第五十二話 聖女誕生祭(前半)

 亀が学園にやって来てから一週間が過ぎた。

 身震いするような寒さに息を吐き、窓の外を見る。

 そこにあったのは見渡す限りの一面の銀景色。季節はすっかり冬となり、白い雪が空から舞い落ちては地面に積もり、白い雪原を作り出す。

 寒いと亀は冬眠してしまうというので、仕方なく池の周囲には冷気を遮断するバリアを張っておいてやった。

 バリア万能説、あると思います。

 冷気以外は全部通してしまう適当バリアなのでコストもよく持続時間は大体一日。

 毎日張り替えなきゃいけないのが少し面倒くさい。


 冬というのは、この世界ではあまり歓迎されない季節だ。

 というのも、暖房がしっかり完備された現代社会と違ってこの世界の文明レベルでは冬の寒さというのは冗談抜きに命に関わる。

 作物は取れなくなるし、しっかり備蓄をしておかないと冬を越せずに飢え死にする。

 冬の間、人々は家の中の暖炉の前に集まって話したり、手仕事をしたりしながら耐えるしかない。

 しかしそんな辛い冬だというのに、どういうわけか外はお祭り騒ぎであった。

 子供が外で雪玉をぶつけ合い、大人達は串に刺したジャガイモを手に持って肩を組んでいる。


「エルリーゼ様、そろそろパレードのお時間です」


 レイラに言われ、俺はもう一度窓の外を見た。

 現在俺がいるのは、騎士学園ではなくビルベリ王都の城下町だ。

 ていうか城の中だ。

 学園と王都の距離は大体10㎞ほどで馬車で一時間も揺られれば到着出来る。

 しかし何でそんな位置に学園を建てるのかね。普通に王都の中でいいじゃん。

 中世ファンタジーゲームでたまに見かける光景なんだが、街から離れたフィールドマップの端っこにちょこんと学園だけ建ってたりするのってマジで意味分からんわ。

 これ日本で言うと、都内に学校を建てればいいものを何故か山の上に建ててるようなもんだぞ。


 とはいえ、地球でも結構変な場所に学校が建っているケースは少なくない。

 昔、何かのドキュメンタリー番組か何かで見たが海外では通学の為に高所で手すりもない木の板の上を渡ったり、壊れた橋にしがみつきながら登校したり、河を歩いて渡ったり、崖の淵を数時間かけて歩いたりして通学したり……命がけで学校に通う子供達もいるらしい。

 それに比べれば……うん。まだ騎士学園は良識的な場所に建っていると言えなくもない。


 まあ、あえて理由を考えるなら……訓練用に学園内に魔物を飼ってたりするから、とかかね。

 逃げ出さないようにしっかり閉じ込めているとはいえ、絶対脱走しないとは言い切れないし、街に暮らす人達だって王都内に魔物なんか入れて欲しくはないだろう。

 それと、魔女の手先に狙われる可能性もあるから……だろうか。

 騎士は魔女にとって厄介な存在なわけで、当然攻撃を受ける可能性がある。

 そんな施設を王都の中に置きたくないっていう考えもあるのかもしれない。

 それに俺としても学園が孤立しているのはむしろ助かる。

 もし王都内にあったら、魔女がその分逃げ隠れしやすくなるからな……。

 孤立しているからこそ、魔女の行動スペースを学園地下に限定出来るのだ。


 と、脱線した。

 ともかく俺は現在、変な位置に建てられている学園から離れてビルベリ王国の城下町へやって来ていた。

 その理由は今日行われる行事にゲストとして出席するからだ。

 行事の名は『聖女誕生祭』と言い……まあ、俺の誕生日だ。一応。

 本来聖女の誕生日っていうのは同時に魔女が出現した日でもあるから祝い事にはならないのだが、何故か俺だけ特例で祝い事扱いされてしまっている。

 いや、いいよ別にそんなん祝わなくても……そもそも俺偽物だよ?

 お前等今、偽物の誕生日祝ってるんだぞ。それでいいのか。

 俺なんかより初代聖女アルフレアの誕生日とかを祝えよ。

 まあ、アルフレアの頃は初代だけあってまだ聖女を保護するって動きがなかったから誰も誕生日を知らないんだけどさ。


 レイラに案内されるままに城を出て、用意されていた神輿を見てげんなりする。

 その神輿は、豪華な椅子が付けられたもので、俺はこれからこのクソダサい神輿に座って騎士達に担がれたまま城下町を連れ回される。

 何この罰ゲーム。

 恥ずいから、まだ乗ってないけどもう降りていい?


「さ、どうぞ。聖女様のお姿を一目見ようと皆が集まっております」


 騎士の一人がそう言いながら俺に着席を促す。

 いや、集まらなくていいから……マジで……。

 何で俺、自分の誕生日にこんな羞恥プレイしなきゃならんの?

 もしかして俺、本当は民衆に嫌われてるんじゃね?

 しかもこれ毎年やらなきゃいけないんだぜ。誰だよこんなイベント考えた馬鹿は。

 諦めて椅子に座ると騎士達が神輿を持ち上げ、城下町を歩き始める。

 道には大勢の民衆がいて、相変わらずジャガイモを片手にワーワー騒いでいた。

 ところで神輿を持ち上げている騎士のうちの一人が変態クソ眼鏡にしか見えないのだが……いや、まさかな。他人の空似だろう。

 いくら変態クソ眼鏡でもまさか騎士を襲ってすり替わるなんて馬鹿な真似はしないだろう。

 ……しないよね?


 変態クソ眼鏡ソックリの騎士はともかくとして、何で人々がジャガイモを持ってるかというと……まあ俺のせいだ。

 この世界って、冬だと何の作物も取れずに備蓄の不十分な農民とかがガンガン死んでたわけでさ。

 流石にそれはどうなのよと思ったんで、何か冬越しの為の備蓄用にいいのはないかと思っていたら何とジャガイモが普通にあった。

 ただし貴族しか持っていない珍しい観葉植物として。

 いや、喰えよ……あるじゃん普通に……冬を越せる食べ物……。

 そう思った俺はちょっと南の山の方まで飛んで行ってジャガイモを探して持って帰ってきて、土地を借りて土魔法やら水魔法やらであれこれしてジャガイモを増やして、芽を取って火を通せば食えることを教えてやった。

 そしたらジャガイモはあっという間にあちこちに広がり、今では割とどこでも見る事が出来る。

 これで飢え死にする人数も一気に減ったのだが……おかげで、俺の誕生日はどういうわけかジャガイモに感謝する祭りという側面まで持ってしまった。

 結果、俺の誕生日に人々はジャガイモに感謝を捧げつつ一年の終わりを祝うようになり、わけのわからないカオスな行事が出来上がってしまったのだ。

 何だこの、ドイツのザクセン州のジャガイモ祭りとクリスマスと正月と忘年会を混ぜたようなカオスな祭りは。

 しかも雪で何か色々と造っていたりするので雪祭りも混ざっている。

 こんなん絶対後世でネタにされるやつやん。


「聖女様、我らに祝福を!」


 何か民衆が勝手な事を言っている。

 はいはい……っと。

 適当に回復魔法をばら撒いて、怪我やら病気やらを治しておいてやる。

 ここの民衆はアホなのでこんなのでも有難がるのだ。


「おお……二度と光を映さぬと思っていた眼が……!」

「ああ! 立てなかった我が子が自分の足で立ったわ!」

「もう生えぬと思っていた我が髪がフサフサに……!」

「尊い!」


 何か喜んでるので、これでいいだろう。

 あー……面倒臭い。

 早くパレード終わらねーかな……。

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