第0058話 開扉呪文

「やっとお出ましか!待ちくたびれたぞ!」


 魔物の群れがサッと左右に分かれて移動して道ができる!?

 そのたった今できたばかりの道の真ん中をサーベルタイガーのような魔獣の背にまたがって女性がやって来る?声の主は彼女のようだ。


「あ!ボス!」

「マイミィ。あれが誰なのか分かるのか?」

「はい。私たち魔物使い部隊のボスです。しかし……なんでここに……」


「マイミィ。私はお前とルディバインを激励するためにここへやって来たんだよ!

 だが、ここに来てみれば……ルディバインはいないし……

 なにかい?その様子じゃお前は私たちを裏切ったようだね?

 それで……ルディバインはどうしたんだい?まさか!?」


「ああ。あのサイクロプス使いの女なら、一足先に地獄へ行ってお前さんを待っているらしいぜ?

 それにマイミィは裏切ってなんかねぇぞ。表返っただけだ。

 己の過ちに気付いて改心しただけだ。

 どうだい?お前さんも改心するってぇのなら、ルディバインが待っている地獄へ送るのだけは勘弁してやるが?」


「う、うるさい!私はそこの小娘とは違う!シオン様への信仰心は揺るがない!

 邪神の甘言かんげんに踊らされるようなことなどは絶対にない!

 私がルディバインのかたきを討ってやる!覚悟しろ!」


「そうか……それは残念だよ。できることなら女性とは戦いたくねぇんだがなぁ。

 そういうことならしょうがねぇなぁ……。

 だがな、お前さんじゃ俺には絶対に勝てねぇ!

 だから、女神シオン様とやらが存在するって言うんだったら待っててやるから、今すぐその女神様に助っ人を頼め。悪ぃことは言わねぇからそうしろ。

 じゃねぇとお前さん……確実に死ぬぜ? そして、地獄行きだ。

 まあ、シオンなんて神はいねぇから絶対に助けてくれねぇがな。ははは」


「黙れ!邪神めっ!お前たちの相手など私ひとりで十分だ!これを見よ!」


 何枚もの戸板のようなものがゴブリンたちによって魔物たちの先頭へと運ばれてくる……。


 ゴブリンたちは戸板を横にして4匹で1枚を運んでくる……

 横にした戸板を挟んで左右に2匹ずつに分かれて、戸板の長い方の二辺を持って運んでくるのだ。戸板は全部で10枚。それらが魔物たちの先頭へ運ばれてきた。


 そして、俺たちからの攻撃に対する"盾"にでもするかのように、横になっていた戸板を地面に対して垂直に立てようとしている!?


 戸板を運ぶにしては重そうに運んで来たなぁ?

 なんだろうなぁ?あんな木でできた板を盾にして俺の攻撃を防ごうってのか?


 そう思っていると……地面に垂直に立てられた10枚の戸板が一斉にくるり!とひっくり返されたのだ。

 直後、信じられない光景を目の当たりにすることになる!


 うわっ!酷ぇことをしやがる!……あの女!もう容赦はせぬっ!絶対になっ!


 なんと!ひっくり返された10枚の戸板にはそれぞれに全裸の女性がはりつけにされていたのだっ!!女性たちは手の平と足の甲に釘のようなものを打ち込まれ、身体の正面をこちらに向けて大の字となるように戸板に固定されているのだ!


「おのれぇっ!お前だけは絶対に許さん!地獄の苦しみを味わわせながら必ずや、ぶっ殺してくれる!」


 あたかも激高しているかのようなふりをしつつ実は至極冷静に、盾にされている女性たちをターゲット指定している……。ターゲット指定のための時間稼ぎだ。


 怒りの言葉を発し終えるまでにすべての女性たちのターゲット指定が完了した。

 さてと次は、女性に触れているものを確実に転送ターゲットから除外することを強く意識する必要がある。そうしないと釘や板までもが一緒に転送されかねない。


「ひゃあぁぁっはっはっはっ!どうだい?攻撃できないだろう?さあどうするぅ?大人しく降伏してもらおうか?ひゃあぁぁっはっはっはっはっはっはっ!」


 ま。せいぜい今のうちに喜んでおけ!

 ここに10枚のマットレスを配置して……と。


『ハニーたち!今からあの女性たちをこちらへと転送するから、彼女たちの怪我を治療して、何か服を着せてやってくれ!』

『"はいっ!"』


 よし!準備はすべて整ったぞ!

「転送!」


「へっ!?」


 勝ち誇っていたように大笑いしていた女の口から間の抜けた声が発せられた。

 思わず失笑してしまいそうになったが、グッと笑いをこらえる……。


 盾にされていた全裸の女性たちは一瞬で俺たちのもとへと転送されてきた。

 ハニーたちはすかさず女性たちの治療にあたる。まるで初めから誰がどの女性を担当するのかが決められていたかのように、テキパキと手際が良い。


 程なくして女性たちの意識が戻る。


「残念だったなぁ?さあどうするぅ?降伏するなら命を助けてやることを検討してやらなくもねぇぞ?」


 サーベルタイガーのような魔獣にまたがっているマイミィのボスだった女はうつむき、肩をふるわせている?


「く……くく…く…。ふふふ。ひゃぁぁっはっはっはっ!バカめ!お前がそうするだろうことは想定済だ!女ども!この薬が欲しけりゃそいつらを始末しろ!」


 どうやら女ははりつけにされていた女性たちに習慣性の高い薬物を投与していたようだ!禁断症状に陥っている女性たちを、薬物をえさに操って俺たちを殺させようとしているようだなのだ!


「さあ!この薬が欲しいだろう!だったらそいつらを始末するんだ!さあサッサとぶっ殺しちまいなっ!そいつらは善良なお前たちには手出しができないだろうからなぁ!ひゃぁぁっはっはっ!」


 "………………?"


 女性たちは『何を言っているんだろう?』とでも言いたげな表情を浮かべながらキョトンとしている。


 当然だ。女性たちをターゲット指定する際に当然彼女たちの状態は調べてある。

 だから、薬物中毒に陥っていることはすぐに分かったのだ。


 優秀なハニーたちは俺が指示するまでもなく、暴行された形跡がある女性を見て体内外の完全浄化を施した。

 そして、その後に当然、ハニーたちは女性たちの怪我を治すために修復も施しているので、薬物依存症も治っているのだ。


「ボス。無駄ですよ。もう降伏して下さい。この方は存在しない女神とは違って、本物のこの世の神なんです。あなたではシンさんに勝てるわけがありません。

 触らぬ神に祟りなし……ですよ」

「黙れ、裏切り者が!うるさいぞっ!この世界における神は女神シオン様だけだ!」


「ボス。死んでから後悔しても遅いですよ?死にそうになってシオンに助けを求めても絶対に助けてくれませんよ?だって存在しないから……」

「黙れと言っているだろう!ええいっ!こうなったら力押しだ!魔物どもヤツらを喰らってしまえ!」


 魔物たちが一斉に俺たちに襲いかかろうとする!

 だが、俺がここに戻ってからはちゃんとシールドが展開されている。シールドが魔物ごときに破られようはずがない。


 魔物たちはシールド境界でゴソゴソと"もがいている"ようにしか見えない。



「そういえば俺がここへ来たとき、なんでシールドが消えていたんだろう?」


 俺が思わずボソッと呟いた言葉にソニアルフェが反応する……彼女は俺の言葉を聞いてビクッと身体を硬直させたのだ。


「す、すみませ~ん。私がシールド発生装置を蹴飛ばしてしまって……」

「そうだったのか。それくらいで壊れるようじゃぁダメだよなぁ。後で改良しなくちゃな。ソニアルフェ、教えてくれてありがとうな」

「すみません、すみません」

「大丈夫だよ。気にするな。倒れたくれぇで簡単に壊れちまうようなシールド発生装置を置いていった俺が悪ぃんだからな。

 だから、ホント気にしねぇでくれよな?お前さんは悪くねぇんだから。

 むしろ、お前さんたちを危険な目に遭わせちまった俺の方こそ、お前さんたちに謝らねぇといけねぇくれぇだ。だから、な?気にするな」

「は…い……」


 微笑みながらソニアルフェの頭のてっぺんをポンポンと二度軽く叩く……。

 それから俺の側にいて、じっとこの様子を見ていたマイミィの方を向く。


「マイミィ。今のお前さんならあの魔物たちを操れるんじゃねぇのか?どうだ?」

「え?でもボスが操っていますので、多分私じゃ無理じゃないでしょうか?

 彼女の魔物使いとしての能力は飛び抜けて高いのです」


「いや。多分、今のお前さんにかなう魔物使いはこの世界にはいねぇと思うぜ?」

「え?」

「まあ、試しにやってみろ!あいつらを追っ払ってみろ。できなかったら他の手を考えるから。できないならできないでいいから。チャレンジしてみろよ。なっ?」

「は、はいっ!やってみます!……うにょうにょごにょごにょ……」


 マイミィが何やら呪文のようなものを唱えだした……。


「はっ!?マイミィ。気でも狂ったのかい?あんたの力じゃ私にはかなわないことはお前が一番よく知っているだろう?」


 そうこうしている内にマイミィの詠唱えいしょう?が完了する。


「魔物どもよ!我に従え!」

「ひゃぁぁっはっはっはっはっ!無理だと言っているだろ……なにっ!?魔物とのリンクが切れた?」


「で、できました!ボスの支配を破って私の支配下に置くことができました!」

「ほらなっ!?お前さんは優秀だから、俺はできると信じていたぜ!ははは!」

「はいっ!嬉しいですっ!」


「ば、バカなっ!こ、この私があんな小娘に負けるなんて!?お、お前たち!私がお前たちの主人だ!あの小娘じゃない!言うことを聞けっ!」


「魔物ども!ボスを凌辱せよ!凌辱される者の苦しみをたっぷりと味わわせよ!」

「お、おいおい!マイミィ!それはちょっとやり過ぎじゃねぇか?魔物を追っ払うだけでいいんじゃねぇのか?」


「なにを仰るのですか!?シンさんが私にしたことじゃないですかっ!盾にされていた女性たちが受けた苦しみをたっぷりと思い知らせないとダメです!」

「た、確かにそうだが……俺はお前さんが凌辱される前に助けただろう?だから、今回もそうしてくれよ?」


 マイミィは俺から視線をらしながら言う……


「そ、そんなのどうしたらいいか分かりません。こんなにたくさんの種類の魔物を一度に支配したことはありませんから、どうしたらいいのか全く……。

 一度命令したら最後、後は魔物任せです。今はまだ、そうした命令の出し方しか知らないんです! ですから、ボスがどうなろうとも、それは魔物次第ですっ!

 私のあずかり知らぬところなんですっ!どうなっても私の所為せいじゃないですっ!」


 マイミィは途中から開き直ったかのような口調に変わって一気に言い放ったかと思うと、すねたように"ぷいっ"と余所よそを向いてしまった。


「おいおい!マイミィさんや……それはねぇだろう。助けてやれよ?攻撃中止命令くれぇは出せるじゃねぇのか?」


 そうこうしている内にも、元のあるじだった女に対して魔物たちが群がっていく!


「よ、寄るな化け物ども!わ、私だ!私が分からないのか!?て、敵は向こうだ!

 きゃあああぁぁぁぁぁぁっ!や、やめてぇーーっ!」


 うわっ!?ゴブリンどもの餌食えじきに……あっという間に服がひんかれた!


 見ていられないので助け出そうと思った瞬間だった!

 グガァッ!ぎゃっ!…グワッ!…ボギッ!…ボリボリ……


 あっ!?なんてこったっ!地竜に食われた!


 女は地をう竜にゴブリン諸共食らわれてしまったのだった。

 呆気あっけないというかなんというか……それが女の最後だった。


 蘇生させて人間の盾にされていた女性たちに復讐させてやろうかとも思ったが、なんか面倒なので魂の履歴のコピーを取ってから魂を"奈落ならくシステム"に放り込んでお終いにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 人間の盾にされていた女性たちはすべて冒険者だった。


 このダンジョンでこれまでに遇った女性冒険者たちは、どういうわけかすべてがランクA冒険者だった。人間の盾にされていた女性たちも例にれずそうだった。


 彼女たちの魂の色は、全員が"青"である。善人だ。

 それで、今回も神殿騎士にスカウトすることにした。


 おっとその前に……20代から30代後半であった彼女たちも全員が完全修復を希望したので、今は全員がピチピチギャルになっている!


 見た目はピチピチ!頭脳は大人だ! いや、見た目ではなく本当にピチピチだ!

 ん?どっかで聞いたことがあるようなフレーズだな?


 冒険者って、結構きつい仕事なんだろうなぁ……神殿騎士になってくれないかと意向を打診すると、みんなが二つ返事で承諾する。


 個人事業主よりもサラリーマンというか『サラリーウーマン』の方がいいということなのかぁ? そうかもなぁ、ここは世知辛せちがらい世界だからなぁ……。

 まあ、一攫千金は難しいが、安定収入は魅力だろう。それに神殿は、今のところ超優良企業……企業じゃないな、超優良宗教団体だからなぁ。


 ということで、電撃的展開でオークドゥの恋人となったアウデッテたち冒険者と共に、彼女たちも神都のバルバラのもとへと送り届けてやったのだ。


 いやぁ、このダンジョンは優秀な人材の宝庫だな!

 しかし、神都の中央神殿騎士団の女性比率がグッとアップしたよなぁ……。

 男性騎士たちのやる気もこれでグッとアップしそうだな。ふふふ!



 ◇◇◇◇◇◇◆



 ハニーたちは、オークドゥに恋人ができたと聞いて非常に驚いている。


 俺が神都の神殿騎士隊長、バルバラのもとへとアウデッテたちを送り届けた後、俺はそのことをハニーたちに教えたので、オークドゥのお相手がどんな女性なのか興味津津きょうみしんしんのハニーたちからは怒られてしまった。

 行動を共にし、今では大切な仲間となったオークドゥのことが心配だからこその反応なんだろう……。



 『一目会ったその日から 恋の花咲くこともある……』


 日本では昔、『パンチD○デート』という視聴者参加型の恋愛バラエティ番組がテレビ放送されていたのだが……そのオープニングで、司会者の二人が掛け合いをしながらが言うキャッチフレーズの冒頭部分である。


 だが、オークドゥとアウデッテは『一目会った瞬間に恋の大輪が咲いた』のだ!

 遠くて近きは男女の仲。合縁あいえん奇縁きえん。縁は異なもの味なもの!……実に面白い!



 この世界に来て、まさか、『パン○DEデート』のキャッチフレーズを思い出すようなことがあるとは思わなかったぜ。


 オークドゥの部下たちや翠玉の部下たちとヒューマノイドの男女とで、あの番組みたいなお見合いをさせてみるのも面白いかも知れないな。

 でも『プ○ポーズ大作成』のような形式の方がいいかなぁ……なんてことを暫し考えてしまった。


 中身がオッサンである俺たちの世代以上じゃないと分からない話だ。


 ちなみに……夕食後の団欒だんらん時に、ひょんなことからユリコとの会話がこの話題に及び、二人で大いに盛り上がることになるのだった。



 ◇◇◇◇◇◆◇



『おはようございます、ダーリン。早朝からすみませんが、お知らせしたいことがあります。今よろしいですか?』


 俺が朝、目を覚ましたのとほぼ同時に、神都エフデルファイに滞在中のエルフ族担当助手のシホから念話が入る。何か問題が起こったようだ。


『おはよう、シホ。なんだい?なにかトラブルが発生したのか?』

『ええ、まあ……。

 ダーリンの声が聞きたくなったというのもありますが……実はエルフの国を出る前にダーリンがクビにした神殿幹部会議メンバーたちに不穏ふおんな動きが見られるとの連絡が入ったのです。

 それで、一応念のためにダーリンにお知らせしようと思いまして……』


不穏ふおんな動き?』

『はい。王族や貴族たちと頻繁に接触しだしていて、どうやら神殿組織を武力支配しようと画策しているらしいのです』

『なるほどなぁ。まあ、ヤツらなら考えても不思議じゃねぇわなぁ。幹部から外すだけじゃぁ、ちと手緩てぬるかったかな?ところでその情報の出所は?』


『グラッツィア辺境伯です。彼も話を持ちかけられたらしいです』

『そうか。では、もし可能なら、彼にはヤツらの仲間になるふりをして情報収集にあたらせてくれ。悪ぃがシホ、お前さんの方でグラッツィア辺境伯と話をしてくれねぇか?』


『はい。お任せ下さい。結果は追ってご報告します。

 あっ!それからさゆりちゃんのところに"橘ユリコさんのバックアップデータ"が届いたって言ってましたよ』


『ちょ、ちょっとぉ!シホちゃん!それを言わないでよぉ~。シホちゃんの念話がすんだら私から直接ダーリンに念話で知らせようと思ってたのにぃ~。ダーリンとお話しする機会を奪わないでよぉ』

『ごめんごめん。そうだよね。ダーリンと話したいよね。ごめんね。気配りが足りなかったわ。許して。……ということで、ダーリン。さゆりちゃんからお話があるそうです』


『ははは』

『今シホちゃんが言ったように"橘ユリコさんのバックアップデータ"が届いたから今からそちらへ転送してもいい?』

『ああ、頼む。あ、そうだ。念のためにそっちでもバックアップデータを保存しておいてくれねぇかなぁ』

『うん。分かった。それじゃぁ、今からデータを転送するね。……送信したよ?』


 ピロリン!


『お。サンキュー!確かに受け取った。ありがとうな。さゆり』

『いえいえ。また何かあったら連絡するね』

『ああ。頼む。……シホ。まだつながっているか?』

『はい』


『二人とも忙中、面倒なことを押しつけて悪ぃがよろしく頼む……そして、シホ、さゆり!二人とも愛しているぜ!心からなっ!……それじゃぁなっ!』

『うふふ。私も愛してるっ!……では、失礼します』

『ダーリン。大好きだよ!じゃ、またね!うふふ』


 昨日、オークドゥとアウデッテが一瞬で恋に落ちるという電撃的なシーンを見た所為せいなのか、はたまた、その後の"砂糖を口から吐きそうになるくらい甘い"二人のいちゃいちゃぶりを見せつけられた所為せいなのか……。

 シホたちと話をしていると急に、俺は二人を心の底から愛しているということを伝えねばならないという思いが込み上げてきたのだ。


 たとえ心が通じ合っていると確信できる相手であっても、愛しているとちゃんと相手に伝えないといけない!と俺は思っているのだ!

 それが夫婦円満の秘訣だ!……と思う。多分……そうだよね?



 ◇◇◇◇◇◆◆



 俺たちはギリシャ神殿風の建造物がある場所から床に押しボタン式のトラップがある場所、ピラミッド内の通路へと戻ってきた。


 戻ってくると、そこにはマミーたちがたむろしていてちょっとだけ驚かされる。

 たが、剣で斬らずとも倒せる俺たちにとっては、たとえ不意を突かれたとしてもそのことで大事に至るようなことはない。

 彼等に襲われた数秒後には、彼等は跡形もなく消し去られるのだった。


 それからはみんなで雑談しながら進む余裕さえあった。緊張感のかけらもない。

 得てして問題はそういったときに起こるものだ。


 ドサッ!カチッ!……ガガガガガガ…………


 10畳、10平方メートル強程の広さの部屋を通過しようとしたところ、何かに躓いてソニアルフェがこけた。

 するとなにやらスイッチが入ったような音がして、四面にある出入り口がすべて閉ざされてしまった!入り口部分の天井から一枚岩の大きなとびらが降りてきてふさいでしまったのだ!


 だが、それで終わりではなかった!

 今度は部屋の天井が音を立てながら、おもむろに下がり始めたのだ!

 取り敢えずシールドを展開する。この程度の天井の重さぐらいシールドで防げるはずだ。


「ソニアルフェ。大丈夫か?」


 まあ、ソニアルフェはキャットスーツも着ているし、極薄シールドも展開されているので転んだくらいでは無事に決まっている。

 すぐ側で人がこけたらほとんどの人は『大丈夫か?』と思うだろう。それを口に出したに過ぎない……と思われるかも知れない。だが、実は違う。


 どじってしまった彼女に誰か声を掛けてやらなければ、自分のミスに落ち込み、彼女がいたたまれない気持ちになってしまうのではないかと心配になったからだ。

 ソニアルフェは非常に繊細な心の持ち主なのである。


「は、はいっ!す、すみませーん。またなんかやらかしちゃったみたいですぅ」

「怪我してねぇようで安心したぜ。しかし不思議だよなぁ、なぜか思ってもみねぇところで躓いちまうことってあるよなぁ?」


「そうなんですよぉ~。困っちゃいますぅ。……でも、これどうしましょう」

「大丈夫だ。なんとかなるさ。ならなけりゃ俺がなんとかするさ!気にするな!」


「すみません。私、ドジですみません。ぐっすん……」

「大丈夫だって。誰にだってミスはあるさ。瑣末さまつなことだ、気にするな。くよくよすることなんかねぇよ。……それに俺はお前さんのそういうところも好きなんだよなぁ。ははは」

「え?」


 ソニアルフェの頬が染まり……泣き顔が微笑み変わる。

 他のハニーたちはなんかニヤニヤしている?


「ソニアルフェ。俺は正面の扉をフェイザー銃で撃ってみるから、お前さんは右の扉を撃ってみてくれねぇかな?どうだ?頼めるかな?」

「はい!」

「よし!それじゃぁ、ノアハ!今の話を聞いていたと思うが左の扉を頼む!そしてザシャア!お前さんには後ろの扉を頼む!出力レベルは6にセット!俺が合図するから、それに合わせてぶっ放してくれ!」

「「「はいっ!」」」


「他のみんなは各自完全防御シールドを展開して、不測の事態に備えてくれ。身の危険を感じたら迷うことなく神都へと転移して逃げるように!

 いいかい。ピラミッドの外とかだと魔物がいるかも知れねぇから、逃げるときは必ず神都の神殿へ転移するようにしてなっ!」

 "はいっ!"


「ソニアルフェ、ノアハ、ザシャア。フェイザー銃の準備はいいか?」

「「「はいっ!」」」

「では、撃てっ!」


 四面の出入り口を塞いでいた扉は一瞬で消滅する!だが、次の瞬間には別の扉が上から降りてきたのだ!

 どうせ扉の数も有限だろうと思って、何度か扉を消滅させてみたのだが、結果は同じだった。消しても消してもすぐに塞がれてしまうのだ。

 扉を消し去るとあっという間に次の扉が降りてしまうので、その間に通り抜ける時間的余裕はない。困った。


 天井の方はシールドにあたって止まっているのでここからの脱出方法を検討する時間はたっぷりと取れる。


「ハニーたち。手分けして扉を開ける仕掛けがねぇか調べてみてくれ!」

 "はいっ!"



 ◇◇◇◇◆◇◇



「どうだ?何かあったか?」

「ダメです。扉を開けられそうな仕掛けは見つかりませんでした」


 その時、俺の背中をツンツンと突っつく者がいる。

 前にもこんなことがあったのですぐに誰だか見当がついた。マイミィだ。


「あのう……お取り込み中、誠にすみませんが、私、扉を開ける方法を知ってるんですが?」

「え!?マイミィ、そうなのか!?」


 そうだった!今まですっかり忘れていた!この子はちょっと前まではダンジョンマスター側の人間だったんだ!


「あ、私も知っています。このダンジョンに向かう前に聞きました」

「え?例の呪文?『開けごま!』ってベタなヤツ。へぇ、ここだったんだね!」


 ユリコが『開けごま!』といった瞬間に、天井が上昇しだし、四面の出入り口を塞いでいた扉が一斉に上がった。

 マルルカ、そして、ユリコもこの部屋の通過の仕方を聞いていたようだ。


「えーーっ!知っているんなら早く言ってよぉ~」


 恥ずかしながら思わず愚痴を言ってしまった。


「なんか……すごく一所懸命でしたので、つい横からは口を挟めなくて……」

「マイミィ、分かるよ。私もなの。シンが真剣な顔で何とかしようとしているのに口出しするのは申し訳ないように思って……」

「ごめん。私も聞いていたんだけど、ここの事とは思わなかったわ」


「は・は・は……」


 もう笑うしかなかった。1時間近い時間を無駄に過ごしてしまった。とほほ。

 しかし……この世界でも『開けごま』は定番なんだろうか?


「マイミィ。『開けごま』というのは、こういった仕掛け扉を開けるときの決まり文句のようなものなのか?」

「さあ?どうでしょう?教えてもらったときに『変な呪文だなぁ』と思ったくらいですから、私には決まり文句という認識はないですね」

「マルルカは?」

「私も聞いたことがないです」

「え?そうなの?私がいた世界では決まり文句だったんだよ」


 そうか……となると、ここのダンジョンマスターは地球からの転生者なんだろうかなぁ?


「教皇様が『この世界ではすぐに思いつく者はいないだろう』と言って決めた呪文らしいというのをルディバインから聞いたことがあります」


 サイクロプス使いのルディバインか……念のために彼女の魂の履歴をコピーしておいて正解だったかも知れない。

 詳しく調べるとシオン教内部のことが色々と分かりそうだな。


 しかし、そうなるとダンジョンマスターよりも教皇シミュニオンが転生者である確率の方が高そうだなぁ……。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 その後はマイミィに先導されて無事にピラミッドの第2階層への階段前にたどり着くことができた。途中のトラップの位置も彼女はすべて把握していたので、時折現れる魔物への対処だけで、後は何事もなくあっさりと進むことができたのだ。


 あれ?マイミィが階下へ降りることを躊躇ためらっているぞ?


「どうした?何か問題でもあるのか?」

「この下はどうも苦手なんです。気持ち悪い大きな芋虫みたいな魔物がうようよといるんですよ」


 そう言うとマイミィは自分の肩を抱き、伸び上がるようにプルプルと震える。


 うわぁ~。また虫なのか……。



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