第186話 一行怪談186

 高額な時給が書かれたバイト募集のチラシに、「赤いワンピースを着たユキコさんを見ても驚かれない方は大歓迎」という文章が添えられている。


 接客中、「ちょうだい、ちょうだい」という声が後ろから聞こえた時に髪を引っ張られても、反応してはいけないのがこのバイトの難点だ。


 バイト先の店長に、一メートルほどの腐った肉塊を「店長の妻」として紹介され、以来その肉塊に私を含めたバイトの悪口を話している場面を度々目撃しているため、他のバイトと共にいつ辞めようかと相談している。


 うちのバイトで扱う商品の中に、まれに焼け焦げた人間の手らしきものが紛れているのだが、それを見つけた時は午前中にそれを売り切らなければならない。


 清掃のバイトで見つけたボロボロのお守りを持ち歩いて数ヶ月、嫌みなバイトの先輩が目の前で車に轢かれたり、セクハラをするバイト先の上司が奥さんに刺されたという話を聞いたりと、私にとって良いことばかりが起こるようになったが、最近になって「返してよ」という女の囁き声が聞こえるようになり、私の友人や家族が怪我や病気に見舞われるようになった。


 夜間警備のバイト中、いつも差し入れをくれるタチバナさんという警備の先輩がいたが、バイトを辞める際に「タチバナさんにお礼を言いたい」と上司に話すと、「また出よったか」と青ざめた顔の上司に急いで寺に連れて行かれ、その道中、「今回は連れて行かんでくれ」としきりに上司が呟いていた。


 バイト先の常連でカワハラさんという老婆がいるのだが、彼女に気に入られると自分の影が二つに増えてしまうので、それを阻止するためにバイトは皆、彼女への接客態度がなっていない。


「これ、食べていいから」とバイト先の先輩がまかないを作ってくれたが、その日は忙しくまかないを家に持ち帰って食べようとしたところ、細かく刻まれた髪の毛がまかないの表面をびっしりと覆っていた。


 バイト先の客に告白されてから付きまとわれるようになったが、数ヶ月経った日の夜、「あいつはやっつけるから安心して」と見知らぬ少年が夢の中に出た翌日、バイト先に現れた件の客が突然、絶叫をあげながらその体中から血を噴き出して床を転げ回る様を見る羽目になった。


 高額な時給につられて行ったバイトの内容は、「廃墟の中で一時間過ごし、廃墟から出る際には『私はここには住めません』と言ってから出る」というものだった。

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