第2話

「おい!

 あそこの客が食べているモノと同じモノをくれ」


「あ、揚げ鯉の餡かけですね。

 量が多い気もしますが、お客さんは恰幅がいいから食べきれますよね。

 ただ、あれはチョッとお時間がかかるんですよ。

 お客さんは随分とお腹が減っておられるようなので、

 前菜の盛り合わせとワインで時間を潰されますか?」


 巨体男には娘が何を言っているかよくわからなかった。

 材料が鯉なのは分かったが、料理法が全く分からない。

 あのようなネバネバした、潰したスライムに野菜を入れたようなソースなど見たことがなかったが、宮廷料理でも食べたことがなかったので魅かれてもいたのだ。

 だから直ぐに食べてみたかった。


 だが、娘の提案が妥当なモノだというのも分かった。

 大食漢といわれたのには、チョッとカチンときたが、悪意は感じられなかった。

 悪口や差別ではなく、身体が大きいから沢山食べれるよねと言われたのだ。

 それに娘が作る前菜にも興味があった。

 食欲が旺盛な巨体男は、美味しいモノのためならお金を惜しまない男だった。


「分かった。

 俺は沢山食べるからな。

 前菜も沢山食わしてくれ。

 これを渡しておくから、後で精算してくれ」


「はい、分かりました。

 では冷めても美味しい前菜をだしますね。

 追加で食べたい前菜があれば言ってください」


 巨体男は躊躇せずに小金貨を投げてよこした。

 下町では考えられない大金だった。

 日々の細々とした買い物は小銅貨、チョッとしたモノでも大銅貨ですむ。

 小銀貨を使う事すら滅多にないのが下町の買い物だ。

 それが大銀貨どころか小金貨を先払いするのだから、庶民なら腰を抜かしてもおかしくないところを、娘は平気で受け取り笑顔を返してくるのだ。


「はい。

 こちらは春菊のお浸しを胡麻油で和えたモノです。

 お好みで香草塩をかけてください。

 こちらは河蟹の外子の塩漬けになります。

 こちらは鴨の燻製になります。

 こちらは河海老のお造りになります。

 こちらは若鮎の燻製になります。

 こちらは出汁巻き卵でございます。

 こちらは四種のチーズになります。

 最後に鴨のつみれスープになります」


 巨体男は前菜の多さに圧倒されていた。

 どう考えても下町の料理屋でだされる種類と量ではない。

 しかも見た目の色彩が鮮やかで、食べる前から美味いのが分かる。

 さっと出されたワインも下町にしては上等なモノだ。

 いくら小金貨を前払いしたからといっても、急に出せる料理ではなかった。


 巨体男は恐る恐る食べなれたチーズから試そうとした。

 だが、それを許さない、強烈に上手そうな香りが鼻腔から脳を直撃した。

 唯一のスープ、鴨のつみれスープが湯気をあげて食べられるのを待っていた。

 無意識にスープに入った碗を手に取っていた。

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