第9話

「こんなことができるなんて!」


「だから言ったろ。

 僕は嘘なんて言わないさ。

 さあ、馬や牛に手伝ってもらおう」


「待って、待ってください。

 民が農作業で使う牛やロバを奪うわけにはいきません。

 馬もですが、馬の中には騎士や貴族が使う馬がいます。

 そのような馬なら、いなくなっても民が困りません」


「やれやれ。

 聖女だから仕方がないけれど、みなに気を使い過ぎだよ。

 どの獣も君の事が好きで手伝いたいと言っているのだよ。

 それに、どの人間に飼われている獣も、好きなものを食べさせてもらえず、飢えている子までいるのだよ。

 まあ、天敵から襲われないように、護ってはもらっているけどね。

 君のために働きたいと言っているんだから、受け入れてあげなよ。

 そうすれば、あの獣たちは好きなモノを好きなだけ食べられるんだよ。

 聖域にいれば、天敵に襲われることもないんだよ。

 そうだ!

 獣を失った人間には、それに見合うだけの小麦をあげればいいじゃないか。

 山のような小麦との交換なら、人間も喜ぶんじゃないかな?」


 聖獣様の言葉に誘惑されます。

 心から慕ってくれている獣たち。

 馬も牛もロバも、山羊も羊も可愛くて仕方がありません。

 聖域に連れて行けるのなら、連れていきたいと心から思っています。

 それでも、民の迷惑になると思いとどまろうとする私に、聖獣様の誘惑の言葉が心を揺さぶったのです!


「分かりました。

 でも一度で賠償が終わるのは申し訳ないです。

 毎年小麦を渡してあげたいと思います」


「それはやめた方がいいよ。

 人には弱く汚いところがあるからね。

 毎年小麦がもらえると思うと、それに頼って働くなるよ。

 一度だけ渡して、あとは、本当に頑張っているのに、運の悪さで困っているときだけ助けてやればいいよ」


 哀しいことではありますが、聖獣様の仰る通りかもしれません。

 代償に小麦を置いていくのは一度だけにしましょう。

 そう心の中で決意しただけで、聖域の周りにあった農村や小都市にいる獣が、続々と聖域に集まってきてくれました。


 いえ、人が飼っていた獣だけでなく、野生の獣まで私のために集まってきてくれたのです!

 心の底からうれしかったです。

 喜びで心が満たされました。

 まず獣たちにお礼がしたくて、聖獣様の話が心に残っていたので、獣たちが食べたいと思っているモノを実らせてあげたいと、そんな想いが心を占めました。


 その時、獣たちの想いが伝わってきました。

 どんな草が食べたいとか、どんな果実が食べたいとか、私の心に獣たちの食欲がどっと押し寄せてきました。

 それを受け止め心と頭で映像化すると、小麦畑が地平線まで続いていた聖域に、新たな階層が生まれました!

 多くの獣たちがそれぞれ望む草木に覆われた、森や草原の階層が現れたのです!

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