第八十一話 決死の抵抗(前半)

 『魔女』が建物を破壊しながら王都の中を前進し続ける。

 人々は逃げ惑い、為す術なく破壊されていく自らの家を見て咽び泣いた。

 瓦礫に足を挟まれて動けない母を、見捨てる事が出来ずに娘が泣く。

 家族を守ろうと農具を手に『魔女』に挑んだ男衆が虚しく蹴散らされる。

 『魔女』の後ろには騎士と兵士達が倒れ、何とか行く手を阻もうと手を伸ばすも立ち上がる事すら出来ずに空を掴む。

 魔力が切れて何も出来なくなったエテルナが膝をついたまま『魔女』の進軍を見続ける。

 無力感……絶望感……そうしたものが胸中を埋め尽くすも、何一つとして打てる手がない。

 アルフレア達は残らず倒れ伏し、絶望に打ちのめされていた。


「待て! この先には私が行かせん!」


 教会に向かう『魔女』の前にレイラが立ち塞がり、剣を構える。

 だがエルリーゼの死後、ロクに食事も取っていなかったレイラの現在のコンディションは決していいとは言えない。

 万全を十とするならば今は三か四程度でしかないだろう。

 万全でも勝てるはずのない相手に、不調の状態で挑んで何かが変わるはずもない。

 炎を纏った剣の一閃は容易く掴まれ、宙ぶらりんになった身体に歴代魔女の首が接近して締めあげた。


「あっ……ぐう……!」


 全身の骨が砕けてしまいそうな圧力に呻き、剣を落としてしまう。

 瞬く間に意識が遠ざかり、視界が歪んでいく。

 だが意識が落ちる寸前に横からベルネルが飛び込み、闇を纏った剣でレイラに絡みついている魔女達の首を切断した

 ダメージは……ほとんどない。

 切断された首は地面に落ちたが、それはすぐに靄となって『魔女』に戻り、すぐに復元されてしまう。


『アハハハハハ……』

『ウフフフフ……』

『キャーハハハハハハハァ!』


 無駄な抵抗を嘲笑うように歴代魔女の顔が一斉に不快な笑い声をあげた。

 倒れたレイラをその場に残してベルネルが跳躍して斬りかかるも、剣が届く前に魔女の首が殺到してベルネルを打ちのめし、吹き飛ばされたベルネルは教会の壁を突き破って中に飛び込んでしまう。

 何とか身を起こしたベルネルが見たのは、教会に逃げ込んだ大勢の人々の祈る姿であった。

 中央には生前と変わらぬ姿のまま結晶に閉じ込められたエルリーゼの遺体が安置され、人々は物言わぬエルリーゼに一心に祈りを捧げている。


「く、そ……っ!」


 剣を支えに立ち上がるも、足がガクガクと震える。

 『魔女』の狙いがエルリーゼにある事は明白だ。

 エルリーゼが守った人々を蹂躙するだけでは飽き足らず、その死さえも貶めようというのか。

 安らかな眠りすら許されないというのか。

 ふざけるなと思った。

 そんな事をさせるものかと……これ以上彼女を傷付けさせるものかと奮い立つ。

 だが立ったところで何が出来るのか。

 否、何も出来ない。

 ベルネルに出来るのは、守ると誓ったはずの少女の遺体すら破壊されるのを見守る事だけだ。

 それでも彼は結晶の前に立ち、剣を構える。


 分かっている。

 自分が守ろうとしているのは物言わぬ屍で、もうそこにエルリーゼはいないという事くらい、嫌というほど分かっているのだ。

 それでも……それでも、守りたいから。

 これ以上、彼女を傷付けさせたくないから。

 だからベルネルは勝ち目がない事を承知の上で立ち塞がる。


「エルリーゼ様……」

「エルリーゼ様、どうかお助け下さい」

「おお、聖女よ……」

「どうか我等を救いたまえ……」

「もう眠る姿に欲情とかしませんから助けて!」


 人々はエルリーゼに、必死に祈りを捧げ続ける。

 祈る事しか出来ない無力な人々を魔女の首が嘲笑し、笑い声のコーラスが響いた。

 ゲラゲラと笑いながら『魔女』が教会の屋根を毟り取り、壁を破壊する。

 これがかつては世界を守る為に戦った聖女達の末路だというのか。

 世界を呪う事しか出来なくなった歴代聖女の成れの果ては、この世界を更に絶望させるべく人々の希望へ手を伸ばす。

 守るように立つベルネルの事など見てもいない。

 諸共に叩き潰すつもりだ。

 近付いて来る巨大な腕を見ながら、ベルネルはそれでも目を逸らさずに立ち続ける。

 あの日に誓ったのだ。

 何があっても最後まで光を信じる事を。

 だから、勝ち目がなくとも決して逃げたりはしない。

 そして遂に魔女の腕がベルネルの目の前まで迫り――。


『全く……勇気があるというべきか、無謀というべきか』


 ベルネルの内側から力が迸り、『魔女』の手を弾いた。

 それと同時に背後の水晶……その中で眠るエルリーゼの遺体から、何かがベルネルへと流れ込んでくる。

 それはかつて、ベルネルの心と身を守る為にエルリーゼが彼から預かった闇の力だ。

 ……昔にアレクシアが、魔女になる前に切り離し、ベルネルに宿ったアレクシアの一部であった。

 ベルネルの隣に並ぶように、黒いドレスを着た女の幻影が浮かび、腕を組む。

 その姿を見てベルネルは反射的に剣を持つ手に力を込めた。

 何故ならそれは、顔色や雰囲気こそ違えど、間違いなく魔女アレクシアの姿だったからだ。


「お、お前は……!」

『こうして話すのは初めてだな、宿主よ。

私はお前の事をずっと、お前の中から見ていた。

……ずっと、謝りたいと思っていたよ』


 アレクシアは尊大な態度で『魔女』を睨みながら、ベルネルに対して心底申し訳なさそうな声を出した。

 それは、ベルネルの知る『魔女アレクシア』の姿とはまるで違うものだ。

 恐らくはこれこそ、歴代魔女の怨念によって歪められてしまう前の彼女本来の姿……聖女アレクシアなのだろう、とベルネルは何となく理解した。


『私がお前に取り憑いた事で、お前を不幸にしてしまった事は知っている……それが原因で、エルリーゼの命を縮めてしまった事もな……。

あの時私は、闇魔法の応用で自らの中に巣食う魔女の力を何とか追い出せないかと試し、その副産物で自らの魂すら身体から切り離してしまった』


 闇魔法は、かつてアルフレアが魂ごと封じられていた事からも分かるように使い方次第では魂にすら働きかける事が出来る。

 完全に闇に染まる前のアレクシアはその力で何とか自分の中に巣食う魔女の怨念を追い出そうとしたのだろう。

 しかしその結果、追い出してしまったのはあろう事か魔女の怨念ではなく自らの魂の一部であった。


『本体から離れた私は、偶然近くにいた波長の合う器……即ちお前を見付け、そこに寄生した。

まだ消えるわけにはいかなかった。私自身が世界を壊してしまうのを、どうしても止めたかった。

……その結果、お前の人生を狂わせてしまった。

お前に憎まれるのも無理のない事だ……本当に、すまない……』


 ベルネルにとってアレクシアは、怨敵といっていい。

 彼女がベルネルに寄生したから、親兄弟から捨てられた。

 そして肩代わりした事でエルリーゼの命が縮まった。

 だが今、それを話しても仕方がない。それより重要なのは、目の前にある脅威をどうするかだ。

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