「ああ」と返してきたライオネル王は、また笑いをこらえている様子だ。
やはりライオネル王は、私程嫉妬していない・・・のは、当たり前よね!
だって相手は小犬のウルフで、人間ではないのだし。
あぁ、ライオネル王と話していると、つくづく自分が恋愛経験皆無だという事を痛感させられる・・・。
「そろそろ戯れの時間は終わりだ。おやすみ、マイ・ディア。今夜も非常に楽しかった」と言ったライオネル王の声は、嘘をついていないと思う。
だからか、「それは・・・良かったです」と言った時の私は、思わず安堵の笑みを浮かべていた。
そして私は、額と両掌を扉に押しつけていた。
少しでも、扉の向こうにいるライオネル王に近づきたくて。
「おやすみなさいませ、ライオネル様」
「おやすみ、マイ・ディア」
・・・私の不眠や食欲減退は、私が“仕事の相手”に対して嫉妬をしているからだと、ライオネル王は思っているようだ。
それは・・・まぁ、理由の一部であるかもしれない。
でも違うのです、ライオネル様。
本当の原因は、あなたの優しい心に触れるたびに、あなたを騙している罪悪感が募る事。
そして、一番の理由は・・・夢。
ベリア族である私の「能力」の一つと思われる、予知夢を見てしまう事なのです・・・・・・。
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