第0025話 苦は色変える松の風

 中央ちゅうおう神殿しんでん謁見えっけん。 俺たちはマンションではなく、ここへ転移してきた。

 なぜならスリンディレ・クラルケを長とする"神殿視察団全員しんでんしさつだんぜんいん"を一緒に連れてきたからである。


「スリンディレ、レキシアデーレ、二人は残ってくれ」

「はい」「はい。承知しょうちしました」


 スリンディレが視察団しさつだん一行いっこう解散かいさんげる。


「では、みなさん、ここで解散かいさんとします。

 明日は朝一番で今後の視察予定しさつよていについてのわせをしますので、会議室のほうに午前9時に集まって下さいね。 よろしくお願いします。

 それでは、みなさん、おつかさまでした。 今日はゆっくりと休んで下さいね」



「スリンディレ、レキシアデーレ。 お前さんたちには、俺たちと同じマンションに住んでもらおうと思っている。

 今後、シオン神聖国とは対決していくことになるだろうから、お前さんたちの身の安全のためだ」


「私たちの住居じゅうきょはこの神殿しんでん敷地内しきちないにありますので、そこであれば安全ではないかと思われるのですが……?」


「それがだなぁ……スリンディレとレキシアデーレは、たびそらだったから分からねえだろうが、この神殿しんでん敷地内しきちないにいるからって安全ってわけでもねぇんだ。

 ここは多くの人間が自由に出入りできるから、全然ぜんぜん安全じゃぁねぇんだよ。

 それを昨夜さくや思い知らされちまってなぁ……。

 実はな、昨夜、みんなでバーベキューパーティーをしたんだけどさ、その時にどくられる事件があってなぁ、大変だったんだよ。

 あ、犯人はんにん代官だいかんつまで、昨夜さくやうちつかまえたんだけど……。

 何十人と死んでいてもおかしくねぇ状況じょうきょうだったんだぜ」


「そ、そんなことがあったんですかっ!」


「ああ……俺たちのマンションには、素性すじょうの分からねぇヤツは入り込めねぇようになっている。 だから、念のために、お前さんたちもそこに住んでもらおうと思ったわけだ。どうだろうか?」


「そういうことでしたら、お言葉ことばしたがいます」

「私は、側仕そばづかえをしている神官様しんかんさましたがいます」


「今住んでいるところは、二人ふたり別々べつべつなんだろう?」

「はい」


「そうか。こちらもちゃんと二部屋ふたへや用意よういしてあるから安心してくれ。

 こしかすくらいのすげぇ部屋へやだから期待きたいしていいぜ」


「そうですわよ。もう他では住めなくなるかも知れませんわよ。ふふふっ」

「そうだよね、特にトイレ! もうシャワートイレじゃないトイレには入れなくなるよぉ~、絶対にね。 あはははは」


 ヘルガとさゆりの言葉に、スケさんとカクさんもうなずいている。

 一方いっぽう、スリンディレとレキシアデーレのふたりは "キョトン" としている。


「えーと……スリンディレ。 お前さんには同居人どうきょにんはいるのかい?

 男性が同居どうきょとなるとなぁ、ちょっと部屋を考えなきゃならねぇんでな。

 ほら、うちは若い女性ばかりだからさ、分かるだろ?」


「いえ。同居人どうきょにんはいませんし、そうなる予定の人もいません。

 私は生涯独身しょうがいどくしんつらぬくつもりです。

 私は神に……神にすべてをささげる覚悟かくごをしていますから!」


 スリンディレは、俺のひとみぐに見つめながら、きっぱりとった。


 お、おもい……神って俺だよなぁ? ふぅ、どうしたらいいんだ?


「そ、そうか。ありがとう。 それほどまでに俺のことを思っていてくれるのか」

「はい。 生涯しょうがい、私は貴方様あなたさまにおつかいたします!」


 32歳かぁ……もったいないよなぁ。 こんな美人でよく気が付く才女さいじょが……。

 中身が彼女よりも年上のオッサンである俺は、なんかこの子には心惹こころひかれるんだよなぁ……。


「でもさぁ、お前さんみたいなすっげぇ美しい才女さいじょがさぁ、俺のためだけに一生いっしょうささげるだなんて……そんなのもったいねぇよ。

 かまうこたぁねぇから、お前さんの好きに生きていいんだぜ? 俺がゆるす。

 どうだい? 何か望みがあれば言ってみな? できる限りお前さんの力になるぜ?」


「いえ、そんな……他に望むことなどありません。

 上様に生涯しょうがいつかえすることだけが私の望みなのです。

 実はこんな私でも、若い頃からずっと、神子になって、ゆくゆくは上様の妻になることを夢見ていたのですよ……」


 そうだったのか……嬉しいな。 男冥利おとこみょうりきるな。


「この度ようやく念願ねんがんかなって、こうして上様うえさまにお目にかかれたのですが……

 悲しいかな、私はもう32歳です。 さすがにもうこんなとしになってしまっては、そんなことを思うこと…上様うえさまつまになりたいと思うこと自体じたいがとてもあつかましいことですし、そもそも、おわか上様うえさまとはいがとれません」


 いや。そんなことはないと思う。

 すっごく魅力的みりょくてきだし、としを考えるなんて無意味むいみだ! 俺は全く気にしない!


 外見は若いが中身がオッサンの俺にとって、お前さんはドストライクなんだよ。


「……ですから、せめてこの身を…一生いっしょうを、神殿関係者として、下から上様をお支えするためだけに・・・ささげ、お役に立ちたいと考えております」


「自分のことをそんなふうに言うなよぉ~。『もうこんなとし』だとか、『あつかましい』とかさぁ……。 ゲスな言い方をすればまさに女盛おんなざかりなんだぜ、お前さんは!

 実はさぁ、俺はお前さんに すっごく 魅力みりょくを感じているだぜ!

 お前さんが望んでくれるんなら、俺のよめになって欲しいくれぇだ!

 それこそ…俺の方こそ、妻となる女性がたくさんいる身なのにあつかましい話なんだけどな。 は・は・は……」


 な、なんでこんなことを言い出しちまったんだ、俺は……!?

 つ、ついリップサービスしてしまっ……いや、これは間違まちがいなく本心ほんしんだよな。


 でも……俺からこんなことを言われて、彼女はきっとこまっているよなぁ?

 俺のよめになりたいと思っていたなんて、きっと"リップサービス"だろうからなぁ。


「えっ!?……わ、私をおよめさんに……??」

「わ、わすれてくれ。 気にしねぇでくれ。つい口から出てしまった……」


「でも、上様うえさまと私ではいがとれないですし……ごにょごにょ……

 ゆめじゃないかと思ってしまうくらいにとても嬉しいのですが……ごにょごにょ……

 こんなオバさんとじゃぁ……ごにょごにょ……」


 ん? 釣り合いがとれない!?


 なんか声が小さくて、ほとんどれなかったけど……

 そうかぁ~、こんな若造わかぞうの俺では彼女とはわないかぁ?


 そうだよな~、中身なかみはオッサンだが今の俺は17歳だからなぁ。ガキだわなぁ。

 大人おとなの女性には物足ものたりなく思えるんだろうなぁ。


 そっかぁ~、俺なんかとはわないかぁ……だよなぁ……。 ショック!


「そ、そうだよな。俺みてぇな若造わかぞうとお前さんのような魅力溢みりょくあふれる大人の女性とではいが取れねぇってことぐれぇは、俺にだって分かってるって!

 忘れてくれ。 いやじゃ、しょうがねぇわなぁ、あ・は・は・は……」


「い、嫌じゃないです! でも……」


 ん? 嫌じゃない? 何だ?……ああ、俺に気を使ってくれているのか……

 だがなぁ~、 った男になぐさめの言葉をかけるなんてのは"なし・・"にして欲しいぜ、な~んかみじめになるぜ。 は・は・はぁ~……とほほ……。


「い、いいから、も、もう忘れてくれ! わ、悪かったな、変なことを言って」

「わ、私、およめさんになりたいですっ! およめさんにして下さい!」


 へっ? ど、どういうこと? わ、わけが分からんぞぉ??

 ど、どう返事すれば正解なんだ、この場合……?? 俺の本心は……


「お、おうっ! お、お前さんも今日からフィアンセだ!? よ、よろしくなっ!?」

「はいっ!」


 なんだ、なんだぁ~!! ど、どうしてこうなったぁ~っ!?

 うーん、でも、乙女おとめ表情ひょうじょうをしているスリンディレって……かわいい!


「ところでお前さん、ものすっご~く自分のとしのことを気にしているようだが?

 俺は今のお前さんがすっげぇ好きなんだけどさぁ……

 だが、もしも…もしも・・・お前さんがのぞむってんなら、若返わかがえらせることはできるぜ?

 どうする? そうするかい?」


 スリンディレの目がキラリと輝く……


「えっ! ほ、本当ですかっ!?

 こ、心は? もしかして、記憶きおくがなくなってしまうのでしょうか?」


 一瞬いっしゅん、嬉しそうな表情をするも、すぐに不安そうな顔になる……。


「いや、肉体にくたいだけが若返わかがえり……精神年齢せいしんねんれいはそのままだよ」


「そうなんですかっ!?

 や、やはり、ほかのフィアンセのかたたちと同じくらいの年齢ねんれいほうがいいかなぁ~って思うんですよ。 私ひとりだけが "オバさん" っていうのは……ずかしいですし」


「またぁ……自分のことをオバさんって言うなよぉ~。 卑下ひげするな…って!

 まぁでも女心おんなごころも分からねぇでもない。 ねがいをかなえてやるぞ!……完全修復!」


 スリンディレがあわい緑色をした半透明はんとうめいひかりのベールにつつまれる。

 そして、そのひかりのベールは、数秒すうびょうらずでひかりつぶになってかき消えた。


「おおっ! ピチピチギャルのスリンディレもいいっ! すごくいいっ!」

「!!!」


 ああ、また死語しごを使ってしまった! まぁ、俺はオッサンだからな。 仕方しかたない!


 スリンディレは驚きのあまり言葉をうしなっている。 彼女も17歳になったのだ!


 しかし……大人おとな魅力みりょくただようスリンディレもてがたかったなぁ……残念!

 だが……このスリンディレも、すっごく・・・・いいっ!


 ん? ヘルガがにやにやしている!? ま、また、えさ投入とうにゅうしちゃったかぁ?


「ぴちぴちぎゃる…ってなんですの、シンさん? うふふ……」

「へ、ヘルガ、気にするな! な、なんでもねぇ! 忘れろ! わ、忘れてくれ!」


「ヘルガちゃ~ん、教えてあげよっかぁ~?

 なのねぇ~、 主に10代後半の明るく元気で若々わかわかしい女性を意味する死語・・だよ」


 さゆりはそう言いながらニヤニヤしている!?


「さ、さゆり! い、らんことは言わんでいいっ! ったく、もうっ!」


「あらまぁ、それじゃぁ、私たちはみ~んな、ピチピチギャルですわね。

 ピチピチギャルハーレムですわね?

 また新たなメンバーが加わりましたわね、シ~ンさん? うふふふふ」


「は・は・そ・う・で・す・ね……」


「スリンディレさん、ピチピチギャルハーレムへようこそですわ!」

「はい!」


 スケさんもカクさんも、みんなが笑顔だ! ま、まぁこれで……よかった…のか?



 ◇◇◇◇◇◇◇



 謁見えっけんから歩いてマンションへと向かっている。


「さゆり、お願いがあるんだが……」

「はい。なんでしょうか? 私ならいつでも、よろこんでピチピチギャルハーレムに入りますよ!」


 さゆりは目をキラキラさせて、彼女のアゴの近くで両手りょうてこぶしにぎりしめ……

 身体からだを俺のほうへと グイッ! と近づけながら言った。


「は・は・は……そ、そうじゃなくてさぁ、地球からマーラーの交響曲第5番を手に入れて欲しいんだよ」


 さゆりはショックを受けたかのような表情を見せた。


「ひ、ひどい……私はピチピチギャルハーレムにはおびじゃないって事ですか?

 あんまりですぅ~……ぐっすん。ぐっすん」


 えーーっ! 本気だったのかぁ!? えーーっ!?


「いや、おびじゃねぇって事はねぇぞ!

 お、お前さんが、じょ、冗談じょうだんで言っているのかと思っただけだ。

 お前さんが、そのう……ほ、本気だったら大歓迎だいかんげいだよ。

 でも……冗談じょうだんだったんだろ? な?」


「いえ、本気です。 うふ! ではよろしいんですね!?

 じゃぁ、私も今日からピチピチギャルハーレムの一員いちいんってことでお願いします!」


「は、はい……お、お・ね・が・い・し・ま・すぅ……」


 は、ハーレムがどんどん大きくなっていく!

 どうなってるんだぁーーーっ!? 俺は一体どうなっちまったんだぁーーっ!


 ただひとりの女性だけを愛する! ってちかっていた……理性りせいがスーツを着て歩いているって揶揄やゆされていた俺はいったいどこへ行っちまったんだぁ-ーっ!?


 キャラ変更の影響えいきょうか? そうなのかぁ?


 >>お答えします。 キャラクター変更による効果こうかは6%程度ていどです。

  れっぽいひと仕様しよう基本きほんシステムプログラムとパッシブスキル "魅了みりょう" の影響があわせて92%、残りの要因よういんはネグレクトできるため省略しょうりゃくします。


 <<ははは。 真面目まじめに答えてくれてありがとう。全知師ぜんちし


 そういえば、シオリからも聞いていたな……。

 現在の俺は、"モテるれっぽい男"仕様しようということを……。


 ん? レキシアデーレの視線もなんとなく熱いような……ま、まさかなぁ?


「それで、マーラーの交響曲こうきょうきょく第5番はだれ演奏えんそうがよろしいのでしょうか?」


「……あ、ああ、そっちの話ね? うーん、そうだなぁ……

 小澤征爾おざわせいじさん指揮しきのボストン交響楽団こうきょうがくだんのヤツか……いや、やっぱり、レナード・バーンスタイン氏が指揮しきするニューヨークフィルの方がいいなぁ」


「分かりました。 コピーして送ってもらいます」


「代金はどうやって支払えばいい?」

「え? りませんよ?」


「いやいやいや! だめだろっ! ちゃんと購入こうにゅうしなきゃ!」

「はい。もちろん、分かっていますよ。

 シンさんがのぞむものはなんでも提供ていきょうしろと地球の管理者から言われているので、代金は向こう持ちなんです」


「あ、そ、そうか。すまん、早合点はやがてんした。 違法いほうコピーするかと思ったぜ。ふぅ」

「いえ。 CDをそのまま転送してもらうのは大変ですから、データ化してもらって送信してもらうつもりですが……データは脳内再生形式のうないさいせいけいしきでよろしいんですよね?」


「のうないさいせいけいしき? なんだ、それ?」

「えっ? ごぞんじな……はっ!? き、記憶を……そ、そうでしたね。すみません。

 えーと、耳から聞いた音って、結局は脳内信号のうないしんごうに置き換わるじゃないですか?

 ですから、その脳内信号自体を再生する方式です。

 外には聞こえませんが、脳内の電気信号として音を再現さいげんします」


「なるほどねぇ! そういうことができるのかっ!? すげぇなぁ」


「はい。音楽を"いている"時の"思考能力しこうのうりょくの低下"も、実際に音を聞くよりも少ないですから、並行へいこうして処理しょりおこなう場合は、脳内再生形式の方が有利ゆうりですよ」


 音声データを脳内信号に変換へんかんするプロセスがはぶけるぶん有利ゆうりってわけか。

 ながら"ほにゃらら"の……音楽を聴きながら別の事をするようなときの効率が多少アップするということか。


「なるほどな。後でどうやれば音楽を再生できるのかを教えてくれねぇかな?」

「はい。よろこんで。でも……CDをレプリケーターで作れませんか?

 シオリさんの話では地球の各種データがリンクされているって話でしたが?」


「あっ、そうか! でも複製することになるからな。著作権の問題があるだろう。

 代金を支払う方法がねぇからな」


「確かに。そうですね。地球の知的財産権ちてきざいさんけん保護ほごかんする法律では想定外そうていがいでしょうし、対応不可能たいおうふかのう案件あんけんですものね?」


 そうだよな。でも、レプリケーターによる複製ふくせいはともかく、3DプリンタでCDをまるごと複製ふくせいできるようになることを想定そうていし、なんらかの手をうってあるような気もするんだけど、そこまで先読さきよみしてないかな? ルールめは後手ごてに回ることの方が多いもんなぁ。 まぁ、あっちの(地球の)話はもうどうでもいいか……


「他にご希望の曲があればせます……って、シンさんがくなられた時点で、日本で入手可能にゅうしゅかのうだった全音楽データを送ってもらうことにしますね」


「すごい金額にならねぇか?」

「大丈夫ですっ! そんなんじゃぁつぐないきれないくらい、シンさんをひどわせちゃったんですもの!」


「いや、管理者だけがこまるんならいいけど、管理助手がこまらねぇか? 大丈夫だいじょうぶか?」

「私が日本担当をしていた時とシステムが変わっていなければ大丈夫だいじょうぶです」


「まぁ、無理だったらマーラーの交響曲第5番だけでいいよ。 頼むな」

「はい」



 ◇◇◇◇◇◇◆



 スリンディレとレキシアデーレには、マンションの3階に住んでもらおうと考えている。


「スリンディレには東から3番目の部屋を、レキシアデーレには、その西隣の部屋を使ってもらいてぇんだが……どうだろう?」


「はい。わかりました。 ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ということで、このマンションの住人は、次のようになった。


10階。東から、シン(シェルリィ、キャル、シャル)、シオリ。

 9階。東から、スケリフィ、カークルージュ、キャル、シャル。

 8階。東から、ソリテア、インガ、ヘルガ、タチアナ・ロマノヴァ。

 7階。東から、ディンク、カーラ、ゼヴリン・マーロウ、さゆり。

 6階。シェリー、ラヴ、ラフ、ミューイ。

 5階。神殿騎士試験受験生の3人が住む。最も西の部屋にシェルリィ。

 4階。空き部屋が4部屋。

 3階。東から、ニング、ロッサナ、スリンディレ・クラルケ、

        レキシアデーレ・ストリドム。

 2階。東から、ベックス、ティーザ、レイチェ、タニーシャ。

 1階。食堂兼多目的しょくどうけんたもくてきホール。厨房ちゅうぼう他。



「うわぁ~! すごいですね! こんな素敵すてきな部屋に住んでもよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだとも。 好きに使ってくれ」


 トイレや色々な設備せつびの使い方を説明する。

 特に二人はトイレには驚いていた。


 ふっふっふっ! きなるぜぇ~、シャワートイレは!



 その後二人は自分たちが住んでいた部屋に、荷物にもつを取りに行った。


 "荷物にもつ亜空間収納あくうかんしゅうのうポシェットに入れてくるといい" とアドバイスしておいた。

 家一軒分いえいっけんぶんくらいの荷物にもつなら楽に収納しゅうのうできるからだ。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 1階ホールへとりてくると、ソリテアとインガ、シオリが、見知みしらぬ若い女性と一緒いっしょにいた。 その女性はシクシクと泣いている?


「ん? どうしたんだぁ?」


「あ、シンさん! この方が自殺をしようとしていたところを無理矢理むりやりれてきたんです。 ほっとけなくて……」



 インガの話によると……


 俺たちが村へ行っているあいだひまなので、神子みこのみんなとキャル、シャルで神都しんと見物けんぶつに行ったそうだ。 スイーツの有名店ゆうめいてんなどを回っていたらしい。


 そして、その帰り道。 人気ひとけの少ない、川沿かわぞいの道を歩いていると、川にげようとしている若い女性、つまり、今、目の前にいる女性を見つけたということだ。


 今のフィアンセたちの力に、この女性の力では当然とうぜんだがてず……

 その女性は"死なせてくれ"と必死に抵抗ていこうしたが、無理矢理むりやりここまでれてこられたということらしい。


 あまり大勢おおぜいてはこの女性も事情を話しにくいだろうと、代表して3人が事情を聴くことになったという。


「この方は神様よ。だから、何があって死のうとしたのかを話して? どう?」

「ううう……わ、私なんか生きていちゃいけないんです……うっうっ……」


 彼女の話をまとめると……


 彼女はある有名商業ギルドに事務職じむしょくとして就職しゅうしょくしたのだが、そのギルドがかなりとんでもないブラックなギルドで、クレーム客の対応たいおうを、新入社員の彼女一人に押しつけるようなことをしたらしい。


 応酬話法おうしゅうわほうマニュアルすらわたしていない状態で社会人経験が全くない彼女にいきなりクレーム対応をさせたのだ!


 めちゃくちゃだなぁ……かわいそうに……。


 どうやら上司じょうしからのプライベートな食事のさそいをことわったことからクレーム担当たんとうにされてしまったらしい。


 この上司じょうしってヤツはクソ野郎で確定かくていだな! あとらしめてやる必要があるな!


 彼女は結構けっこうがんばったんだが……

 結局けっきょく過度かどのストレスから体調不良たいちょうふりょうおちいってしまい、退職たいしょくせざるをなくなったという。


 静養せいようねて実家じっかもどったのだが、彼女は人と話をするのが怖くなってしまった。

 怖くて外出することすらできなくなってしまったらしいのだ。


 しばらくは貯金ちょきんくずしながらなんとか生活していたのだが、とうとう税金ぜいきんはらえなくなってしまった。 人頭税じんとうぜい否応いやおうなしに徴収ちょうしゅうされる。


 このままでは親兄弟おやきょうだい迷惑めいわくをかけてしまう……

 彼女は娼婦しょうふになるか、奴隷どれいになるしかない…と考えたそうだ。


 でも、どちらになることもしのびなくて、どうすることもできなくて自らの命をつことを選んだ……ということだった。


「ありがとう。よく話してくれたね。 こうして話をするのもつらいよね。

 俺が必ず力になってあげる。 だから安心してね。

 もう一人でかかむ必要はないんだよ。 お願いだから死のうなんて考えないで。

 俺が絶対にお前さんを助けるから! 絶対にね!」


 かわいそうになぁ……。

 彼女の魂の色は "青" だ。 善良ぜんりょうな人間が苦しんでいるのは見ていられない。


 彼女のように仕事が原因で精神的にめられて自殺した学生時代の友人の事が思い出され、彼が死を選んだ状況とかさなるかのように思えた。 悲しい思い出だ。


 彼が…友人がなぜ自殺してしまったのかは、死後に発見された日記で分かった。


 彼もIT企業につとめていたんだが……

 上司じょうしが作成したあるシステム設計書せっけいしょ問題箇所もんだいかしょ指摘してきしたことから、その上司からいやがらせを受けるようになる。


 彼は、彼が開発かいはつたずさわった全システムのサポートを開発者かいはつしゃとしての仕事にくわえて押しつけられてしまったのだ。 サポート専門の部署ぶしょがちゃんとあるのに……だ。


 サポートの仕事を彼に押しつける時に上司じょうしがこじつけた理由は……

 『システムを作った人間が、それを一番よく分かっているだろうから……』

 というものであった。


 彼はサポート用の携帯電話を24時間持たされ、対応をさせられたらしい。


 彼は仕事ができる優秀な人間だった。

 製造業から、チェーン展開てんかいするアパレルショップ向けのソフトウェアまで……

 彼は数多くの開発にたずさわっていた。


 製造業は土日休みが多いが、アパレルショップは土日が書き入れ時だ。

 つまり、サポートに休みはない。


 彼は、形の上では夏休みも年末年始の休みも"しっかり取得している"ことになっていたが、サポート用の携帯電話を持たされていたのだ。 気の休まる時がない。


 やがて彼はえきれなくなり、会社をめる。

 社会情勢や、年齢的なハンデから、転職が非常に不利ふり状況下じょうきょうかでの退職たいしょくだった。


 その上更に、その時の彼は心がかなり弱ってしまっていた。


 その当時の彼は携帯電話を見だけでがしたようだ。

 だから、彼は携帯を解約かいやくしてしまった。 この事が彼をどんどんめていく。

 この、携帯の解約という行為が彼の再就職活動にとっては致命的ちめいてきだったようだ。


 そのうち彼は、徐々じょじょに人と会うことさえ怖くてできなくなっていったらしい。



 彼は退職金はもらえなかった。自己都合退職じこつごうたいしょくだから、すぐには失業保険しつぎょうほけんりない。

 だが、失業保険がもらえるようになっても……

 その支給額しきゅうがくだけでは生活できず、貯金ちょきんくずしながら生活していたようだ。


 国民健康保険税こくみんけんこうほけんぜいや、国民年金保険料こくみんねんきんほけんりょうは前年の年収でそのがくが決まる。

 軽減制度けいげんせいど等もあるようだが、みずか申請しんせいしない限りは適用されない。


 彼が失業後、年金等の切り替え手続きをしに関係各所に行った際、担当者からは、そういった軽減制度けいげんせいどについての説明は受けなかったらしい。


 なんとも不親切なことだ!


 毎月の国民健康保険税や国民年金保険料の支払いはかなりの金額だったらしい。

 そのうちどちらも払えなくなってしまい、督促状とくそくじょうが届くようになる。


 国民年金保険料の方は年金機構ねんきんきこうのアドバイスにしたがって免除申請めんじょしんせいを出し、それが認められたため、毎月の納付額のうふがく減額げんがくされて何とかなったらしいが……

 国民健康保険税の方はダメだったようだ。支払額が減額されることはなかったとのことだった。


 この頃から彼は自殺を考えるようになったようで、自殺用のロープ等も手に入れたようである。



 彼は人にたよることが下手へたな人間だった。 何でもひとりでかかんでしまう……。


 生活保護を受けることもしなかった。

 自分みたいな者に税金を使わせるのは申し訳ないと考えていたようだ。


 高熱が出て、下血げけつし、医者にかからねばならないくらいの状態なのに……

 国民健康保険税を支払うために用意してある金に手をつけることができず、必死にしのんだこともあるということだった。


 これで死ねるならその方が嬉しいと日記には書いてあったらしい。

 何のための国民健康保険税なんだろう……むなしい……。


 つとめていた会社の同僚たちが、彼の窮状きゅうじょうを知り、彼に同情して、自宅でもできる小さな開発案件かいはつあんけん発注はっちゅうしてくれたので、その対価たいか細々ほそぼそらしていたんだが……


 その事実を知った会社が、あろうことか、彼に発注していた"かつての同僚たち"に対し、彼への発注を禁止したのだ!


 そして、それは彼を自殺へと追い詰めるトリガーとなってしまった。


 後で分かったことだが……

 実は会社が彼への発注を禁止したのではなく、クソ上司の独断だったらしい。



 彼の日記には『もうダメだ』と記されていた。

 両親や世話になった人たちへのびの言葉が、そのとなりつらねられていた。


 彼は、借りていたアパートを汚さないようしたかったんだろう……

 紙おむつを身につけて、頭からビニールぶくろかぶって……くびった。


 彼の足下あしもとにはビニールシートがかれてあったという。


 彼はガリガリにせていて、部屋には食べられる物が全くなかったらしい。

 彼の死の前日が支払期限である"国民健康保険税の督促状とくそくじょう"があったとのことだ。



 その話を聞いた時、自分もITブラック企業につとめていたのでにつまされた。

 だから、彼の自殺とそれにいたる話は、今も鮮明せんめい記憶きおくしているのである。



 彼の通夜は、何年も会っていなかった大学時代の友人たちと顔を会わせる機会きかいとなった。 久々ひさびさにあった友人たちとさけわしながら、彼の話になった。


 ひとりの男が彼をバカだと言った。 楽な道を選びやがって……とも言った。


 『ああ……コイツはきっと、本気で死のうとしたことなんてないな……』と感じたことを、今でもはっきりと覚えている。


 俺は最愛の人を殺された時に、後を追って死のうとした。 だが……

 何度も何度も死のうとしたのだが、結局、みずからの命をつ難しさを痛感つうかんしただけだった。


 みずからの命をつのは本当に難しい。 簡単にできることじゃないんだ。


 不謹慎ふきんしんかも知れないが……その時俺は、自殺した彼をある意味、尊敬そんけいした。


 俺が最愛さいあいの人をうしなって、失意しついのどんぞこにいる時に、親友とその恋人がそばささえてくれたから、俺はなんとかなおることができたんだが……

 自分で死ぬ勇気ゆうきもない俺は、もしも彼等がささえてくれなかったとしたら、いったいどうなっていたんだろうな。


 おっと、いかんいかん! 長考ちょうこうしてしまった……。



 今、目の前にいる女性が、自殺した前世ぜんせの友人となんとなくだがダブって見えて、なんとか力になりたいと強く思った。


人頭税じんとうぜいのことだって、全く心配らないからね。

 ところで、ここにいる女性たちとでも、話をするのが怖いかな? どう?」


「いえ、みなさん優しいからなのか大丈夫です。 不思議と怖くありません」


「もしよかったらだけど、俺たちをサポートする仕事をしないか?

 神殿に寄進きしんされてくる金品きんぴんを表にまとめたりする事務仕事なんだけど。

 あ。もちろんちゃんと給料は払うよ。 満足まんぞくできるがくじゃないかも知れないけど。

 俺たち以外の "人" とはまったく会う必要がない仕事なんだが、どうだろう?」


はたらきたいです。仕事がしたいんです。心から……ううう……」


 彼女は涙を流す……


 そうなんだろうと思う。 はたらきたいんだよね、本当に。心のそこから。


 でも、けがつかめなかったんだろうし、身体からだも言うことを聞かなかったんだと思う。 自分にもできそうな仕事を紹介しょうかいしてもらえると、前を向いて動き出せたりするんだよね。


 お節介のようでも、背中を押してくれることがありがたいってことはあるよな。


「そうか、ありがとう。助かるよ。 無理せずボチボチとでいいからね。

 仕事が合わないようだったら、その時はまた一緒いっしょに他の仕事を考えよう」

「はい……」


 ん? 何か思案しあんしているようだな? 何だろう?

 あ、そうか! 人に会うのがつらいんだもんなぁ……


「そうだ! かよってくるのも面倒めんどうだろう? どうだろうかな? ここに住まないか?

 部屋は用意するからさ。 あ、もちろん無料で住んでもらっていいから。どう?」


「うう……どうやって通勤つうきんしようかと悩んでいました。 まだみなさん以外の人とは話す勇気が無くて……街中まちなかを…人混ひとごみの中を歩いてかようのがこわくて……ううう……。

 お、お気遣きづかい、ありがとうございます……うう」


 にこにこしながら話を聞いていたインガに向かって彼女が話しかけた。


「みなさんはお幸せそうですね? うらやましいです」


 うらやましいという言葉にひっかかりを感じた。

 暗に自分は苦労しているのに……というニュアンスが感じ取れたのだ。


 『インガもソリテアも、苦しくてつらいってきているのに……』

 そう思った俺は思わずつぶやいてしまった。


「"いろえるまつかぜ"だぜ。

 人は誰もが皆、苦しみや悲しみをかかえて生きているもんだぜ。

 本人たちは黙っているがな。 それぞれが色々かかえているもんなんだよ」


「す、すみません。 軽率けいそつでした」


わりぃ! の俺が出ちまった! 俺の本来の口調くちょうはこんな感じなんだよ。

 怒ってるわけじゃねぇんだけどな、そう聞こえちまうよなぁ、すまん」


「いえ」


「それじゃ、メイグズ、お前さんの部屋へ案内するな。

 シオリ、インガ、ソリテア、お前さんたちも来てくれ」

「「「はい」」」


「え? どうして私の名前をご存知なんでしょうか?」

「ははは。 俺は一応いちおう、神なんだぜ。 それは愚問ぐもんってヤツだろ? ははは」

「な、なるほど」


「さあ、ここだ。ここは4階の一番東の部屋だ。ここを使ってもらおうと思う」

「ありがとうございます」


 中に案内して、設備の使い方等の説明をした。

 メイグズは驚きと嬉しさとがざったような複雑な表情を終始しゅうし浮かべていた。


 メイグズが加わったマンションは、次のような部屋割りになった。


10階。東から、シン(シェルリィ、キャル、シャル)、シオリ。

 9階。東から、スケリフィ、カークルージュ、キャル、シャル。

 8階。東から、ソリテア、インガ、ヘルガ、タチアナ・ロマノヴァ。

 7階。東から、ディンク、カーラ、ゼヴリン・マーロウ、さゆり。

 6階。シェリー、ラヴ、ラフ、ミューイ。

 5階。神殿騎士試験受験生の3人が住む。最も西の部屋にシェルリィ。

 4階。東から、メイグズ。空き部屋が3部屋。

 3階。東から、ニング、ロッサナ、スリンディレ・クラルケ、

        レキシアデーレ・ストリドム。

 2階。東から、ベックス、ティーザ、レイチェ、タニーシャ。

 1階。食堂兼多目的しょくどうけんたもくてきホール。厨房他ちゅうぼうほか


 いやぁ~、残りはあと3部屋か!?

 本当ににぎやかになったなぁ! そろそろ別館べっかんでも作ろうかなぁ?



 ◇◇◇◇◇◆◆



 新しい仲間が増えたこともあり、今夜もバイキング形式の夕食となった。

 新しい仲間たちもみんな嬉しそうに夕食を楽しんでくれたようだ。よかった。



 夕食の後片付あとかたづけをえて自室じしつもどると、キャルとシャル、シェルリィが部屋を出て行くところだった。 みんなはパジャマを着て、自分のまくらかかえている。


「こんやはねぇ、シオリおねえちゃんのところで、おとまりなのぉ!

 ぱじゃまぱ~てぃ~なのぉ! いいでしょ~」

(こく! こく!)

「おやすみなさーい。 がんばって下さいねー」


 ん? キャルが顔を "くしゃっ" と? みょうな表情をしたぞ? な、なんだぁ??

 あ、続いてこんどはシャルもだ……?


 ああ、なるほど分かった! ウィンクをしているつもりだったのかぁ……ははは。


 シェルリィが "パチッ" とかわいらしいウィンクを決めたので、キャルとシャルが何をしたつもりだったのかが分かった。 ははは、かわいいなぁ~。

 種族しゅぞくちがうけど、やはり3姉妹に見えるよなぁ……かわいい3姉妹だ!

 はぁぁ~、やされるぅ~。


 ん? なんでウィンクしていったんだろ? 何の意味があるんだろうか?

 そういえばシェルリィが妙なことを言っていたな? 『がんばって下さいねー』?

 なんのことだろう? 俺はいったい何をがんばればいいんだ??



 その意味は翌朝よくあさになって分かる……


「な、なんじゃこりゃぁーーーーっ!!」




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