17

 その男は自動販売機の取り出し口の中にいた。小銭を投入し商品が出てこないことを訝しんで覗き込んだ僕と目が合った彼は、挨拶の後、ここは良い場所だから君もどうかと気さくに誘ってきた。


「いや、結構だ」

「どうして? 本当に素晴らしいのに。いつ雨が降っても大丈夫だし、新商品も飲み放題だ。強いて言えば自由に動けないのが少し窮屈に感じるかもしれないが、じきに慣れるさ」


 そう、あれは数年前のこと。俺はドクターに頼んでこの身体にしてもらったのさ――と自動販売機と一体化した男は一方的に語り始めた。


「長くなりそうですかね?」

「さあ。というか金を飲まれたんだが」

「この人に頼んでみたらどうです?」

「いや、こうしたほうが早い」


 側面を二、三度叩く。下方から聞こえる抗議の声。どうやらこんな身体になっても痛覚は残っているらしい。知ったことではない。僕の入れた小銭はつい先程拾った全財産なのだ。大義名分はこちらにある。


「所詮はした金じゃないか。見てたぞ。拾ったやつだろ、この金」

「僕にとっては大金だった。もう丸二日何も口にしていない」

「そうかい。俺は一週間だ。いやあ、助かったよ。ここはどうにも人通りが少なくてね。たまに食べられる金と虫がごちそうなのさ。なあに、人助けだよ、人助け」


 人というのは誰のことを指しているのだろう。まさか自動販売機の飲料取り出し口からぶら下がっているこの黒ずんだ肉片に目と口が埋め込まれた姿を言っているわけではあるまい。僕から見れば、彼はすでに人ではない。


「この町ではよくあることだよ。あるものがなく、ないものがある。気にしないことだね」




「良かったのですか? あのまま何もせず放置して」

「金は返されなかったが飲み物はくれたからな」

「でもそれ賞味期限切れてますよ」


 底を見、男の住む自動販売機を振り返る。

 そこにはすでに、何も残っていなかった。[了]

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