第五十話 預言者(前半)

 あれから、何か猿共に懐かれた。

 魔物の襲撃から数十分が立ち、その間ずっと守人達は俺の周りで何かを言っている。

 更にドアの向こうから別の守人がやって来たと思ったら、そいつは何か鳥を焼いたと思われる肉を木の棒に刺していた。

 それを置く皿すらなく、何と葉っぱを皿代わりにしている。

 何でこいつら、汽車動かせるの?

 この汽車本当に大丈夫?


「マサジョイセ! クニイインバチイ! ゾウド!」


 何か言いながら、俺の方に肉を差し出してきた。

 何? それもしかして助けたお礼か何か?

 いや、焼いただけの肉はあんまり喰いたくないんだけど。

 というかそれ、さっき倒した鳥だろ。尚更いらんわ。

 ていうかこの身体になってからというものの、そもそもそんなに多く食べない。

 前世では病気にかかる前は人並みには食べてたんだけど、エルリーゼになってからはむしろ省エネだ。

 魔力循環を覚えてからは尚更その傾向が強くなり、今では五日間くらいなら飲まず食わずでも余裕で過ごせるし、トイレにもあんまり行きたくならない。

 本来のエルリーゼはむしろ大食漢だったはずなんだけどな。

 それはそうと、俺に肉を差し出している守人自身が鳥肉を物欲しそうに見ていて涎まで垂らしている。


「……どうぞ、遠慮なさらずに皆で分け合って下さい。私は今はお腹は空いていませんので」

「マサジョイセ! イシサヤ!」


 俺がお前等で喰ってろと促すと、大喜びで齧りつき始めた。

 どうでもいいけど、こいつ等何で俺の事をマサジョイセとかいう変な呼び名で呼んでるんだろう。

 それから猿共の相手にうんざりしつつ過ごしていると、やがて汽車は森の前で停車した。

 どうやら目的地に着いたようだ。


「タシマキツ。イサダクテリオテケツヲキ」


 守人に降りるようジェスチャーで促され、俺とおっさんは下車する。

 それに合わせて守人もワラワラと汽車を降り、俺とおっさんを守るように囲んだ。


「スデキサノコ。マサジョイセ、テケツヲキニトモシア」


 マサジョイセという単語が入っているので多分俺に何か言っているのだろうが、何を言っているかは分からない。

 先頭の守人が歩き始め、それに合わせて俺とおっさんも森の中を移動した。

 森の中は……まあ割と平和なものだ。

 リスのような動物が木々を飛び移り、俺の肩に乗って別の木へ跳躍した。

 鳥が木に止まって鳴き、木々の間から虎のようなサイズの猫が顔を出している。

 何だあれ……猫が進化して虎みたいなサイズになったのか、それとも虎が大人しくなって猫みたいな顔になったのか……まあどっちでもいいか。

 ともかく地球にはいないタイプの猫だ。

 思えば俺は魔物は頻繁に狩っているから色々なものを見るが、この世界の野生動物というのはそんなに見ていないな。


「スデキサノコ」


 守人が立ち止まり、そして手で先に行くように促してくる。

 この先に預言者とやらがいるわけか。

 それじゃあ、いっちょご対面といきましょうか。

 俺とおっさんは守人を残して先へ進もうとする。

 だが、それと同時に奥の方から声が聞こえてきた。


「待っていたぞ……この先にはエルリーゼのみが進むがよい」


 この声の主が預言者なのだろうか。

 まだ名乗っていないのに俺の名を知っているのは、聖女の誕生を予知出来るから……ではないだろうな。

 仮に聖女の名前が分かるとしても、俺は偽物だ。説明がつかない。

 おっさんが心配そうにこちらを見ているので安心させるように頷いてやり、それから奥へと進んだ。


 やがて進んだ先にあったのは、木々に囲まれた不自然に開けた空間であった。

 そこには一つだけ湖があるだけで、他には何もない。

 何だ? 預言者なんかどこにもいないぞ。

 それともこの湖に飛び込めばいいのか?

 そう思い、湖を覗き込もうとすると、水が盛り上がって何かが顔を出した。

 出て来たのは――亀だった。

 大きさにして甲羅だけで5mはあるだろうか。

 人を乗せて泳げそうなサイズの亀だ。

 なるほど、こいつに乗って湖の中に行けという事かな。

 何か浦島太郎みたいだな。


「よくぞ来た、真を超えた偽りの聖女よ。

お前が来るのを待ち続けていたぞ。

私はプロフェータ……人は私を預言者と呼ぶ」


 乗ろうかと思っていたら、何と亀が口を開いて話し始めた。

 預言者の所への案内役と思ったら、まさかの亀が預言者であった。

 なるほど、おっさんが『会えば分かる』って言ってたのはこういう……。

 預言者っていうから勝手に人間を想像していたが、そもそも人ですらないのね……。

 ていうか喋る動物って魔物じゃねえか。むしろ大魔じゃねえか。

 こいつ実は魔女の手先か何かじゃないのか?


「魔物……ですか?」

「カッカッカ、そう思われるのも無理はない。

だが私は魔物ではないよ。

ただ、世界の言葉を代弁する者として世界に選ばれただけの亀さ」


 世界に選ばれただけの亀って何気にパワーワードだな。

 一応言いたい事は分かる。

 聖女っていうのは言ってしまえば世界に選ばれた人間だ。

 このプロフェータも同じように、世界が選んだ存在なのだろう。

 だが何故亀なのか。これが分からない。


「亀である理由が知りたいかい? 何の事はない。

単純に人よりも寿命が長いからさ。

私の種族であるミレニアムタートルは長く生きる個体なら千年以上生きられる。

より永い年月を生き、聖女の誕生を預言し続けろという世界の意思なんだろう」


 なるほどね。つまり世代交代の手間を減らしたわけだ。

 しかし疑問なのは、だったら聖女も人間じゃなくていいんじゃね? ってことだ。

 そもそも人間っていうのは根本的に戦闘向きじゃない。ガチでやりあえば家猫にも負けるクソ雑魚と言われている。

 こっちの世界じゃ訓練すれば超人染みた動きが可能になるし、魔法もあるから必ずしもそうとは言えないが、それでも基礎スペックはやはり獣>人間だ。

 だったら人間よりもずっと強い熊や虎を聖女(?)にして魔法と知性を与えれば歴代の聖女を大きく上回る強さになるだろう。

 勿論俺ほどじゃないだろうという確固たる自信はあるがね。

 だから強い動物を聖女(?)にすれば……すれば…………すれば――。


 ……あ、駄目だな。魔女に辿り着けねーわ。

 聖女が魔女との対決に臨むには、まず魔女の取り巻きや魔物、大魔を何とかしなきゃいけない。

 つまりは騎士や兵士を犠牲にしながら突き進む必要があるのだが、例えば熊が聖女だったらそもそも人間はそんなのを守ろうとしないだろう。

 だって魔物との区別つかねーもん。

 預言者が『この熊は聖女です』と伝えても、それで果たして騎士達が命を盾にするだろうか?

 守るべき対象、熊だぞ。

 だからといって、人間の助力を得られないならば同じ戦法は取れない。

 いくらその熊聖女の知能が高かろうが、他の動物は動物のままだ。そいつの為に盾になったりはしない。

 つまり聖女を人間以外にしてしまうと、その時点で孤軍奮闘が確定する。

 いくら強かろうがそれじゃ無理だ。魔物の物量差に負けて殺される。


「私を偽りの聖女と言いましたね。ならば貴方は私の正体を……」

「ああ、知っているよ。お前さんは聖女じゃない。

ただ聖女と同じ村に生まれ、才能に溢れていただけの別人だ」


 ふむ、やはり分かっているか。

 まあこいつ自身が他ならぬ、聖女の誕生を預言してきた存在だ。

 そりゃあ聖女とそうでない奴の違いくらいは分かるだろう。

 だが解せないのは、何故俺の名を知っていたか。そして何故俺が来る事を知っていたかだ。

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