第五十一話 思わぬ協力者(前半)
合っているかも分からない考察を止め、俺は再び亀との会話に意識を戻した。
多少の予想外はあったがともかく、知りたい事は知る事が出来た。
聖女の誕生を予知していたのは予言者ではなく預言者で、そんな事が出来る理由は世界の代行者である聖女と対になる世界の代弁者だから。
そしてその正体は長寿の亀、と。
結局、一番知りたかった『何故こっちの世界で起こった事が向こうでゲームとして反映されているのか』は分からず終いだったが、その辺の調査は向こうの俺と伊集院さんに任せるとしよう。
「私の観測した『物語』と現実とで、何故それほどに差があるのかは分からん。
だがお前さんは未来を変える事の出来る存在だと思っている。
私の観測した『物語』では、本当の聖女であるエテルナという娘が魔女になり、そして自殺する事で終わっていた」
亀が語る内容は俺にとっては既に知った内容だ。
解せないのは、こいつがまるでその未来を変えたがっているように聞こえる事だ。
こいつにしてみればエテルナは聖女だが、赤の他人だ。
ならば、その未来を変えたいと思う理由が分からない。
俺だって変えたいとは思っているが、それは俺が個人的に入れ込んでいるからだ。
しかしこの亀にしてみれば……あんまり言いたくはないが、むしろゲーム通りの方が好都合なんじゃないか?
魔女となったエテルナが自殺すれば、魔女の力は行き場を失い魔女と聖女の連鎖は断ち切られる。
つまり世界全体から見れば、あの結末はそれほど悪いものではないのだ。
……エテルナに入れ込んでいたプレイヤーにしてみれば、紛うことなきバッドエンドだがな。
「カッカッカ、何故私がこの結末を変えたがっているか分からないって顔だね?
別に変えたいわけじゃないよ。ただ、分かり切った結末はつまらないってだけさ。
その点、お前さんを見ていれば退屈しなさそうだ。この先どうなるかは私にも分からない」
亀の言葉に、俺はある意味納得した。
なるほど、これは分かりやすい。要するに自分が楽しみたいから未来が変わった方がいいってわけだ。
亀は口元を人間のように釣り上げ、ニヤケ面を作る。
「そこで相談なんだが、私を連れて行ってくれないかい?
聖女よりも聖女らしい偽物の紡ぐ物語に興味がある。
あんたなら、千年間続いたこの世界の循環を変えちまいそうな予感があるんだ。
ここからでも見る事は出来るが、どうせなら近くで楽しみたい」
「物好きな方もいたものですね。しかし私には貴方を連れていく理由がありません」
何か同行を申し出てきたが、ここは丁重にお断りさせてもらおう。
何で俺が亀なんか近くに置かなきゃいけないんだよ。
預言者っていったって亀は亀だから正直臭いし、そもそも俺そんなに亀好きじゃないし。
第一こんなでかい亀なんてどこに置けばいいんだよ。
俺が自室にしてる来賓用エリア? 冗談だろ。
というわけで無理、邪魔。ついてくんな。
「そう言うな、私は役に立つぞ。
例えば……そうさな。
預言者っていうのは聖女と違って、後継者を預言者自身が指名出来るんだ。
その際、私の命と残りの寿命全てを相手に譲って用済みになった私は死ぬ事になる。
だから使う気は一切ない」
「帰りますね」
「ま、待て! じゃあこういうのはどうだい?
これから三十秒後に小さな地震が起こるぞ。
そんで、お前さんの隣にある木の枝の上にいるリスが落下する」
亀はそう言いながら、首で一本の木を示した。
確かにその枝の上にはリスがいて、木の実を齧っている。
それを見ていると、きっかり三十秒で地面が揺れてリスが転落した。
別にリスがどうなろうと知った事ではないのだが、とりあえず掌でキャッチして枝の上に戻しておいてやった。
アイヌの人ならきっと、チタタプにしたんだろう。
それにしても、何でこの亀は地震が起こる事が分かったのだろうか。
実は地面系魔法でこいつ自身が揺らしてたってオチ……でもなさそうだな。それなら俺が気付ける。
「預言者というのは世界の代弁者であって、未来を予知するような力はないと聞きましたが……?」
「ああ、そんな能力は私にはないよ。
けど千年も生きて、世界のあらゆる出来事を見てるとねえ……何となく分かるのさ。
現在の様々な要素に基づいて、この後に起こる事を高い精度で予測する事が可能になる。
その気になれば、ベルネルって坊やがマリーって娘やエテルナという娘と恋仲に落ちた場合の、あったかもしれない
勿論所詮は予測であって予知じゃないから外れる事もあるし、細かい部分が異なる場合もあるがね」
何だそりゃ。さらっと言ってるけどこの亀やべえぞ。
今起こってる事が全部分かれば未来も分かりますって……そんなわけないだろ。
何か昔、本でそういうのを読んだっけな。
あらゆる事象が原因と結果の因果律で結ばれると仮定するならば、今の出来事に基づいて未来もまた確定するとか何とか。因果的決定論っていうんだっけか。
でもそれって、今の科学だと完全に否定されてたはずだが……。
まあ本人(本亀?)も外れる事もあるって言ってるし、あくまで凄い精度の予測でしかないんだろう。
「100%当たるとはとても言えないが、私はきっとあんたの力になれる」
「……本音は?」
「ぶっちゃけ、何話してるのかも分からない猿共に信仰されながらここで寂しく一匹で暮らしてるのがキツイ。
連れてってくれ。お前さんなら造作もない事だろう?」
何か大物ぶっていたので本音を聞いてみたら、あっさりと白状した。
うん、分かってた。
だってこいつに、俺に手を貸すメリットねーもん。
メリットがないのに役立つアピールまでして同行したがるって事は、今の環境にデメリットがあるって事だ。
会話に飢えてるって言ってたしな。
それらの事を考えれば、こいつの思考が『付いていってもいい』ではなくて『むしろここにいたくない』である事くらいはすぐに分かる。
「……分かりました。しかし、まずはアイズ国王に話を通す必要がありそうですね。それと……」
「分かっているさ。お前さんの正体を迂闊に口走るような事はせんよ」
念押ししてやろうとすると、それよりも先に返答されてしまった。
なるほど、予測能力……ね。
俺の次に言うだろう言葉を既に読んでいたって事かい。
少しやりにくいが、まあ使い方次第では役には立つだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます