第71話 本性


 目の前の暗闇の世界は、荒れていました。見覚えのある、私の魔法の力の源である、巨大な生命力の塊……マナを中心として、様々な光が飛び交っています。まるで嵐のように、様々な光の流れが、そこら中から流れ込んできていて、それがどこから、どこへ行こうとしているのか、全く分かりません。


「……レストさん」

「良い感じです。コレが、グレアちゃんが見ている、この場所の魔法の流れです。私には、どうしたって、こうは見る事はできません」


 目を閉じたままなので、暗闇の中に、レストさんの声が聞こえて来ます。私と手を繋いで、目の前にいるから当然と言えば当然なんですけどね。そのレストさんも、この光景が見えているようです。


「レスト様。姫様は、平気なのですよね……?」


 心配げな、オリアナの声が聞こえます。


「大丈夫です。コレは、私が力を貸して、グレアちゃんが感じる魔法の流れを、私に見せてもらっているだけですから、魔法を使っている訳ではないんです」

「そうですか……」

「っ……!」


 目の前に流れるのが、魔法の流れ……コレを辿れば、この地下倉庫の謎を、解くことができるという事ですよね。でも、そんなの私には、できそうもありません。だって、もう滅茶苦茶ですよ、コレ。


「落ち着いてください、グレアちゃん。落ち着いて、集中です。全ての神経を、一つ一つの魔法の流れに、集中させてください。大きな流れの物は、違います。それは、恐らくただのフェイク……肝心な物を隠すための、偽装工作です。かなり、手の込んだことをしていますね……これでは、竜の血の力を借りる必要も、なかったんじゃないですか?普通なら、目的の物を探すのに、数年はかかってしまうレベルですよ、コレ。大体にして──」

「レストさん、少し静かにしてもらえません?」


 私は、集中しろと言う割に、ぺらぺらと喋って集中力を削いでくるレストさんに対して、釘を刺しました。ついでに、手を握った私の手を、やらしい手つきで撫でてくるのもやめてもらいたいんですけど、そちらはスルーして、好きにさせておきます。

 だから、この人は探知魔法に向かないんですね、集中力のなさが、よく分かります。


「こほん。ごめんなさい、グレアちゃん。大きな流れの中に、小さな流れを感じる事はできますか?」

「ん……」


 やってみますが、分かりません。大きな流れが、あちこちから流れているのは感じられますが、レストさんの言う、小さなものを感じる事はできません。むしろ、集中すれば集中するほど、大きな流れが増えていく気がします。


「落ち着いてください、グレアちゃん」

「っ……!」


 落ち着けと言われても、どんどん光が増えていって、私の目の前が光で覆われてしまいます。やがて、私は光に飲み込まれ、視界の全てを真っ白な光で覆われてしまったところで、勢いよく目を開きました。


「はぁ、はぁ……うっ」


 息を荒くし、そして、吐き気を催します。

 レストさんが、そんな私の肩を抱いて身体を支えてくれて、オリアナが背中をさすってくれました。


「姫様……」

「だ、大丈夫です……」


 心配そうに、顔を覗き込んでくるオリアナに、私は精一杯の作り笑顔で答えました。

 自分が飲み込まれ、平衡感覚を失ってぐちゃぐちゃになるかのような感覚により、正直に言えば、あまり余裕がありません。


「どうやら、かなり強力な、障壁が張られているようですね。ここまで来ると、もう隠す気がないレベルにまで達しています。コレがあるから、このお城の魔術師は見破る事ができない……優秀な魔術師でも、難しい、強力な物ですね」

「その通りだ……城の魔術師で扱えるレベルではない。そう判断している」


 そこにあるのが分かっているのに、その正体を掴むことができない。掴めなければ、何も分からない。そんな状況に、父上は悩まされていたんです。

 父上がそう答えると、レストさんは頭を抱えました。どうやら、予想以上に難しい事のようで、あてにしていたこの私は、この体たらくです……私は、何もできない。才能がないし、人の期待に応える事もできない……。

 かつて、兄弟や親に言われた言葉が、再び頭をよぎりますが、私はそれを振り払い、自分の頬を叩く事によって、気合をいれました。


「もう一度、お願いします」

「……いえ。諦めましょう。ここまでです」

「な、何を言って……」


 突然の、レストさんのあっさり諦める作戦に、私は狼狽します。


「ここまでです。これ以上は無駄ですし、なによりグレアちゃんの身体が持ちません」

「わ、私なら平気です……!」

「ダメですよー。私は、グレアちゃんを失いたくないので、これ以上はダメです。なので、諦めましょう」

「そんな……」

「ぷっ。あはははは!結局、ダメなんじゃない!ここまで引っ張といて、最後はコレ?情けないったらありゃしないわぁ」


 ツェリーナ姉様が、笑います。私はそれを、どこか遠くの出来事であるかのように、聞いています。

 私のせいで、私がレストさんの期待に添えなかったせいで、レストさんは諦めてしまいました。こんな自分が情けなくて、嫌になってしまいます。せっかく、頑張ってここまで来たのに……オリアナと逃げる道も捨て、ようやくここまでたどり着いたというのに、全てが水泡に帰そうとしている、今目の前で起きている出来事ですらも、遠くの出来事のように感じます。


「……」


 ふと、オリアナが私の手を握ってきました。私に気を使ってくれているようですが、私はその手を、握り返す気にもなれません。オリアナにも、本当に申し訳がないです。


「どうやら、やはり無駄足だったようだな。父上はやはり、グレアに騙されていたのだ。この、メリウスの魔女の言っていた事も、疑わしい。父上。二人を拘束しても、構わないな?」

「まずは、どうしてこのような事をおこし、私たちを混乱させたのか、尋問いたしましょう。多少痛い目に合ってもらい、本当の事を話させた後には……」

「いいわね、それ!是非、見てみたいわ!」


 オーガスト兄様と、お母様も、口々に、安心したように、流暢に話し出します。私たちの処分を巡り、随分と盛り上がっているようです。


「あー、残念ながら、グレアちゃんには指一本触れさせません」


 そんな中で、レストさんはいつも通りの呑気な口調で、そう言いました。


「な、何を言っている。お前にそんな事を決める権利は、ない!」

「権利があるとか、ないとかじゃないです。私は元から、別にこの地下倉庫の謎とか、どうでもいいんです。妖精を助けられれば、それで満足ですからね。もう、犯人と思しき人物は分かっていますし、そいつらを殺して、その後でゆっくりと、なぞ解きをするとします。という事で、貴方達はもう、いりません。死んでください、おばさん」


 レストさんの言葉に、現場は凍り付きました。その言葉に反応したのは、父上の私兵の兵士たちです。剣に手をかけて、レストさんを警戒します。そんな周りの行動に呼応して、オリアナも刀を具現化。武器を手に、いつでも戦えるように備えます。


「本性を、表しましたね、メリウスの魔女。貴方は、理由もなく王族を殺そうなどと言う、不届きもの。この国を揺るがす、危険思想の持主として、この場で殺す必要があるようです。いいですよね、あなた」

「……」


 父上の返答次第で、お母様は、死にます。そんなレストさんを下手に止めようとしたら、その兵士たちの命も、危ういでしょう。忘れているようですが、この人は世界最強の魔術師と名高い、メリウスの魔女です。相手にしたって、敵う訳がありません。レストさんが本気を出したら、皆、一瞬で死んでしまいます。

 そんな終わり方を、私は望んだわけではありません。だからといって、このまま黙っておとなしく、お母様やツェリーナ姉様が望んだ展開になる事も、認められません。

 どちらにせよ、止めない訳にはいかない事態に、なりつつあります。


「まって──」


 私は、意を決して、叫ぼうとしました。レストさんに、今一度考えを改めてもらうために、説得しようとしたんです。


「待たぬか。相変わらず、短気なヤツだな、ミストレスト」


 突然、どこからともなく聞こえて来た声に、現場は静まり返りました。その声は、私のポケットの中から聞こえて来ます。

 私が、慌ててポケットを開いてみると、そこから飛び出て来たのは、白い光の塊でした。拳大くらいの大きさのそれは、空中を浮いて、私の目の前にふわふわと浮いてくるので、その手を差し出すと、上に乗って落ち着きました。


「……ハクメロウス。貴方が、どうしてグレアちゃんと一緒に?」


 それを見て、レストさんはそう言いました。ハクメロウスとは、私がメリウスの森で出会った、不思議な白い少女の事です。


「ハクメロウス……ハク、なんですか!?」

「うむ。我だ」


 私の問いに、白い塊が、そう答えました。私が記憶しているハクの姿とは、全く違いますが、その声は確かに、あの小さな少女。ハクの物です。

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