第78話 脱出
私は、座り込んでしまった父上に歩み寄り、膝を付いて、そんな父上に視線を合わせて、今こそ尋ねます。
「──教えてください。私の本当のお母様とは、誰なのですか?」
「……お前の母親は、メティアの言う通り……不老不死の力を持つ、優秀な魔術師だった」
今まで、頑なになり、全く教えてくれなかった情報を、父上は静かに教えてくれました。
「どうして、本当のお母様との間に、私を……」
私は、末っ子です。既に、4名の子供を授かっていた父上が、新しく子供を作る必要は、なかったはず。コレも、ずっと思っていた疑問です。
「この国には、魔法がない。そこで、新たな力を授かるために、優秀な魔術師との間に、子供を授かろうと思ったのだ。全ては、国を思っての事。他意は、ない。だが、メティアには伝わらなかった。新たに生まれた子供を蔑み、忌み嫌うようになり、それは兄弟にも伝染した。しかし、わしはメティアに対する負い目から、見て見ぬフリをしてしまったのも、事実……わしにも、大きな責任がある」
「その通りですねー」
「全く、その通りです」
軽い感じで、レストさんとオリアナが、同意しました。
「では、話を聞いたうえで、この偽物をどうしますか?」
「……」
レストさんに言われて、父上が、老婆の姿になったお母様に歩み寄りました。そして、大事そうに抱きしめて、その姿を目に焼き付けています。
「殺せ」
ややあって、そう言いました。とても、辛そうに、唇をかみしめながら……。
「待ちなさい、あなた!私は、偽物なんかじゃない!私は、本物よ!騙されて、変な事を言わないで!」
「……」
必死に叫ぶお母様ですが、兵士は命令通り、徐に剣を抜いて、お母様の前に立ちました。
「ま、待て……待って!私は、本物で……あなたと共に、人生を歩んだ私よ!オーガストを産み、ツェリーナを生んで、マルスと、レックスを産んで……育てて来た!そんな私を、殺すの!?」
「……」
「偽物は、偽物……だけど、記憶は本物だからこそ、迷いはあるでしょう。だけど、裏の世界で生み出された物は……」
「分かっている。やれ」
「ギレオン!呪ってやる!殺す!絶対に、呪いこ──」
次の瞬間、兵士の剣が、お母様の首を切り落としました。その瞬間を、私は見ていられず、目を閉じてしまいました。
少しして目を開くと、お母様だった物が、黒い液体となって、消え去っていくのを、目撃しました。首も、身体も、全部消えて、お母様は、人ではなかったのだなと思います。一方で、父上に抱かれていたお母様の死体も、静かに消え去っていきました。こちらは、光の粉となり、静かに消えていきます。
「……」
しばし、その場にいた全員が、黙り込みます。
でも、ボケっとはしていられません。突然、辺りが揺れ動きました。突然おこった地震によって、壁にあったフェアリーの粉や、棚の物が落ちていきます。
妖精たちは大方解放済みだったので、そこにはいません。
「崩壊が、始まりましたねぇ。この世界はもうじき、なくなりますぜ。だから、妖精を解放しないほうがいいと言ったのに……」
ゼンが、そんな事を言いました。貴方も、巻き込まれようとしていると言うのに、何を呑気な事を言っているんですか。
「確かに、マズイですね、このまま裏の世界に取り残されるのは……グレアちゃん、逃げましょう!」
レストさんが、私の手を掴んで、引っ張って来ます。
「父上!」
「……」
床に座り込んだままの父上に、私が声を掛けても、反応がありません。
「まったく……」
そんな父上に、手を差し伸べたのはオリアナでした。父上の手を掴んで、強制的に立ち上がらせると、その背中を押して、部屋の出口へと進ませます。
「貴方にはまだ、やるべき事がある。こんな所で、いなくなろうとしないでください」
「……」
国王に対してまで、このメイドは本当に、言いたい事を言いたい放題です。
「行きましょう、父上!早く!」
「……逃げるぞ。兵士たちよ、出口へ進めぇ!ツェリーナも、拘束はいらん!走れぇ!オーガスト、いつまで座っているのだ!漏らしたのか!?ええい、情けない!それでもわしの息子か!」
オリアナの言葉に、元気を取り戻してくれたのか、父上は手早く指示を出して、皆それに従います。
床に座り込み、鼻水を垂らして泣いているオーガスト兄様は、父上が担ぎ上げると、そのまま走り出しました。私達もそれに続いて、急ぎ、この裏の世界の倉庫管理室長室から、出ていきます。
「ええっと……ここから出れば、それでいいんですか?」
「そんな事ある訳ないですよ!この世界への出入り口は、この地下倉庫の入り口の、あそこです!ゼンの言う通りなら、妖精がいなくなったこの世界は、表の世界から閉ざされて、二度と帰れなくなります!急ぎますよ!」
レストさんに手を引っ張られて、私は更に、走ります。振り返ると、ゼンが、走りもせずに、私たちを笑って見送っていました。逃げる気もない彼に、私たちが手を差し伸べる事はありません。
そのまま、揺れる裏の世界を走り、地上へと向かって走ります。でも、何だかその道がおかしいです。世界が歪んでいるようで、道がよく分からなくなってしまっています。
「コレは……!」
「むぅ。どうなっている、レスト!」
「世界が、分離しかかって、迷宮化しているみたいです。マズイですね、このままだと、私たちも晴れて、裏の世界の住人ですよ。グレアちゃんと二人きりならまだしも、余分なのとそんな事になるのは、ごめん被りたいです」
「呑気な事言ってないで、早くなんとかしない、と……」
そんな時、廊下の向こうから、一匹の妖精が飛んでくるのが見えました。それは、忘れもしない。私が、あの日にツェリーナ姉様から奪って解放した、妖精です。
「貴方は……!」
あの時とは違い、手足の治った彼女が、私に向かって指さしています。それは、歪んだ廊下の奥ですが、確かに道があるように見えます。
「あっちです!」
私は、妖精の指し示す方向に向かい、駆けだしました。
「信じて、いいんでしょうねぇ」
「いいから、進むのだ、ツェリーナ!」
それに対して、不満げなツェリーナ姉様ですが、父上が背中を押す形で、私たちについてきます。
妖精について走る私たちの、先。そこに、光がさしているのが見えました。そこが、この裏の世界の出口です。廊下は揺れて、辺りは暗く、闇が迫っているのが見えます。それでも、必死に走った私たちは、妖精が導くままに、その光の中へと飛び込みました。
「ふぇ」
ふと気づくと、そこな何ら変哲もない、地下倉庫への入り口です。闇は迫っていなくて、揺れてもいない。ただの、地下倉庫です。
「ミストレスト。ここは……」
「はいー。どうやら、逃げ切れたようですね」
「……」
レストさんの言葉に安心した私は、腰を抜かして、その場に座り込みました。
「───」
そんな私の肩に、ちょこんと座って頬をついてくる、私たちを助けてくれた妖精さん。それが可愛くて、私の頬は、思わず緩んでしまいます。
「国王様!地下倉庫の中から、大量の妖精が飛び出して行きましたぁ!」
そう報告をしてきたのは、地下倉庫の見張りの兵士たちです。あの場所から飛び出していった妖精たちは、どうやら無事に、外に出られたようですね。私たちは、この妖精さんがいなければ、あの世界に取り残されるところでしたよ。
ふと、そう思って振り返った時でした。魔法の気配が、消え去りました。どうやら、裏の世界とは、コレで完全に途切れてしまったみたいです。結局、ゼンが付いてくることは、ありませんでした。
「……終わりましたねー。コレで、ハクメロウスと、エルシェフとの約束は、果たされましたよ」
「はい……」
レストさんが、私の肩にそっと手を当てて、労ってくれました。私はそれに安心して、更にどっと、力が抜け落ちるのを感じます。
実感は、まだありません。だけど、それはこれから、感じる事になるのでしょう。今はとりあえず、その事に喜んでおきたいと思います。
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