ゾンビvs初恋 【毎週月・木に更新】

山吹

第1話 寝不足は乙女の大敵

 その日、城島じょうじまロメはとんでもなく寝不足だった。

 何故なら、二日間徹夜で現在激ハマり中のイケメンハーレムアニメ「ヴェルサイユ男子校四銃士!」を1シーズンからぶっ通しで観ていたからだ。

 名門男子校の射撃部が舞台のイケメンがわらわら出てくるアニメで、現在5シーズン目が大人気放映中である。ちなみにロメの最推しはジョナサン、生徒会長にして強く優しいリーダーだ。

 眠気と感動と興奮から、ロメの頭は脳内麻薬でトリップ真っ只中だった。

 二日にわたってどっぷり「ヴェル四」世界につかり続けたおかげで現実と幻想の境目はあやふやで、何なら道行く人が全員ジョナ様に見えていた。


「うふ、うふふふ……あっちジョナ様、こっちにもジョナ様だあ……うふふふふふっ」

 そんな状態だったから、交差点に暴走ダンプカーが突っ込んできたとき、ロメはとっさに前を歩いていた見ず知らずの男の人を思い切り突き飛ばしていた。


「危ないっジョナ様ぁぁぁっ!」

「ぬおぁっ!?」


 地面に転がったジョナ様のポケットから、何やら白い袋が転がり落ちる。振り返ってこちらを見上げるジョナ様はピンク色のツンツンした髪形をしていらっしゃった。


「……あれっ?」


 あ、この人よく見たらジョナ様じゃない。


「すみません、間違えまし……」

「逃げろっ!!!」


 ジョナ様じゃなかった男の人がものすごく怖い顔で怒鳴った。

 ビクッと膠着した瞬間――ものすごい衝撃が全身を襲った。


 あっ、ダンプカーのこと忘れてた。

 ヤバい、遅れるって連絡しないと――


 勢いよく向かいのショーウインドウに激突して、ロメの意識は途切れた。


 城島ロメ、高校一年生。

 暴走ダンプに跳ねられ、死亡。




                  ○



 ふわふわした夢の中で、ロメは昨日の会話を思い出していた。


「ロメ氏~、今度の日曜アキバ行かん?」

「あ、ハルちゃん。えっと、私ちょっと……」

「何ぞ?」

「……お、オフ会に行こうかと」

「お、オフ会!? 本気!? それ大丈夫なやつ!?」

「えと、今回は会場も近いし、少人数だし、あの」

「ぴぇ~新しい交流、新しい輪、新しい世界! ロメ氏が遠い存在に……新しいオタ仲間できても……グス……ハルのことは嫌いにならないでくだしゃい!」

「ならないよ! オマエ、オレノ、タカラ」

「ロメ氏ぃ~ハル感動」

「というわけで今夜から『ヴェル四』復習祭り、開催します」

「それな! 重要案件」

「今回のオフ会、幹事さんがすっごいジョナ様好きの人なんだ!」

「ほへ~、それってロメ氏が良く話してた人だよね。『チャーリー』さんだっけ」

「うん、そう。会うの楽しみって言ってくれて」

「あ、ロメ氏、もしかしてその人に会うのが目的?」

「うん、えへへ」

「男の人かもよ~」

「ええ? ないない、きっと女の子だよ。どんな子かな、楽しみだな……」



               ○


「えへ、えへ、えへへへ……へぁ?」


 ヤバいオフ会遅刻だ。

 夕暮れの空が見えたとき、ロメはまずそう思った。

 というかここ、どこ? 外?

 公園のベンチかな?

 頭の下に何か温かくて柔らかいものがある。

 何だか、すごく気持ちいい……。


「おい。起きてんのか」


 不意に、すぐ近くで声がした。

 耳から頭に響くような、低い男の人の声。

 ……もしかしてこの頭の下の柔らかいものは、人の膝ではなかろうか。

 ということは、もしかして、この状況は……。


「……ひ、膝枕っ!!?」

「うおっ!?」


 状況を理解すると同時に飛び起きたロメは、そのままベンチから転がり落ちた。


「痛っ!?」

「なにいきなり地面にダイブしてんだよ、アグレッシブだな」

「はっ、す、すみませ……」


 顔を上げたロメはそのまま硬直した。

 鮮やかなピンクのツンツン髪。

 ジャラジャラ鎖のついた革ジャン。

 耳と唇にはゴツめのピアス。


 ベンチに座っているのはいかにも『ライヴ終わりのバンドマン』という感じの男のひとだった。

 もしくは『派手めの吸血鬼』かもしれない。

 どっちにしろ、ロメの人生において初遭遇キャラクターだ。

 そして、もしかしなくてもどうやら今の今まで、自分はこのトンがりまくった人の膝に頭を乗せていたらしい。


「……ど、どちら様ですか?」


 あわあわしながら絞り出した台詞に、男の人はピクッと片眉を上げた。


「ひっ、すみませんすみません、すみませんっ」

「何いきなり謝ってんだ、気持ちわりーな。俺はルチオ。古地ふるちルチオ」

「あ……わ、私は城島ロメです。……じゃなくて」

「あ?」

「私、何故ここに……?」


 ルチオと名乗った男の人は答える前に、じろじろとロメを眺めた。

 やたら目力が強いと思ったら、よく見るとメイクまでしている。

 ロメのなかで『バンドマン』説が俄然有力になった。


「お前、ダンプに吹っ飛ばされたの覚えてるか?」

「……へ?」


 バンドマン(推定)に言われたとたん、全身を襲ったものすごい衝撃が蘇った。


「そういえば私、事故に……!! ……あれ?」


 あちこち触ってみるが、痛みはまったく感じられない。


「何ともなってない……嘘! 私、ダンプカーに勝ったの!? アンビリーバボーに出られるかも……」

「んなわけねーだろ、弾け飛んでたわ」


 サラッと投げ込まれた言葉が一瞬理解できなかった。


「……へ?」

「お前はもう死んでいる」

「えっ、もしかして北斗の人ですか? どうりでその恰好……」

「ンだそれ、知るか。 お前な、自分が死んでるって感覚って分からねえのか?」


 ずい、とすごまれてロメは縮み上がった。

 ヤバい、この人目が据わってる。中途半端に分かったふりしたらドラム缶に詰められて海に捨てられそうなオーラが出てる。


「す、すみません、良く分かりません……」

「じゃあ分かりやすく教えてやるよ。――お前は、ゾンビになったんだ」


 ゾンビ。Zombie……ZOMBIE?


 あっ、分かった。

 この人、いろんな意味で関わっちゃいけないタイプの人だ

 可及的速やかにこの場を離脱しなければ……!

 ロメはうつむき、息を吸い込んだ。


「それでな? 落ち着いて俺の話を……おい?聞いてるか」

「きゃあああああああ! チカンですー!!」

「どぉっ!?」


 ルチオがのけぞる。

 その隙に、ロメはダッシュした。体育の授業でも発揮したことのない本気ダッシュだ。


「誰がチカンだ!ちょっと待て……って速え!?」


 今日は散々な一日だ!

 事故に遭うわ、オフ会は無断ブッチしてしまうわ、世紀末バンドマンに絡まれるわ……。


 私がもう死んでる!?

 ゾンビになった!?


「そんな話……信じられるわけないでしょ~っ!?」

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