第15話 総合戦闘訓練 後
第15話~総合戦闘訓練 後~
レインとペアになった男、ゴーシャルはレインを睨みつける。筋骨隆々の長身。目つきは鋭く街のヤクザのような容姿はそれだけで人を威圧するだけの迫力を持った男子生徒だった。
「この前は食堂で生意気な態度をとってたらしいじゃねぇかよ」
「そんなことはないと思うが、気に障ったのなら謝罪するが?」
「はっ、お前の謝罪なんていらねぇんだよ。それにお前が謝るべきは俺じゃねぇ。フリューゲル様だろうが。せっかく場を収めてくれたフリューゲル様への舐めた態度、お前は許しちゃおかねぇ」
そう言ったゴーシャルはレインの肩を掴んでいた腕に力を入れる。なるほど、どうやら体格に見合った力はあるらしいとレインは分析をした。レインの身長は170ほどであり、そんなレインに対してゴーシャルは頭一つ分は大きい。そんなゴーシャルであればある程度のパワーはあるだろうと予測したが、予想とそれほどの誤差はないようだった。
それよりも気になるのはなぜレインとシャーロットの間であったことに対してゴーシャルがここまで怒りを示すのか。少し考えてみるも、レインには心当たりがまるでない。一つだけ思いつくこともあるのだが、とりあえずレインはそれを聞いてみることにした。
「なんだ、お前シャーロットに気があるのか?」
思いついたことをそのまま口にしたことがやっぱりよくなかったらしい。レインの言葉に一気に頭に血が上ったゴーシャルは掴んだ腕を一度引くと、そのまま思い切り拳をレインに振り下ろしたのだ。
「はい、そこまで。やる気に満ちているのはいいけど模擬戦はまだです。言うことを聞けないというのなら減点としますよ?」
振り下ろした拳がレインにあたる直前に割り込んだのはナイツ教諭だった。表情を変えず淡々とそう告げたナイツ教諭に、ゴーシャルはたじろぎ大人しく拳を引いた。それでもレインに対する怒りは収まらないのか、敵意むき出しでレインを睨むその様子に、レインは肩をすくめることで応えるのだった。
◇
「それでは何組かずつ実際に戦ってもらいましょう。この結果で今後の授業の組み分けや内容を考えていきますので、皆さん真剣にやってください。心配しなくても怪我をする直前で私が止めますので気にせずやっていいですよ。なのでF組のみなさんはあまり悲愴な顔をしないように」
いよいよ始まる模擬戦に、A組の生徒と組むことになってしまったF組の生徒の表情があまりにあれだったので、それを和らげようと言ったナイツ教諭の言葉だったのだが、どうやらあまり響かなかったらしい。その様子にナイツ教諭は苦笑しつつ、模擬戦の開始を告げたのだった。
模擬戦が開始して一時間。特に問題らしい問題が起こることもなく模擬戦は消化されていった。A組同士の模擬戦は非常に見ごたえがあり、F組同士であれば見劣りし時には泥仕合の様相を呈する。A組とF組のペアとなってしまった模擬戦では、あまりに圧倒的な実力差にF組の生徒が泣き始めるという事態が起こったくらいだろう。
そんな中でも周囲を沸かせる試合もいくつかあった。そのうちの一つはリカルドの模擬戦だ。奇しくもA組の生徒と戦うこととなったリカルドだったのだが、あまりにも簡単に勝利を収めて見せたのだ。
A組の相手はリカルドと同じく弓を武器とする女生徒だったのだが、模擬戦開始と同時、リカルドは弓師でありながら一気に女生徒へと近接するという奇襲を行った。女生徒はリカルドの弓を見て、自分と同じ遠距離からの攻撃を予想していたせいでその奇襲に対応できず、あっという間にやられるに至ったという結末に終わったのだった。
まさかのA組の敗退に一時は揺れた生徒達だったが、次に行われた試合により静まり返ることとなる。
リカルドの次に行われた模擬戦に登場したのはシャーロットとA組の男子生徒。男子生徒の方は近接スタイルであり、長剣を携えて構えた。対するシャーロットもまた近接スタイル。その手に握られるのは一本の細剣。細部にまで装飾が見られるその剣は、遠くから見ているレインが見ても優れた意匠の作品であることは明白だった。
公爵家令嬢であるシャーロットの模擬戦。先日リカルドから受けたフリューゲル家に関する注意もあり、レインはシャーロットの戦いを興味深げに眺める。
剣を持つ魔術師は魔剣士として有名であり、実際魔術師の大半はこのスタイルに落ち着くと言われるほどの花形の魔術スタイルだ。シャーロットもその相手も同じ魔剣士スタイル。勝負は近接での剣の打ち合いに魔術をどう絡めるかに焦点が置かれるとレインは予想していた。
だが、そんなレインの予想を裏切り勝負は一瞬で決することになる。試合開始の合図とともに飛び出した男子生徒だったが、その刹那、シャーロットの放った何かにより男子生徒は盛大に吹き飛ばされることとなった。もちろん試合はそれで終了。当人を含め、この場にいる中で何が起こったのかを理解できたのは二人しかいない。
「なるほど。氷属性か」
今の一連の攻防をレインは看破していた。今のシャーロットの攻撃、実は見えていればそれほど難しいものではない。そのからくりは単純、飛び出した男子生徒に対し、シャーロットはただ細剣を突き出しただけ。ただその突き出した細剣にからくりがある。
細剣の射程はそれほどでもないが、とある方法でシャーロットはその射程を大きく伸ばしたのだ。それが刀身に施された氷の刃。見えにくいように極薄に成形された氷を細剣の刀身に纏わせることにより射程をアップ。かつその薄さにより気付かれることもない。そんな絡繰りでシャーロットは男子生徒を圧倒したのだ。
フリューゲル家に手を出すな。リカルドの言った言葉はどうやら過剰な警告ではないことをレインは理解する。あれほどの技は戦場でもなかなかお目にかかるものではない。レインはシャーロットに対する警戒を一段階引き上げることにしたのだった。そのことがまたまたシャーロットの想いとは反対に働くことになることなど、レインは知る由もないことである。
模擬戦もどんどん消化され、ついにレインの順番となる。
「おう、早く来いよ。今からお前がどれだけこの学院にとって場違いな奴かを教えてやる」
そういうゴーシャルに続き模擬戦の舞台に上がるレイン。終盤となった模擬戦を見守る生徒の興味はこの試合には特にない。魔術のろくに使えないレインという存在が、無様にやられるであろう光景を見たいという気持ちはあるものの、明確な結果が見えた試合に対し明らかな興味を持つ者などいないのだ。
「ヒューエトス。試合の前に約束しろ。俺との戦いで負けたらこの学院を辞めろ」
お互いに開始の位置に着いたところでゴーシャルがレインにそう告げる。その言葉は交渉ではなく、あくまで命令。落ちこぼれであるレインがこのルミエール魔術学院にふさわしくないという意思からの宣告。それはきっと、この場にいる生徒の大半が思っている事であり、ゆえにそんなあまりにありえない宣告を聞いた生徒たちは何も言わない。
「なぜ俺が学院を辞める必要がある?この模擬戦はあくまで授業の一環であり、そんな重要な場ではないはずだが」
「うるせぇよ。それはお前が一番わかってるだろう。魔術がろくに使えないくせにコネでこの学院に入った卑怯者。その上フリューゲル様に盾突く身の程知らず。これはここにいる全員の総意なんだよ。お前にこの場は相応しくない。とっとと消えろという全員のな!!」
そう叫ぶゴーシャルに対し、やはり何かを言う生徒はいなかった。
「俺に感謝しろよ?なにせこんなに早い段階でお前に引導を渡してやろうっていうんだからな!裏でこそこそと画策して退学に追い込むなんて真似は俺はしない!この場で正々堂々とお前に明確な実力差を見せつけて、その上で自分から退学していくようにしてやろうっていうんだからな!!」
そこまで聞いてレインは思う。多分ゴーシャルという男は根は悪い奴ではないのだろうと。今こうして口調も荒くレインに言い募っているのは、単純に元の性格とシャーロットへの想いのせいに他ならない。
その証拠にシャーロットもナイツ教諭も何も言わない。さらには自分の味方であるはずのリカルドもパメラでさえも反論を挟むことはしないのだ。
「誓えヒューエトス。負けたら学院を去るってな!!」
「ならお前が負けた場合も同じく学院を去るということでいいんだな?」
再度レインに退学の約束を突きつけようとするゴーシャルに対し、レインは冷静にそう返した。
「は……?」
「聞こえなかったか?ならもう一度言おう。俺が負けたら学院を去るということは、お前が負けた場合も同じ条件でいいのかと聞いたんだが?」
条件には条件を。レインに対しゴーシャルは模擬戦の対価を求めた。そうであるのなら、レインだってゴーシャルに対し同じ条件を突きつけたとしてもなんらおかしくはないのだ。
ゴーシャルの根は悪い奴ではないという評価があったとしても、だからと言ってレインが自身の立場を悪くする必要などない。それゆえの同等の条件での模擬戦。レインとしては至極当然の提案をしたつもりだったのだが、ゴーシャルはそうは受け取らない。
「寝言は寝てからいいやがれっ!この落ちこぼれがぁっ!!」
激高したゴーシャルはナイツ教諭の開始の合図を待たずしてレインへと突撃をする。ゴーシャルのスタイルは近接。武器は巨大な斧という、典型的なパワーファイターである魔斧師だ。
恵まれた体格をこれでもかと言わんばかりに生かしたゴーシャルのスタイルは、非常に理に適ったものだろう。おそらくは身体強化の魔術を用いて自身を強化し、圧倒的な膂力でもって敵を押しつぶすという戦闘スタイル。加えて身体強化でスピードも上がっているのか、レインへと肉薄するまでにかかる時間は数秒にも満たない。
「死ねっ!」
おおよそ模擬戦とは不釣り合いの言葉を叫びながら、ゴーシャルは振りかざした斧をレインへと叩きつけた。
必殺の一撃。
きっとこれまでもこの一撃で様々な相手を打ち倒してきたのだろう。敵に当たらずともその余波ですらダメージを与えられるであろう、素晴らしい一撃。よく鍛錬された振り下ろしは、この年齢にしていえば非常に高レベルに達していると言っても間違いはなかった。
「なかなかいい一撃だが、それじゃあ殺すには至らないぞ?」
それはこの場の誰もが予想だにしなかった光景だった。レイン目掛けて振り下ろされた斧は、間違いなくレインの頭部を直撃するはずだった。当たれば即死しかねないほどの攻撃。それを予測し、目を覆った生徒も少なくはない。
「ば、馬鹿なッ!?」
しかしその予想は裏切られることとなる。鈍い音を立てるはずだった斧は、レインの突き出した右手に止められ空中に静止した状態でそこに存在していたのだから。
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