楽しようとして金髪碧眼美少女にTS転生したら、意外と人生ハードモードでした
黒井ちくわ
第1話 金色の天使
この国には「赤ちゃんポスト」というものがある。
それは一部の産婦人科病院等に併設されている、事情により子を養育できない親が匿名で赤ん坊を預けられる施設だ。
預けると言えば聞こえは良いが、早い話が子供を
もしもこうした施設がなければ、望まぬ子は道端に捨てられるだろうし、最悪の場合は命を奪われてしまう。だから「赤ちゃんポスト」は、そんな哀れな子供たちを守るために作られた善意の施設だった。
開設された当初は、安易に子を手放すことに繋がるとして批判も多かった。けれど新しい試みが非難されるのは当たり前に見る光景だったし、なに事もやってみなければわからない。
とは言え、実際に運用が始まると、連れ子の虐待や学生カップルの失敗、レイプから生まれる子の保護などに繋がり、一定以上の社会的役割が認められるようになっていった。
◆◆◆◆
慈英病院の入り口に繋がる100メートルほどの直線道路。その両側には大きな桜の木が植えられている。
それは近所でも有名で、ここK町の地元の人々は親しみを込めて「桜の病院」と呼んでいた。
桜の花が好きだった初代理事長が、病院を開業する際に自ら植えたらしい。病院の建築予算がすでにオーバーしていたために、理事長が自費で植えたそうだ。
ここK町は春の到来が遅い北の都市だ。だからちょうど5月の連休に入るタイミングで桜の花が満開になる。
そんな桜並木の両脇には手入れがよく行き届いた芝生があり、例年そこでは花見が開かれていた。
ゴールデンウィークの連休中ということもあり、そこで地元の人々は思い思いに宴会を開く。
桜が咲く季節とは言え、ここK町は未だ肌寒い日が続く。そのため彼らは、持ち寄った焼肉とビールに舌鼓を打ちながら、この時だけは寒さを忘れていた。
喧騒と焼き肉の煙、そして匂いが届くので病院側の50メートルは花見を許可していなかったが、それよりも外側は好意で近隣住民に開放していた。
5月の連休はすでに始まっていたものの、宴会の喧騒が聞こえてくるには未だ早すぎる午前5時。一人の若い女性看護師が薄暗い病院の廊下をぶつぶつと呟きながら足早に歩いていた。
ゴールデンウィークに世の中は浮かれている。にもかかわらず、なにが悲しくて深夜勤務なんてしているのだろうか。
それぞれに予定を立てて休みを満喫している学生時代の友人たち。中には海外にまで旅行に出かけている者までいるというのに、まったく自分は……
この仕事を選んだのは自分自身である。
それすらも忘れ果て、顔に不機嫌な表情を浮かべながら半ば八つ当たりをするような態度。
夜勤明けは午前8時。
それから真っすぐに彼に会いに行こうと思うのだが、夜勤明けでさすがに眠いしシャワーも浴びたい。
なにより、お腹が空いた。
あちらは昨日から連休に入っているので今頃はまだ寝ているだろうが、とりあえず仕事が終わったら彼の家に行ってみよう。
それから一緒に朝食をとって、そのあとはベッドを貸してもらってひと眠りするのだ。
もっとも彼は寝ている自分に絶対に悪戯してくると思うが……まぁ、それはそれで望むところだ。
何気にニヤニヤとした笑いを浮かべながら、看護師の
そして最後に「赤ちゃんポスト」を確認すると、
真っ白な布に包まれた小さな塊。
大きさは30センチ程度だろうか。遠目で見てもそれは上下に緩く動いていた。
咄嗟に彼女は声をかけてしまう。
「あら、いたんだね。ごめんね、気が付かなくて――」
ここ慈英病院の赤ちゃんポストでは、
もちろんそれは遠く離れたナースステーションにも同時に通知されるので、今のように見回りの看護師が偶然見つけるようなことはない。
それが今回のようなケースはとても珍しく、今までにこんなことは平出が知る限り無かったはずだ。
確か前回赤ちゃんが保護されたのは10日前だ。
先輩が夜勤担当だったその時は、やはりブザーが鳴ったしナースステーションにも通知は入った。
急いで
可愛らしいお
その扱いは決して望まない子供に対するものではなく、彼の産着とぬいぐるみからは母親の間違いない愛情が透けて見えた。
蓮くんは今頃医師の診断も終わって乳児院に移される頃だろう。
一度は我が子を手放した親でも、その後冷静になって子供を引き取りに来る者もいる。
だからしばらくはそこで様子を見ることになる。
できうるならば、彼の両親も思い直して迎えに来てはくれないだろうかと淡い期待を抱いてしまう。
しかし現実はそう上手くいかないことはわかっていた。
それにしても全く気が付かなかった。
もしもタイミングが悪ければ、赤ん坊が泣き喚くまで誰もその存在に気付かなかっただろうし、下手をすれば数時間放置されてしまう事にもなりかねない。
「おかしいわねぇ…… どうしてブザーが鳴らなかったのかしら…… またあったら怖いから報告しておかないと。――それにしても静かねぇ」
ぶつぶつと小声で呟きながら、平出はその白い布の塊をそっと手元に引き寄せる。
するとそれはちょうど赤ん坊一人分の重さを感じることが出来た。
「うぅーん、やっぱりいるよねぇ…… それにしても随分静かだけれど、大丈夫かしら。やっぱりおねんね中よね、きっと。さて、どれどれ――」
以前彼女が見つけた子は
その時もとても驚いたものだが、いまの彼女の驚きはそれとは全く違うものだった。
その子は金色に輝いていた。
染みひとつ無い、透き通るような白い肌。
軽くウェーブがかかった羽のようにフワフワとした金色の髪。
髪と同じ色の長いまつ毛。
小さいけれどツンと上を向いた可愛らしい鼻。
ほんのりと紅を差す頬と、ぷにぷにとした小さな唇。
真っ白な産着に包まれたその子はまるで天使のように見えて、背中に小さな羽が生えているのではないかと本気で疑ってしまいそうになる。
まだ目も開かない生後一週間程度と思われるその子は、自分の境遇を理解することもなく気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。
その子を起こさないように気を付けながら、平出はメモや遺留物の確認を始める。
場合によっては子供の親の手掛かりになる物が一緒に置かれていることもあるので、注意深く赤ん坊の周りを確認する決まりになっているのだ。
しばらく確認しても、この子には真っ白い産着以外に何も無かった。
目が開いていないので瞳の色はまだ確認できないが、この赤ん坊は間違いなく白人の子供だろう。
もしかするとハーフなのかもしれないが、今はまだよくわからない。
「白人って、赤ちゃんの時から彫りが深いのねぇ……」などと割とどうでもいいことを考えながら、保育器を押した平出は足早に歩き出した。
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