第0070話 ランクS冒険者の実態

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!嫌だぁっ!死ぬのは嫌だぁっ!ぎゃああああっ!」

「大丈夫だ!落ち着け!もう大丈夫だ!死にはしないっ!落ち着くんだ!」


 女性は死ぬ直前の記憶がよみがえったのだろう……絶叫ぜっきょうしながら手足をバタつかせてあばれている。パニック状態だ。



『ダーリン、大丈夫ですか?女性の悲鳴ひめいというか絶叫ぜっきょうが聞こえたんですがっ!?』


 女性の絶叫を聞いてシェリーが心配になったのか念話をしてきたのだ。


『ああ。大丈夫だ、シェリー。問題ねぇ。

 ロイヤル・ミノタウロスに殺された女性の遺体を見つけたんでな、蘇生そせいさせたんだが……死ぬ直前の恐怖や痛み、感情がよみがえったようで絶叫しだしたんだ』


『ああ、なるほど。蘇生直後で混乱しているというわけですね?分かりました。

 他のみんなも心配していて、私が代表して聞くことになりましたものですから、おちゅうのところを申し訳ありませんでした』


『いや。心配してくれてありがとうな。みんなにもそう伝えておいてくれ』

『承知しました。

 それで、私たちはまだそちらへ行かない方がよろしいでしょうか?』


『そうだな……この女性がどうしてここで死んだのかを確認して、この部屋に何も問題がないと分かったらお前さんたちを呼び寄せようと思っている。

 だから、もうちょっとだけ待っていてくれねぇかな』

『はい。分かりました。みんなにもそう伝えます』



 蘇生させた女性がなかなか落ち着きを取り戻さない……

 女性はこしかしているようだ。地面で手足をバタつかせ、まるで見えない敵がすぐそばにいるかのように恐怖し後退あとずさりしようとしている。


 しかたがないので、彼女のそばに近寄ると身をかがめてひざまずき、彼女をギュッときしめる。そして、彼女の耳元みみもとささやくように話しかける……


「しーーーっ。落ち着いて。もう大丈夫だから。もう誰もお前さんを殺そうとしていないから安心おし。大丈夫だよ。そう、大丈夫、大丈夫……」

「ううう……うわぁーーーん!」


 彼女は絶叫をやめ、周りの状況を確認したかと思うと安心したのか大声を上げて泣き出したのである。彼女は抱き起こされたような状態のまま俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくっている。


「もう大丈夫だよ。落ち着いて。な?」

「うう……」


 俺にしがみついてしばらく泣いていたが徐々じょじょに落ち着きを取り戻す……


「俺はシンだ。冒険者をしている。お前さんは?」

「あたしはジェニファ。同じく冒険者……でも、あたしは死んだんじゃぁ……」


 殺された自覚はあるようだな。では、蘇生そせいさせた事実をげねばなるまい。


「ああ。そこのロングソードの下に埋葬まいそうされていたのを蘇生そせいさせた」

「え?あなたは死者を蘇生させることができるの?」


 半信はんしん半疑はんぎといった感じだ。これは正体をかした方が話が早いな……

 眉間みけんの印を輝かせながら言う……


「これを見ろ。今は世をしのかり姿すがたとして冒険者にふんしているが、俺はこの世界の神だ」

「えっ!?あ……そ、その御印みしるしは!?う、上様!……ははあぁぁぁぁぁっ!」


 彼女はしがみついていた俺の胸からものすごい勢いで離れて退ひざまずく。


「ああ……よい!よい!俺はしのびの旅の最中さいちゅうだ。普通にしてくれ。な?普通に!」

「は、はいっ!わ、分かりまひた……わ、分かりました!」


 ははは。かわいいな、今んだな?ははは。


「それでどうだい?どこか具合が悪ぃところはねぇか?大丈夫か?」

「は、はっ!だ、大丈夫ですっ!た、助けていただきありがとうございます!」


 そんなに緊張しなくても……この子は根が純情なんだろうなぁ。


「ああ、いいってことよ。そうか。具合が悪くねぇならよかったぜ。

 ところで……ここで一体何があった?聞かせてくんねぇかな?」

「はい!実は……」


 彼女、ジェニファの話によると……

 彼女は『神の代行者』という名前の、ランクSの冒険者ばかり7人で構成されたパーティーのメンバーであるらしい。

 彼女自身はランクSの魔導剣士だった。魔導剣士というのは魔法と剣との両方にひいでた才能を持つ。


大層たいそうなパーティー名だなぁ」

「す、すす、すみません。上様の許可も得ず、勝手にこのような名前を……」

「まあ、人々のためになることをしているんなら、俺は文句は言わねぇが……」


 威圧いあつしながら言う……


「もしもお前さんたちが人々を苦しめるようなことをしているんだったら……

 全員ぶっ殺すぜ? いいな? その点は大丈夫だよなぁ?」

「ひぃっ!だ、大丈夫です!……だと思います……」


 威圧を解く。



 ジェニファたちは俺たちと同じ、神都の冒険者ギルドの要請ようせいでこのダンジョンを探索しに来たらしい。

 ここに来るまでに魔物とほとんど遭遇そうぐうすることはなかったことが油断ゆだんまねいて、彼女が命を落とすような事態じたいおちいってしまったということだった。


「俺たちがここに来るまでに各層の魔物はほどんど殲滅せんめつしてきたからなぁ」

「そうだったんですか?道理どうりで全然魔物が出て来ないはずですね」


 この第7階層のボス部屋で、彼女たちはロイヤル・ミノタウロスたちと、実に、十数時間にわたり死闘をひろげていたらしい。


 彼女自身は善戦していたのだが、回復役の女性魔導士の魔力が尽きてふらふらになっているのを見て助けようとしたことがあだとなる。

 その女性魔導士のもとへとろうとして、地面にあった何かにつまずいて転んでしまったため、ロイヤル・ミノタウロスたちの餌食えじきとなってしまったのだ。


「他のみんなはどうなったのでしょうか?」


 彼女がそういった時、ロイヤル・ミノタウロスたちが復活してきた!


「きゃぁぁっ!」


 ジェニファは恐怖に顔をらせて俺にすがりついてきた……


「大丈夫だよ。俺がついているからな。ウインドカッター×10!」


 シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュンッ!

 ブッブブブブブブブブブシュンッ!

 ボッボボボボボボボボボンッ!


 風切かぜきりおんがしたかと思うとすぐにロイヤル・ミノタウロスたちの首が切断される音がした……。

 最後は首を切断されててたロイヤル・ミノタウロスがそれぞれ『ボンッ!』と音を立てながら黒い煙のような状態になってから霧散むさんして消えたのだった!


「す、す…ごい……。こ、これが上様うえさま御力みちからなのですね……」

「俺の代行者の一員が、こんなことくれぇで驚いてちゃぁダメだぜ。ははは」

「あ・は・は・は・は……。穴があったら入りたいですぅ……」



 しかし、ロイヤル・ミノタウロスが復活するまでのインターバルがちょっと長くなっているようだな?バジリドゥがこの部屋の中にいないからなんだろうか?



「えーっと?なんだっけ?……ああ、そうだったな。お前さんたちの仲間のことは分からねぇなぁ。ここにあった遺体はお前さんのものだけだったから、多分生きて下の階層へと向かったんじゃねぇのかなぁ?」


 調べられないことはないが、面倒めんどうくさいのでこう答えておくことにした。


「そうですか……」


 彼女の表情からは心の内が読み取れない。複雑な表情をしている。


「まぁ、お前さんと同じように綺麗きれいな魂を持っているのなら……お前さんの仲間がたとえ死んだとしても俺が蘇生させてやるからそう心配するな」

「そうですか。なるほど、綺麗な魂です…か……」


 彼女の表情は特に変わらない?

 彼女の埋葬まいそう仕方しかたざつだったしな。やはり、パーティーメンバー同士は仲が良いわけじゃないようだな……。


「ああ……。ところで、お前さん魔導剣士という割には、あまり上等とは言えねぇ剣を使っているよな?あのお前さんの墓標ぼひょうにされていた剣がそうなんだろう?」


「いえ。あれは仲間の剣士ダダルの剣ですね……あたしの剣は彼が代わりに持って行ったようですね。 父の形見かたみの剣だったんですが……」


 ジェニファの表情がくもる。そしてなんとなくくやしそうだ。


「ん?お前さんは生き返ったんだから、後から返してもらえばいいじゃねぇか?

 仲間なら嫌だとは言うまい。そんなに落ち込まなくてもいいじゃねぇのか?」

「彼の性格からすると……無理かも知れません。代わりにあたしの身体を要求してくるかも知れません。あるいは、高額な金品かも……」


 女性の身体を要求?はぁっ!?そんなヤツは仲間とは言えないよなぁ……。

 俺の大っ嫌だいっきらいなタイプのクソゲス野郎じゃねぇか!?


「そんなヤツは仲間じゃねぇなっ! 単なるクソ野郎じゃねぇかよ!

 よし、分かった!親父さんの形見の剣は俺が必ず取り返してやる!安心しろ!

 だからさぁ、そんな暗い顔をすんなよ。いいな!?」

「はい。ありがとうございます」


 ジェニファの表情が徐々じょじょに明るくなる。


 この先に同行させるにしてもあの剣じゃだめだ。使い物にならないだろう。

 えず……ということで、ミスリル製のロングソードを生成する。

 そのロングソードには簡易かんいシールド発生装置が付いている。


「ほれ!取り敢えずこれをやるから使え!」


 生成した剣を彼女に与えて、シールドの発生方法について説明しておいた。

 彼女は感激している……


「あ、あああ、ありがとうございますっ!か、家宝かほうにしますっ!」


 彼女は声をふるわせながら礼を言った。


「他の装備類は?……全部持って行かれちまったようだな?」

「はい。死者には必要ありませんからねぇ……。

 あたしが身に付けていたもの以外は全部持って行かれたようです」


 なるほどな。

 となると、ひょっとしたら彼女と一緒に装備もズタズタボロボロに切り刻まれていなければ、ぐるみがされていたかも知れないな。世知辛せちがらいな。


「生き返った姿を見せりゃぁ、返してくれるんじゃねぇのか?」

「まず無理でしょう。あたしたちの間には友情も愛情もありませんから……。

 クエストをこなすのに都合つごうがいいだけの、打算的ださんてきなつながりでしかないのです。

 あたしには死者から物をうばう人の気持ちは全く理解できませんが、この世界では死者の装備を奪うことは普通に行われていることですし、彼等の性格からすると、はいそうですかと素直すなおに返してはくれないでしょう」


 やはりこの子は善良な人だ。こういった会話の端々はしばしからも蘇生させて良かったと思わせる。人の良さのようなものを感じる。


「お前さんが助けようとした回復役の女性魔導士もそんな感じなのか?」

「はい。彼女が逆の立場ならあたしを絶対に助けようとはしなかったでしょうし、あたしの装備を真っ先にうばい取るタイプの人間です。奪い取った物を返してくれるようなタマじゃありません。断言できます」


 冒険者パーティーっていうのは、厚い友情と深いきずなで結ばれた、互いに命をあずけ合うことができる、互いに信頼し合った関係の者たちによって構成されているものだとばかり思っていたが……こんなもんなのか。


「そんなヤツらとよくパーティーをもうと思ったなぁ?」

「ランクSの冒険者の絶対数が少ないのでごのみはしていられないのです。

 下位ランクの者たちと組むのもなかなか骨が折れますし……仕方ないのです」


「なんか、そんな薄情はくじょうなヤツらとパーティーを組ませておくのはちょっともったいねぇ気がするなぁ……どうだい?お前さん、神殿騎士になるつもりはねぇか?

 その気があるんだったら、試験を受けられるようにできるんだが?」

「え?あたしなんかが、よろしいのですか?」


「あ、もちろん、試験に通らねぇとダメなんだがな。

 だが、お前さんはランクS冒険者だし、魂も綺麗きれいだから、まぁ問題なく合格するだろうがな。どうだい?」

「なりたいです!

 でも、失礼ですが……お目にかかったばかりで、あたしのことは何もご存じないというのに、このような過分かぶんなるお話をたまわってもよろしいのでしょうか?

 本当にあたしなんかが神殿騎士試験を受けてもよろしいのですか?」


 こういうことを聞くことができるだけで十分に受験資格はある。

 よき人物であることが分かるってもんだ。


「ああ。もちろん。

 それに……あったばかりって言うけど、これでも一応神だからなぁ。お前さんがどんな人間なのかは見りゃ分かるんだぜ。ははは」

「し、失礼しました!も、申し訳ございません!」

「お前さんのような有能な人物をスカウトできるとは!重畳ちょうじょう重畳ちょうじょう

 期待しているぜ!」

「はいっ!がんばりますっ!」


 こうして新たな神殿騎士候補を確保かくほすることができたのであった。


 彼女は俺に同行どうこうしてこの先に進みたがったのだが……

 ロイヤル・ミノタウロスごときに手こずるようなレベルでは、この先を進むには弱すぎる。俺たちの足手まといにしかならないだろう。


 ということで、彼女を説得して神都のバルバラのもとへと送り届けたのである。


 神都へと転送すると言ったときに、彼女の表情が少しくもっていた。


 気になって聞いてみると、彼女は剣のことを気にしていた。そう、父親の形見かたみの剣が取り返せないんじゃないかと、俺がそのことを忘れてしまったのではないかと不安に思っていたようだ。


 だから、ちゃんとそのことを俺は覚えていることを告げ、そして、約束した通り俺が責任を持って必ずうばっていった男から父親の形見の剣を取り返してくることを改めて約束することで彼女を安心させることにした……


 彼女の顔が晴れやかな笑顔になったことは言うまでもない。


 あ、そうそう、彼女がいないのにどんな剣を取り戻したらいいのか分からないのではないかと思うかも知れないが……

 そうだ。ご賢察けんさつの通りである。彼女を神都へと転送する前に彼女の魂の履歴りれきから剣の情報を取得しておいたのでその点も問題ない! その点にかりはないのだ!


 魂の履歴を調べられるというのは本当に便利だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 蘇生そせいさせたジェニファを神都へと送り届けた後、ハニーたちをボス部屋の中へと転送した。前回同様、ボス部屋の入り口付近にシールドを展開して、その中に野営用のテントも設置してある。


 ロイヤル・ミノタウロス復活のインターバルはやはり長くなっていた。おおよそ20分といったところだろうか……。

 このボス部屋のボスだったバジリドゥがこの場にいてもそれは変わらないので、彼女が不在だったからインターバルが伸びていたというわけでもなさそうだ。


 以前のように5分間隔かんかくで復活してくれると、ハニーたちの練習にはちょうどいいインターバルなんだが、20分はちょっと長い。


 とにかくこの先に進む前に、新しく仲間になったリガーチャ、スサク、リクラ、トフルをある程度は戦えるようになるまできたげねばならない。インターバルが20分もあるのはよろしくない。


 ということで、ハニーたちにはロイヤル・ミノタウロスを殲滅せんめつしたら、ヤツらが復活してくるまでの間、神殿騎士風ゴーレムを相手に戦ってもらうことにする。


 ゴーレムのタイプを神殿騎士風のものにした理由は、ハニーたちに魔物相手だけではなく、人を相手にする戦い方も学んでもらうためだ。

 人じゃないけど、神殿騎士風ゴーレムはそれっぽく攻撃してくるように調整してある。


 神殿騎士風ゴーレムは見た目も人風だしな、人相手ひとあいての戦い方を学ぶ相手としてはこれで十分だろう……。


 戦闘指導はシェリー、ノアハ、ザシャア、翠玉すいぎょくに任せることにする。


 なお、指導者4人には、ハニーたちを数名のグループに分けて、たがいに連係れんけいして攻撃を行う練習を重点的じゅうてんてきにさせるように頼んである。


 俺はこの後ちょっとだけ獣人族じゅうじんぞく国家ニラモリアにいる管理助手シノのところへと行こうと思っているので、ゴーレムの指揮権も指導者の4人に与えてある。

 このボス部屋に、新たな敵が現れるというような不測ふそく事態じたいそなえるためにも、ゴーレムは念のために1万体生成し、指導者4人のウエストポーチの中にそれぞれ2500体ずつ入れておく。



 オークドゥは自身の剣技けんぎみがきをかけたいということだった。


 だから、彼の戦闘訓練用に特別とくべつ仕様しようの神殿騎士風ゴーレムを生成して与えた。

 ハニーたちとは少し離れた場所で別メニューをこなしてもらう。


 新人ハニーたちには今夜の夕食までにはなんとかそれなりに形になってくれるといいのだがなぁ……。


 色々あってダンジョン攻略も予想以上に時間がかかってしまっている。そろそろ神都にいるキャルたち子供たちやハニーたちのことが恋しくなってきた。


 獣人族の嫁を決めに行かねばならないし……分身ぶんしんが欲しいくらいだな。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 ハニーたちの練習相手となるゴーレムを作っていてふと思いついたことがある。

 俺がちょっとだけ獣人族国家ニラモリアへ行くことにしたのは、その思いつきが原因だ。


 ゴーレムを1万体ほど生成して獣人国家ニラモリアに提供し、シオン教徒どもの攻撃から守るための兵士にすることを思いついたのだ。


 獣人族国家ニラモリアへ攻め込もうとしているシオン教徒たちに対抗するためにミニヨン1万体をシオリにあずけてあるのだが……

 獣人族担当管理助手のシノには現在、獣人たちの他には使える手駒てごまはない。

 生身なまみの獣人たちを矢面やおもてに立たせるのはどうもしのびない。彼等が無惨むざんにも殺される姿など見たくはない。


 それで……シノにも獣人たち以外で自由にできる戦力を与えておこうと考えたのである。そう、それがゴーレム1万体だ。


 ハニーたちの練習相手に神殿騎士風のゴーレムを作っている中、そのついでに、獣人族国家防衛用の戦力として1万体の神殿騎士風ゴーレムも生成しておいた。


 これから俺が直接シノのもとへ出向でむいてゴーレムを提供するつもりなのだ。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 実は、獣人族国家ニラモリアの他にも獣人族国家がある。

 その名は『ワッドランド』。ニラモリアの東に位置する国だ。


 ニラモリアは色々な種族の獣人たちが共存しているが……

 一方、ワッドランドの方は、サル族の皇帝シザルによって支配されているサル族一種族による独裁国家どくさいこっかである。そう、民族主義の国家なのだ。


 安易あんいに予想されることではあるが、彼等は他種族の者たちを自分たちよりもおとる種族と考えている。


 サル族の見た目は、ほぼ人族と変わらない。


 人族よりもちょっとだけ大きめの耳をしており、シッポが生えていることくらいしか違いはない。彼等がシッポを隠すと人族とは見分けがつかないだろう。


 身体能力の方は人族よりも数十倍すぐれているが、だからといって、知性が人族におとっているということはない。


 ただ、魔力量はほぼゼロである者がほとんどで、魔法使いはほとんどいないし、いたとしても初級魔法が使える程度である。その点は人族におとると言えるだろう。



 ニラモリアとワッドランドとの国境こっきょうは、岩山いわやまが多く兵を進めるには困難こんなんである。

 両国りょうこくむすぶ道はひとつだけ存在しているのだが、そこは峡谷きょうこくになっている。


 ニラモリアは国境に石造いしづくりの関門かんもんきずいてワッドランドからの軍の侵入しんにゅうふせいでいるのだが、そこはまるで中国史上多くの戦いが行われた『函谷関かんこくかん』のような所であった。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「お父ちゃん、だめじゃん。はい、着替きがえだよ」

「おお、テナー!助かるぜ!いやぁ~、あわてて家を出てきちまったんで、着替えのことをコロッと忘れていたぜ、ガハハハハハハッ!」

「ホントそそっかしいんだからぁ。『今度からは気をつけてね』ってお母ちゃんも言ってたよ」

「あはは。悪ぃ悪ぃ」



 この場所はニラモリアとワッドランドとの国境に設けられた、ニラモリア側のせきである。そのせきはフォスジャルボと呼ばれている。


 ここの警備隊員であるアルトのもとへ、家を出るときに忘れてしまった着替えを娘のテナーが届けに来たようだ。

 アルトもテナーもオオカミ族の獣人だ。せきから2kmほど西に行った場所にあるアスキナという村にアルトとその妻、ソプラ、そして、娘のテナーと3人で住んでいる。暮らしはそれほど楽ではなかったが人がうらやむような幸せな家庭であった。



敵襲てきしゅう敵襲てきしゅうだーーっ!」


 突然、ワッドランドの方を監視かんししていた者が絶叫ぜっきょうした!

 ワッドランド軍がこの関へと押し寄せてきているのだ!その数はおおよそ3千!


「お、お父ちゃん、こわいよう」


 敵襲を知らせる声は、兵舎へいしゃ自室じしつにいたアルトとその娘テナーの耳にも届いた。


「ははは。大丈夫さ!このせきが落とされることは絶対にないよ。でも、お前はもう家に帰りなさい。……ああ、それと一応村長にこのことを知らせて万が一にそなえるように言ってくれ」

「うん。分かった。じゃあ、帰るね。お父ちゃん、気をつけてね」

「ああ。もちろん。もうすぐお前の弟か妹も生まれるんだ。死ぬわけにはいかねぇからな。ははは」


 このせき難攻なんこう不落ふらくである。ただし、地上からの攻撃には……である。


 ワッドランド軍には魔導士がほとんどおらず、いたとしても威力の低い攻撃魔法しか使えない者たちだけだった。


 それゆえ、ワッドランド軍による攻撃はたかれている。空から攻撃でもしない限り、ワッドランド軍にはこの関を落とすことは不可能である……と思われていたのだ。そう、この日までは。


 ワッドランド軍には、飛行可能な魔物を招喚することができるような魔法使いは一人もいない。それどころか、招喚魔法を使える者すらいない……はずであった。



 テナーを家に帰すためにアルトはテナーを連れて自室じしつを出て、一緒に兵舎へいしゃの入り口まで来たが……外がみょうさわがしい。


 兵舎の入り口のとびらを開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に二人は驚愕きょうがくした!

 なんと!関の上空には、黒いローブをまとった魔導士が乗ったレッサードラゴンが数匹飛んでいて、口からファイヤーボールを兵士たちに向かってはなっていたのだ!


 あたりは火の海である。この関、フォスジャルボが落ちるのも時間の問題だ!

 予期せぬ敵の攻撃に関を守る兵士たちはパニック状態におちいっている。


「テナー。お前は今すぐ村へ帰れ!

 このことをみんなに伝えてすぐに避難ひなんするように言うんだ!いいな?」

「お父ちゃんは?お父ちゃんも逃げようよぉ~」

「俺はここで敵を食い止めなきゃならん。だから、お前だけ逃げるんだいいな!」

「でも……」

「さあっ!行け!お母ちゃんを頼んだぞ!……ほらっ!行くんだ!」

「分かった!お父ちゃん、死なないで!絶対に、死なないでね!」

「ああ。さあ行け!急ぐんだ!」


 テナーはしばら逡巡しゅんじゅんするがけっしたがごとくアルトに対して大きくうなずくと、目に涙をいっぱいめながら村へと向かって走り去っていった。


 テナーは街道かいどうを村へと急ぐ。が、気ばかりがあせる。

 一所懸命走っているのに、まるで自分が亀にでもなったかのように感じる。

 ちっとも先に進めないような感じがしていてもどかしい………


 途中でフォスジャルボの方を振り返ると、立ちのぼる炎が夕暮ゆうぐどきの空を真っ赤にめていた……するとその方向から何やら黒いものが飛んでくる?


「レッサードラゴン!……きゃぁーっ!」


 テナーの叫び声が聞こえたのか、レッサードラゴンはテナーを見つける。

 そして、急降下し、彼女のはばむかのように街道に着陸した!


 テナーは恐怖した!身体が思うように動かない!

 身体が石化せきかされてしまったかのごとく、恐怖により動けなくなった!


「ああ……神様!助けてっ!殺されちゃうよぉ~。助けてっ!神様!!」


 レッサードラゴンにまたがっている魔導士が下卑げびた笑いを浮かべている。


「ぎゃははっ!無駄むだ小娘こむすめ!女神シオン様はお前たち獣人が大っ嫌いだ!助けてはもらえんぞ!」


 どうやらレッサードラゴンの背にまたがっているのは、女神シオンを崇拝すうはいする者のようである。


「ちがうもん!シオンなんて神様はいないもん!神様!助けて!お願いです!」

「クソ生意気なまいき小娘こむすめめ!シオン様を否定するとは不届ふとど至極しごく!この場でぶっ殺してやる!……レッサードラゴン!小娘にファイヤーボールをぶち込んでやれ!」


 テナーは死を覚悟し、目をつぶった……。

「ああ……神様、もうダメです。どうか天国に行けますように……」


 レッサードラゴンの口からファイヤーボールが放たれたっ!

 もはや少女の命は風前ふうぜん灯火ともしび!……の、はずだったんだが……


「へっ!?な、なにっ!?ファイヤーボールをはじいただと!?そんなバカなっ!」



「よう、おじょうちゃん。もう大丈夫だぜ! 助けに来たぜ! 安心しなっ!」


 テナーがゆっくりと目を開けるとそこにはひとりの男が立っていた。



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