第6話




演劇部の顧問になってから一週間がたった。



明日は中島拓海のいるクラスの授業があるのに「踊り子」のグラデーションの問題が解決してない。


演劇コンクールに向けての打ち合わせや舞台稽古などがあり、早く帰れる事がない俺には考える時間は毎日たっぷりとある。


気持ちばかり焦っていて良いアイディアが全然浮かばない。



ううーっ!!どーするんだよっっ!!


授業はもう明日なんだぞっっ!!


「くそっ!」



片手で頭を掻きながらデスクで今日何杯目か分からないコーヒーを啜る。


手持無沙汰でついついカップに手が伸びてしまうから当然コーヒーの消費が早くなる。


この前買ったばかりのコーヒーは今ので最後だ。



「今日帰りにスーパーでコーヒーを買うのを忘れないようにしないと…」



校内で飲み物を買うには1階の職員室の横と、体育館わきにある自動販売機の2箇所、あとは外のコンビニに行くしかない。


4階から下まで降りるのが面倒な俺は私物のインスタントコーヒーとポットをここに持ち込んでいる。



「はー、困ったな。本当にどうしたらいいかな。」



考えを巡らせている間に放課後の時間を知らせるチャイムが鳴った。


暫くするとノックが聞こえドアが開き、演劇部部長と中島拓海が入室して来た。


部長は鍵を受け取るとすぐに退室したが中島は部活に行かず、なぜか美術準備室に残っている。



「 ? 中島どうしたんだ?部活に行かないのか?」


「あの、課題のことなんですけれど…」


「あ、もう少し待ってくれ。明日までにはなんとか考えておくから」


「いえ……課題の絵を変えようかと……先生に無理言って困らせているから…」


「何だそんなこと…大丈夫だ。気にするな。俺にもいい勉強だから」



俺が笑って見せると中島は少し安心したように微笑んだ。



「あの…先生、演劇部がある日は俺ここに居ても良いですか?」


「? それは構わないが演劇コンクールが近いんだろう?中島は出ないのか?」



中島は少し驚き、すぐに微笑む。



「はい、あっちに俺がいてもしょうがないし先生の邪魔はしませんからここに居させて下さい。」



3年生は卒業までの間、勉強や進路などで色々忙しいしコンクールの劇に出演しないのかな?


あ、そうか。出演しなくても部活の出欠席でいなくちゃいけないのか…大変だな。


一応、仮とはいえ俺は演劇部の顧問だし、中島は演劇部員だから居場所がないのは可哀想だ。



「居てもいいけど。ここは、つまらないだろう。」


「いいえ、そんな事ありません。有難うございます。」



中島は美術準備室の椅子に座ると鞄から受験勉強用の参考書とノートを出して勉強を始めた。


俺はと言えば、中島の絵の事を除けば、明日の授業の準備なんて、もうとっくに終わっているし、演劇部の部活が終わるまでは何もすることがない。


『踊り子』の問題が解決したら 今度、小説でも持ってこよう。


コーヒーを飲もうと手もとのカップに口を付けるとの中は空っぽだった。



「コーヒー淹れるけれど、中島も飲むか?」


「はい、有難うございます。」



使っていない予備のマグカップを俺のカップの隣に並べてインスタントコーヒーの瓶を手に取ると中味は空っぽだった。


そう言えばさっき飲み終わったんだ。



「悪い。コーヒーなかった。」


「じゃあ俺、1階の自販機で買ってきます。何が良いですか?」



 中島はすぐに席を立つとドアに向かって買いに行こうとした。



「あ、待て中島。これで自分の分も買ってきていいぞ。俺はコーヒーな。」


「はい。有難うございます。」



差し出した小銭を受け取りに中島が傍に来ると、またあの香りが俺を包み中島とのキスを思い出させる。



なに生徒相手に緊張しているんだよ…俺は



俺の手から小銭を受け取るとすぐに走って行った。



自分だけが意識しすぎてるみたいで恥ずかしくなった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る