偽聖女、日本へ行く ⑤
今日は日本行きを中断して、フィオーリの無人島よりお送りします。エルリーゼです。
事の始まりはつい先日、守り人達が機関車の整備をしているのを見た時の事。
今更ながら思ったんだが……アレだけこの世界の文明レベルぶっちぎってね?
昔は単純にこの世界にその程度の文明はあるって思ってたんだけど、よく考えなくてもそんな文明レベルないのよ、この世界。
だって基本、中世レベル……どころか、魔女や魔物が暴れ回ってたせいでそれ未満だぜ。
移動手段も馬車とかで、その馬車もサスペンションとかないからガッタガタ。とても蒸気機関車なんて造れそうにない。じゃああの機関車を造る技術はどっから沸いてきたのよって話だ。
で、一応俺なりにいくつか可能性を考えた。
可能性1・『昔はそのレベルの技術力があったが失われてしまった』
まあ単純だな。昔は蒸気機関車を造れる程度の文明があったが、魔女のせいで文明が退化して誰も機関車を造れなくなったという説だ。
しかしそれならもっと文明の痕跡とかあっていいと思うんだがなあ……。
それに、そんな昔の汽車は動かないだろ。
可能性2・『技術が発達している国が他にある』
文明の進歩ってのは別に世界共通じゃない。
日本で侍が刀を持って無礼打ちじゃー! とか上様の名を騙る不届き者じゃ、であえであえ! とかやっている時に海外では気球で空を飛んでいた事もある。
日本人がスマホでやりとりして飛行機で空を飛んでいる時に、どこかの部族は裸同然の恰好で狩りをしているかもしれない。
それと同じで、凄い技術大国がこの世界のどこかにある、という説だ。
だが……俺は魔物狩りの為に世界中を飛び回っていたし、多分全ての国に一度は行っている。
少なくとも俺が行った国でそんな近代レベルの技術力を有していた国はない。
可能性3・『過去に転生者がいた』
今更言うまでもなく俺は日本から転生して来た転生者だ。
だったら過去にも同じように転生者がいてもおかしくない。
そいつがラノベの内政無双系主人公クラスの知識と技術持ちで産業革命を起こしていたとしたら蒸気機関車があってもおかしくないかもしれない。
しかし過去の資料などはほとんど現存しておらず、過去を知る者もほとんどいないせいで調べようにも調べられない。
しかし今の世界には一人だけ、千年前の生き証人……アルフレアがいる。
彼女に聞いたみたところ、答えはあっさりと帰って来た。
「ああ、そっか。エルリーゼは知らないんだっけ。
昔ね、凄い色々発達してた島国があったのよ。機関車もその国の技術者が当時のビルベリ王国……昔は違う名前だったんだけど、とにかく王様との友好の印として造ったものなのよ。
ただ、その島国はお母様が執拗に攻撃して滅ぼしちゃってね……今はもう海の中に沈んでるわ。
その僅かな生き残りは別の島に移住して、今はジャッポンって名乗ってるみたい」
ジャッポンとは、フィオーリに存在する日本モドキの島国の名前だ。
ファンタジーって大体、東の方に日本モドキがあるの本当何なんだろうな。
ただ島国とはいっても、フグテンと違って割と大陸の近くだったからフグテンと違って放置はされていなかった。
で、俺も以前にそこの王様と会って話した事がある。
しかし……そんな科学力がある国にはとても見えなかったってのが本音だ。
魔物狩りで行った事はあるが、進んでいるどころかむしろ日本の江戸時代……いや、戦国時代くらいの文明レベルしかなかったと記憶している。
なので次に俺はアイズのおっさんに聞いてみる事にした。
「はい、確かに彼等は高い技術力を持っています。
我々が使っている蒸気機関車の修理や改修も彼等の手によるものですから、間違いありません。
ただ……彼等はそうした技術を使う事を酷く恐れており、機関車もあくまで特例として一台だけ整備してくれていますが、新しく造るのは絶対に嫌だと断られた事があります。
カガクを使う事は魔女と世界の怒りを買う……そう伝えられているようです」
なるほど、機関車はそっち由来だったのか。
まあ普通に考えれば千年前の機関車が今も動いているはずがない。
誰かが改修したり、造り直したりしなければとうに壊れているだろう。
つまりジャッポンにはそれだけの科学技術力がある。
しかし彼等は過去に初代魔女に国ごと滅ぼされたトラウマで、自らがそれを使う事を恐れているようだ。
まあ話を聞くだけでも、相当執拗にイヴからブン殴られ続けたって事は伝わってくる。
余程科学技術を脅威と認識してたんだろうな……。
ただ、国と呼べるサイズの島を海に沈めるなんて真似は俺くらいの魔力があるならともかく、流石に普通の魔女では無理だと思うので、海に沈んだのは魔女とは関係なく海面の上昇とか津波とかで沈んだんだろう。
まあ、とりあえずだ。そんな情報を得た俺はかつて高い科学力を誇っていたという島……の跡地に来ていた。
海に沈められたという話だが、その国にあった山の山頂だけはかろうじて島として今も残っていたらしい。
実の所、機関車のルーツを知っても、過去に存在した国の痕跡を発見しても何かが変わるわけじゃない。
頭のいい転生者ならば残骸とか遺跡とかから何かを得る事が出来るかもしれないが、俺の前世ただのWebライターよ? 何も出来んわ。
だから今回のこの調査は先に答えを言ってしまえば何も得るものがないただの興味本位だ。
聖女と魔女の物語はもう終わったし、ボスもいない。
言ってしまえばゲームクリア後に平和な世界をウロウロして「あ、こんな伏線あったんだ」と後から気付くようなものだ。
さて、それではバリアを纏っていざ海へ!
海深く潜っていき、周囲を見渡す。
……うん……暗くて何も見えねえ!
仕方ないので魔法で照らしてやると、確かに国があったと思われる遺跡のようなものがそこかしこに見える。
建物は現代日本レベルには遥かに遠いが、近代ヨーロッパくらいのレベルはありそうだ。
白黒写真で見る最初期の車のようなものもあちこちに転がっていて、高い文明を誇っていた事が伺える。
勿体ねえなあ……初代魔女が暴れてなければ、もしかしたら今頃フィオーリは地球以上に文明が育っていたかもしれないのに。
魔女のせいで実際は今も中世レベル未満のままだ。
……まあでも、それはそれでいい事なのかな。科学が進み過ぎると最終的には核とかが登場するだろうし。
あるいは、そうならないように世界が魔女を使って科学の発展を事前に止めた……? いや、それは流石に考えすぎかな。
海の中を遊泳しながら、かつて初代魔女に滅ぼされてしまった文明の痕跡を見て回る。
そこには高層建築物に乗り物……戦車や銃と思われるものまで転がっていた。
これだけの文明があっても滅ぼせちまうんだから、やっぱ魔女ってやべーわ。
多分魔物も上手く使って、時間をかけてじっくり潰したんだろうな。
かつて栄華を誇っていただろう都だった場所を巡っていると、その中でも一際大きな建物の残骸が目に入った。
窓らしき隙間からお邪魔すると、広大なホールに出る。
大理石のような不思議な素材で作られたそこは、今は壊れているが在りし日はきっと立派だったのだろうと思わされた。
玉座も壊れているものの立派なもので、背もたれにはビッシリと文字が掘られている。
えーと、どれどれ……?
“我々は敗北した。
我がサイトナルタ帝国は魔法の研究により、時空間に干渉する術を手に入れた。
その術によりこことは異なる時間軸と世界がある事を突き止めた我等は、別世界に最も位相の近いフグテンに空間の亀裂を作り出す事に成功した。
亀裂からは異世界の素晴らしい力が流れ込んで来た。
それは怒り、憎しみ、妬み、殺意……競争心、闘争心、虚栄心、承認欲求といったこれまでの我等には希薄だった感情だった。
私は知った。これまでの我等は世界によって意図的にそうした感情を抑制されていたのだと。
負の感情を取り込み、我等は変わった。
より早く、より高く、より便利に。次から次へと、『次』へ進む動力が心から沸き上がる。
今より強くなりたいという思いは武器を生んだ。
今より美味いものを食べたいという思いは料理を発達させた。
今より楽に暮らしたいという思いは生活水準を向上させた。
これまでが停滞がバカバカしくなるほどのスピードで、我が帝国は発展した。このままいけば我等が世界を支配する日も遠くなかっただろう。
だが……ああ! 愚かな世界よ、我等を認めぬというのか!
我等が発見した時空間に干渉する力を持たせた女を代行者として創り、滅ぼそうとするほど我等は世界にとって邪魔だというのか!
…………我等はもうじき滅びる。あのバカげた力を持つ魔女……イヴによって滅ぼされてしまう。
だが悪意の種は既に世界に撒かれている。
見た所あの女も、私と同じく悪意を取り込み続ける体質だ。今は世界に忠実でも、すぐに悪意に染まるだろう。
愚かな魔女よ。お前は我等の破壊を止めた。だが次はお前自身が最悪の破壊者となるのだ。
そして愚かな世界よ。お前が愛した人間達はお前が創った代行者によって破壊されるのだ!”
――うん、長い。
よくこんだけ玉座に彫ったな、おい。誰が彫ったのか知らんけど器用すぎるだろ。
玉座は日記じゃないんだぞ。
でもまあ、何となく理解出来た。あの空間の亀裂とか、そもそも世界が魔女なんてものを創った原因はこいつらにあったってわけね。
とりあえずこの椅子は歴史資料的に価値がありそうだから、持って帰ってアイズのおっさんへの土産にでもしよう。
『我が玉座に触れる愚か者は誰だ……』
椅子を持ち帰ろうとすると、どこからか声が聞こえてきた。
無視して帰ってやろうかなと思うものの、とりあえず視線を向けてやる。
すると待ってましたとばかりに周囲から黒い魔力が発生し、それが一か所に集まって人の形を象り始めた。
え、何? これ何か戦う流れ?
面倒だから帰っちゃ駄目?
『我はサイトナルタ帝王……負の心による人類の進化を肯定する者……』
「……はあ」
『我は待っていた……魔女に匹敵する魔力を持つ者がいつかここを訪れる事を。
そして遂に機会が訪れた……。
今ここに、この哀れな娘を依り代とし、世界への逆襲を始めるのだ……』
あー、なるほどね? こいつイヴと同じで負の感情だけになって現世に留まってるタイプだ。
で、イヴ同様に誰かを依り代にして暴れ回るつもりか。
かろうじて人の形をしているものの、巨大な影のようなそれは揺らめきながらもこちらを凝視している。
うへえ、これ完全に裏ボス戦じゃん。
ゲームで時々いるよな、こういうの。
クリア後に何故か行けるようになるダンジョンで突然出て来て、プレイヤーが状況を呑み込めずに感情移入もまだ出来てないのに長台詞で「俺が黒幕だ」的な事を言って「アッハイ」って気分にさせてくるやつ。
でもそういう時にプレイヤーが思うのって大抵「お前今まで何してたの?」なんだよなあ……。
サル……サルタ帝王? は何か真のラストバトルっぽい空気を出しながら俺へと向かって来た。
くっ……なんて威圧感だ……!
「Aurea Libertas+人の心の光」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
はい魔法ドーン。相手は死ぬ。
まあ威圧感だけじゃどうにもならない事もあるよね。
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