19

 本日は雨天なり。晴耕雨読の行動原理に基づけば書物の一冊でも手に取り読むべきなのだろうが、放棄された墓場では、風に飛ばされ朽ちた卒塔婆くらいしか文字らしい文字が見つからなかった。

 私が行くまで待っているだけで賃金をあげようじゃないか、などというなんでも屋を営む知人の甘言に惑わされた僕が愚かだった。早朝から待ち続けて半日。そろそろ時間を潰すのにも飽きてきた。


「……それ、見てて面白いですか?」


 そもそも読めない。いつの時代のものなのだろうか、これは。


 さて。

 この町は雨が多い。小雨に霧雨、天気雨。雷を伴って現れることもあれば、雹と共に降り注ぐことだってある。毎日のように何かしらの雨に打たれているように思うが、ササの話によれば週に数時間程は雲一つない青空が見られるらしく、その瞬間の町だけはほんの少しだけ好きになれるという。それ以外は嫌いということなのだろうか。同感だ。はっきり言ってろくでもない町である。


 この町は死体が多い。自殺に事故死、謎の不審死。毎日のように誰かしらの死体を見ているように思うが、ササの話によれば――ああ、止めよう。


 雨と死体の組み合わせは決して良いものではない。労して隠したものであっても自然の前では隠匿できない。それらはやがてあらわになるのだ。


 ふと、依頼主の言葉を思い出す。


「墓で何かを見つけたとしても絶対に……そう、絶対に触らないようにね。けれどミトカワくん。もしそれを見つけてしまったのなら――決して目を離すことがないようくれぐれも頼むよ」


 分かっていた。ただ待つだけで金が貰えるうまい話などあるはずがない。


「まだ新しそうですね。金目の物を身につけているかもですよ」

「いや、あそこまで念を入れて潰されていたら色々とこびり付いているだろう」

「落ちているものでも平気で口にするくせに……」


 もういっそのこと帰ってしまおうか。いやしかし、提示された報酬の額を考えれば後には引けない。

 待ち人が訪れるのが先か、死体が崩れるのが先か。全ては雨のみぞ知る。[了]

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