第五十四話 問われる覚悟(後半)
「何だ、エテルナか」
「何だとは何よ」
そこに立っていたのは、白銀の髪の少女――エテルナであった。
白髪とは違う確かな輝きを持つ髪と、水晶のような青い瞳。そして美しく整った顔立ちと均整の取れたプロポーションを持つ彼女に懸想する生徒は多い。
加えて、十四歳で成長をストップしてしまったエルリーゼと違って、女性として成熟しつつあるエテルナはエルリーゼにない魅力を備えている。
具体的には主に胸だ。最近妙に膨らんでいる。
もしもベルネルがエルリーゼしか見えていない朴念仁でなければ、あるいはエテルナの魅力にやられていたかもしれない。
「ねえ……ちょっと、屋上で話さない?」
エテルナの誘いにベルネルは考える。
とりあえずパッと思いついた返しは三つだ。
一つは普通に受けるというもの。
二つ目は、何故なのか問うというもの。
そして三つ目は、時間が勿体ないのでこのまま自主トレを続けていたいと返すという、割と最低な返しであった。
「すまない。少しでも俺は自分を鍛えたいんだ」
僅か一秒の思考の後、ベルネルは割と最低な答えを返した。
エテルナの好感度が少し下がったかもしれないが、残念ながらそれに気付けるほどベルネルは鋭くなかった。
この男は本当にエルリーゼしか見えていないのかもしれない。
この光景を見ていたベルネルと同室の、無駄に名前だけ格好いいシルヴェスター・ロードナイトは「うわあ」と思った。
しかしエテルナもこの返事は予想していたようで、ベルネルの頬を強く摘まむと、無理矢理連れ出してしまった。
エテルナに無理矢理連れられ、学園の屋上へと着いたベルネルは頬を押さえながらエテルナの方を向いた。
一体何の為にこんな場所まで連れて来られたのだろう。
ただ話すだけならば、あの場で話せばそれでいい。
それをわざわざ連れ出したからには、他人には聞かれたくない話なのだろう。
となると、もしや好きな人が出来たとかだろうか?
それとも、エテルナにも備わっている『あの力』についての相談かもしれない。
しかしそうした予想とは反し、エテルナは至極当然の――少なくともベルネルにとっては、もう答えがとうに出ている問いを投げかけてきた。
「ねえ……一応聞くけど明日やっぱり、エルリーゼ様の所に行くつもり?」
「当然だろ」
即答であった。
一瞬の迷いすらもない。
あのエルリーゼが自分に助力を求めてきたのだ。
これを喜びこそすれ、何故悩む必要があるのだろう。
あの場にいた他のメンバー……少なくともジョンとフィオラ、サプリは同じ気持ちだったとベルネルは確信している。
だがどうやら、エテルナはそうではないらしい。
「ねえベルネル……行くの、やめない?」
「……そうか。エテルナは行きたくないんだな」
エテルナの言葉に、驚きはなかった。
元々彼女は、ベルネルを心配してここまで付いて来てしまっただけなのだ。
ベルネルやジョン、フィオラのようにエルリーゼに大きな恩があるわけではないし、サプリのように崇拝しているわけでもない。
アイナのように名誉を求めてもいない。
そんな彼女にしてみれば、命の危険があると断言された場になど行きたくないと考えるのも無理のない事だ。
自分に相談したのはきっと、エテルナ一人だけが行かなくて、それで不興を買わないかと恐れたが故だろう……そうベルネルは考えた。
「大丈夫だエテルナ。エルリーゼ様は、お前が明日行かなかったからと言って怒るような方ではない。
命の危険があると言われて恐れるのは自然な事だ。皆もそれは分かってくれる。
だから、行かない事を恥に思う必要は……」
「違う、そうじゃないの! 私じゃなくて、あんたに行って欲しくないの!」
ベルネルの的外れな慰めに我慢出来ずにエテルナが叫んだ。
エテルナが心配しているのは自分の事などではない。
ベルネルが、まるで喜ぶように危険の中に飛び込もうとしている。それが心配だったのだ。
彼がエルリーゼしか見ていない事は分かっている。
昔から……初めて会った時からずっと、彼はエルリーゼの騎士になる事を夢見続けていた。
その聖女から必要とされるというのは、彼の夢が叶うという事だ。
だがエテルナは素直にそれを喜んであげる気持ちにはとてもなれなかった。
だって、ベルネルは前にも一度本当に死んでしまっているのだ。
あの時は何とかなったが、次もそうなるとは限らない。
「ねえ、やめようよ! あのエルリーゼ様が命の危険があるって言うなんてよっぽどだよ!
あんた、今度は本当に死んじゃうかもしれないんだよ!」
「そうかもしれない」
「そうかもしれないって……それでいいの!?
あんたが行かなくったって何も変わらないよ!
あんなに強くて何でも出来るんだから……どうせ、一人で全部解決するよ!」
エテルナの叫びは、ベルネルも一部同意出来るものだ。
彼女の言う通りだ。
きっと自分が行っても行かなくても、何も変わらない。
エルリーゼならば一人で、どんな困難でも打破して世界に光を齎すだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
何故ならベルネルはずっと、エルリーゼを一人で戦わせないために己を鍛えてきたのだから。
「すまないなエテルナ。俺はもう決めたんだ。
あの日……誰にも必要とされていなかった俺を、あの人は抱きしめてくれた。
こんな俺なんかの為に泣いてくれた。
あの人がいなきゃ俺は今頃、世界の何もかもを呪ってどうしようもない奴になっていただろう」
エルリーゼに出会うまで、ベルネルは暗闇の中を彷徨い続けていた。
親兄弟から見放され、化け物と罵られ……自分の力も制御出来ずに彷徨い、薄汚れた。
そんなベルネルを抱きしめ、そして幸せになる事を諦めないで欲しいと言ってくれたのはエルリーゼだった。
あの日ベルネルは誓ったのだ。
この先何があろうと光を……彼女を信じる事を。
「何よ……私だって……私だって、あんたの事を……っ」
エテルナは俯き、そして逃げるように走り去ってしまった。
その背を、ベルネルは追いかける事は出来なかった。
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