第三十五話 囚われの(偽)聖女(後半)

 エルリーゼが学園から消えて一週間が経った。

 各国の王との交流会に招かれた、と言っていたがそれにしては戻るのがあまりに遅すぎる。

 場所は聖女の城だったはずだが、学園と聖女の城の距離は馬車で三時間も移動すれば着けるほどに近いはずだ。

 それもそのはずで、このアルフレア魔法騎士育成機関は聖女の騎士を育成する為の機関である。

 この学園で優秀な成績を収めた者が向かう職場こそが聖女の城だ。

 故に学園は聖女の塔近く、国境ギリギリの位置に建てられている。

 だからこそ、どう考えても一週間も戻らないのは明らかにおかしかった。


 学園への滞在を止めて、そのまま城に帰ってしまったのだろうか。

 あり得ない話ではない。

 元々聖女が学園に通っている方が異例の事態なのだ。

 ならば元々あるべき場所へ戻っただけと言える。

 だがベルネルは知っている。エルリーゼは確かに『すぐに戻ります』と言っていた事を。

 仮に城に滞在しなくてはならない理由が出来たとしても、彼女が何も言わずに去るだろうか?


「明らかにおかしい」


 授業が終わった夕暮れの時間帯。

 ベルネルはいつものメンバーを集め、話し合っていた。

 ベルネルにエテルナ、ジョンとフィオラ、マリーとアイナ、そして一週間もエルリーゼの姿を見ていないせいで禁断症状が出てブルブルと震えているサプリ。

 彼等は無人の教室で、何故エルリーゼが戻って来ないのか意見を出し合う。


「魔物か盗賊に襲われたとか……?」

「そうだとしても、エルリーゼ様なら問題なく返り討ちに出来るだろう。

レイラさんだって近くにいるし……それに、そんな事になったらもっと騒ぎになっているはずだ」


 エテルナが考えられる可能性の一つを口にするが、ジョンはそれを否定する。

 もしも聖女がそんな理由で行方不明になれば、もっとあちこちで大騒ぎになっているはずだ。

 国も捜索状を出して、兵を動かして大々的に探すだろう。

 だが現状、そうなっていない。腹が立つほどに平和なものだ。

 少なくとも国はこの件で一切騒いでいない。

 何より不気味なのは、聖女がいなくなって一週間も経つのに学園側が何の行動もせず、何も生徒に伝えていない事だ。

 生徒達の間では何故エルリーゼがいなくなったのかと騒ぐ声も出ている。

 だというのに、何の対応も行わない。これは明らかに異常だった。


「先生、学園長は……」

「馬鹿のように『問題ない』とだけ繰り返している。詳細は私達教師にも伝えられておらん。

既に国から、聖女が学園を去る事は伝えられているらしい」

「国から?」

「ああ。聖女は国王達との食事会に向かい、そして国からは聖女が戻らない事が通達された。

つまり今回の件には国……場合によっては各国の王が一枚噛んでいるのかもしれん」


 国が聖女に害をなす……少し前までならばそんな事はないと笑った事だろう。

 だが今は違った。

 ディアスとの戦いで、聖女と魔女の関係を知ってしまった。

 聖女の城が実際には聖女を閉じ込める為の監獄である事も……先代の聖女アレクシアが国人達に殺されかけた事も知っている。

 その知識がある以上、『まさか』という考えがどうしても頭を過ぎる。


「王様達がエルリーゼ様を閉じ込めた……?

でもどうして? 魔女をやっつけて次の魔女になってしまったわけでもないのに、何で今エルリーゼ様を閉じ込めるの?」

「……むしろ今だから……そうする……?」


 フィオラが不思議そうに言うが、マリーはどこか納得したような様子であった。

 それから、静かな口調で話す。


「魔女を倒さなくても……もう世界は平和……。

魔女は……聖女様を怖がって動かない……。

無理に倒すより……このままの方が、いい……のかも?」

「それはつまり……エルリーゼ様が魔女になるくらいなら、現状維持の方がマシだから、王様達が閉じ込めたって事?」

「……そうかもしれない」


 マリーの憶測に、誰も反論は出来なかった。

 確かにエルリーゼが魔女になってしまうくらいならば、現状を維持している方が遥かにいいように思えてしまう。

 魔女がいる以上、完全な平和ではない。

 だがそもそも、その『魔女のいない平和』など数年しか続かないのだ。

 それに対し、『エルリーゼがいる平和』は彼女が生きている限りは続く。

 それを捨ててまで無理に魔女を倒す理由が思い浮かばない。


「……それでも、だからって本人の気持ちを無視して閉じ込めるなんて俺には正しいと思えない。

それじゃあ、ただエルリーゼ様を利用しているだけだ」


 もしかしたら、このままエルリーゼは城に閉じ込めておいた方がいいのかもしれない。

 やはりそんなのは間違えているのかもしれない。

 ベルネルにはどちらが正しいのかなど、分からない。

 だがこのまま放っておくことなどベルネルには出来そうになかった。


「どのみちここで話しててもただの憶測よ。

事の詳細を知ってそうな人に……お父様に、直接聞きに行きましょう」


 そう言って、アイナが立ち上がる。

 ディアスに代わって学園長に就任したフォックス子爵は彼女の父だ。

 娘であるアイナが聞けば、あるいは学園長も知っている事を話してくれるかもしれない。

 ベルネルはそう思い、アイナの案に乗る事にした。


「そうだな、聞きに行こう。

ここでいつまでも話していても意味がない。

俺達で真相を突き止めるんだ」


 これが自分達の考えすぎや勘違いならば、それでいい。

 それが一番いい。

 だがもしも本当に国人達がエルリーゼの自由を奪い、自分達の為に利用しようとしているのなら……。


 少なくとも自分は、相手が国王だろうと戦おう。

 そうベルネルは密かに決意した。

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