第179話 一行怪談179

 いつも穏やかで優しかった義母が生前に私たちに遺した封筒には、「生まれてこなければよかったのに」「さっさと死ね」「私が殺してやろうか」などの、夫への呪詛が一面にびっしりと書かれた便箋が、何十通も入っていた。


 連続児童殺人事件の犯人を糾弾していたマスコミだが、被害者の親が幼い頃、犯人に対していじめを行っていた証拠がネットに次々と挙げられると、途端にこの事件の報道をぴたりとやめた。


 息子が連れて来た彼の婚約者は、「俺の子を妊娠した」と二十年前俺に告げた、かつての不倫相手の娘。


 父の不倫相手を殺して死刑になった母の墓前に、事件後、私を置いて逃げた父の生首を供える、だって私は母の子だから。


 車に乗って近くの心霊スポットに友人たちと向かったところ、血塗れの女が髪を振り乱して必死の形相でこちらに向かってきたので、慌てて車を急発進して逃げ切り、「本当に幽霊がいたんだな」と友人たちと車内で談笑した翌日、朝のニュースで昨日見た女の写真が映り、彼女が遺体で発見されたと報道され、あの時見た彼女は幽霊だったのか、それとも人間だったのか。


「父から教わった愛情を、そのまま返しただけなんです」と困惑した様子で警察に話す娘は、父親の手足を縄で縛りあげ、金属バットで全身を殴打して父親を殺した罪で逮捕された。


 やけに上機嫌な幼い息子をいぶかしむ母親だったが、その原因が自身が摂取した麻薬の成分を、母乳を介して息子が摂取していたと気づいた時には、すでに手遅れだった。


 祖父の棺桶にすがり付く祖母を宥める伯母が、あの日、車椅子に乗っていた祖父を坂道から突き落とした様子を見たのはどうやら私だけらしく、いい金づるができた、と内心ほくそ笑む。


 子どもの顔が妻に似ていないことに疑念を持った俺がDNA検査をしたところ、妻と子どもの間には血のつながりがなく、困惑した俺が「誰の子だ」と妻を問い詰めると、「あなたとあなたの大切な人との子よ」と艶かしく笑う妻を見て、数年前から連絡が取れない不倫相手の顔が脳裏に浮かんだ。


 結婚まで意識していた俺と彼女だったが、「お前たちは実の姉弟だ」と涙ながらに語る両親を見て、つい最近、彼女から「妊娠した」と嬉しそうに打ち明けられたことを、両親に話す機会がなくなってしまった。

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