第三十六話 免罪符(後半)

 自分の命を盾にして、自分の事を心配する主を脅す。

 それは騎士として最低の裏切り行為だ。

 そんな事はレイラだって分かっているだろう。

 だが、それでも生きていて欲しいと思う程にレイラの中でのエルリーゼは大きすぎた。

 彼女はきっと、冷静ではない。

 エルリーゼへの忠義と、彼女を失うかもしれない恐怖、不安……そうしたものに圧し潰され、迷走し、そこをアイズ国王に絡め取られて血迷った。


「……君達は、どちらが正しいと思う?」


 フォックスは、ベルネル達の目を見て問いかける。

 自分は閉じ込める事が正しいと思って行動した。

 不自由ではあっても、城の中でエルリーゼは十分に恵まれた暮らしを送る事が出来る。

 ならば無理に魔女と戦わせて失うより、その方が彼女にとっても世界にとってもいいと、自分を誤魔化した。

 この問いに真っ先に答えたのは、エルリーゼ成分が不足して顔が真っ青になっているサプリだ。


「野生では五年、飼育下では二十年。

これはスティールの平均的な寿命だがね、鳥は野生で生きるよりも適切な管理と理解の元で生きる方が長生き出来る。

私は肯定しますよ、学園長。

至高の聖女を失う選択など言語道断。

閉じ込めて愛でる……いいではないですか。

彼女のいない世界など私は価値があると思えません。

残す選択……私は同意しますね」


 熱狂的なエルリーゼの信者であるサプリの声に迷いは一切感じられなかった。

 彼は元々、あの時からエルリーゼを閉じ込めてしまう事を既に彼は考えていたのかもしれない。

 エルリーゼを失った世界より、エルリーゼ一人の方が彼にとっては価値がある。

 故にこの答えは必然のものであった。

 極端な話、サプリにとってはエルリーゼを閉じ込めた結果魔女がフリーになって何千、何万人と死のうが知った事ではないのだ。

 どうせ元々、聖女を犠牲にしてその命を踏み台にして生きてきた連中だ。仮に全人類が集まろうとエルリーゼに比べれば塵だと、彼は本気で思っている。


「私は……おかしいと思う。

だって本人の意思を無視してるじゃない。

まずはエルリーゼ様の意見を聞くべきでしょう!?」


 次に全力で否定したのはエテルナだ。

 彼女の意見も尤もだ。

 ここでいくらアレが正しい、これが正しいと論争しようが結局は本人を無視して行ってしまっている。

 ベルネルもそれに頷き、一歩踏み出した。


「俺はエルリーゼ様を助けに行く。

だが今回の相手は王様だ。下手をしなくても騎士どころか、お尋ね者になるだろう。

だから、来たくない奴は来なくていい」


 今回は皆に『協力してくれ』などと言えない。

 将来を棒に振るどころか、罪人になるかもしれない道だ。

 それでもベルネルに迷いはなかった。

 あの日救われた恩を返す。その為ならば、何を敵に回してもいいという決意がある。


「……私は……ごめん。よく分からない……」


 マリーは、その背を追う事が出来ずにその場で佇み、アイナも踏み出す事が出来ずに足がすくむ。

 ジョンとフィオラも同じだ。動きたいのに動けない。

 無理のない事だ……魔女や魔物と戦う覚悟は出来ても、国と戦う覚悟は出来ていない。

 特にマリーとアイナは貴族だ。自分がよくても、動いた結果家族や領民に被害が及ぶと考えてしまえばどうしても足は竦む。

 結局動いたのは二人……エテルナとベルネルだけだ。


「私も行くわ。あんた一人だけじゃ不安だもの」


 エテルナはエルリーゼより、ベルネルを心配して同行を申し出た。

 この、どこまでも突っ走ってしまう友人には誰かが付いていてやらなければならない。

 その突っ走る理由が他の女で、自分が視界に入っていないのは少し腹が立つが……だが、応援しようと思った。

 何故ならずっと、そんな直向きな彼に惹かれていたのだから。


「今回は敵同士のようだね。私はこのまま聖女の城へ行き、国王達に協力を申し出る」


 サプリはベルネルとは逆の方向に迷いがない。

 聖女を生かす。その目的の為ならば彼は何でもするだろう。

 故に今回は彼は味方ではない。

 その事を理解し、ベルネルは静かに頷いた。


 そしてベルネル、エテルナとサプリは顔を合わせずに学園を出た。



 思ったんだけど……これ、実は俺が求めた最高の環境なんじゃね?


 城に軟禁されて今日で一週間。

 ベッドの上でダラダラしながら、俺は何となくそう思い始めていた。

 いや、だってこの状況って何もせずに養われてる状態なわけじゃん。

 王様達は確かに俺を城に軟禁しているが、俺に聖女を続けて欲しいので閉じ込める以外は友好的で、色々便宜を図ってくれる。

 俺は別に何かお仕事しなきゃいけないわけでもなく、こうして日がな一日自室でゴロゴロしてていい。

 いわば世界中の王をバックにつけたニート生活だ。

 しかも大義名分言い訳もある。だって俺閉じ込められてるし!

 自分で閉じこもってるんじゃなくて王様達に閉じ込められてるんだし!

 っかー、仕方ねーなー! 閉じ込められてるんじゃ仕方ねーなー!

 本当は外に出てバリバリ聖女の仕事したいんだけど、それ許して貰えないならダラダラするしか出来ないなー! っかー、つれーわー。

 俺本当は皆の為に身を粉にして社畜になりたいんだけど、それ許して貰えないからなー!

 いやーつらいわー!

 ……とまあ、こんな感じだ。

 ニート特有の悩みである『働け』催促もない。だって働くなって言われて閉じ込められちゃったわけだし。

 あ、でも一応閉じ込められて辛いというポーズだけはしておきます。

 窓前に立って、窓に手をかけて遠くを眺めてみたり。憂鬱気な表情作ってみたり。

 まあそんな事しながら心の中では今日の晩飯なんだろうなとか考えてるんだけどな。

 見張りの裏切りナイトAに、今日も世界は平和なままかとか、魔女や魔物に苦しめられてる奴はいねーがーとか聞いてみたり。


 しかしあれだね。

 囚われのお姫様悪くないじゃん。

 むしろこれ最高の身分じゃん。

 閉じ込められてるって免罪符を掲げていくらでも好きなだけダラダラ出来るんだぜ。

 ゲームとかで実は自力で脱出出来そうなくらい強いお姫様とかが主人公が来るまで捕まったままとかあるじゃん?

 しかも別に牢に閉じ込められてるわけでもなく、首輪や鎖で自由を奪われてるわけでもなく、ボスの部屋のすぐ隣の部屋で普通に主人公が来るのを待ってたりとか。

 そんなのねーよって? いや、あるんだよ。

 例えば国民的に有名なアクションゲームの毎回誘拐されるお姫様ね。あいつ実は普通に魔法とか使えて、フライパンで敵を殴り殺せる。

 回復魔法も得意だからむしろタイマン性能は主人公より上まであるのよ。

 しかも作品によってはプレイアブルキャラで普通にアクションしたり、主人公が誘拐されたからって逆にお姫様が助けに行くパターンすらあった。

 そんなに強いならもう自分で魔王倒して逃げて来いよ。お前普通に勝てるよ。

 しかも彼女を誘拐している亀の魔王はアホなので、マグマのすぐ上に橋をかけて更に橋を切断する為の斧まで用意してヒーローが来るのを待っているのだ。手の込んだ自殺かな?

 じゃあお姫様、後ろから近付いてその斧で橋を落とせばいいじゃん。それで解決するじゃん。

 と、そう思っているプレイヤーは俺以外にもいるはずだ。

 けど分かったわ。自分がその立場に立ってみてよく分かった。

 囚われのお姫様ってすげえ楽。自分の意思じゃないって免罪符で好きなだけダラダラ出来る。

 まさにニート天国。

 あまりに居心地いいんで、つい一週間も居座ってしまった。

 どうせ学園では冬期休みが明けるまでやばいイベントはないし、脱出するのはそれからでも遅くはないだろう。

 つーわけで、もうちょいのんびりするわ。

 折角のニートタイムだし、存分に満喫させて貰おう。

 あ、でも自分の意思じゃないアピールの為に意味もなくお祈りポーズとかしておこうか。

 神様仏様、今日の晩飯はチキンがいいです……っと。

 はいお祈り終わり。さー、ゴロゴロするぞ。あと一週間はここでの生活を満喫してやる。

 うわははははははは!


 ……え? 誰か助けに突入してきた?

 ウッソだろお前。空気読めよ。

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