第三十四話 動き出した王族(後半)

 それから交流会は和やかに進んだ。

 途中、財政難の国が他の国に援助を求めて、にべもなく一蹴されるなどの光景は見られたが、まあ穏やかなものだ。

 そしてある程度場が温まってきたところで、おもむろにアイズ国王が話を切り出してきた。


「ところでエルリーゼ様、最近は魔女を探して学園に潜入しているそうですが……見付かりそうですか?」

「ハッキリとした事はまだ言えません。あくまで状況証拠で、学園にいる可能性が高いと踏んだだけですので」


 実際はもう確定しているのだが、それはまだ言わない。

 どこにスパイが潜んでるか分からんからね。

 それにこの中の誰かが口を滑らせて、それで魔女に伝わる可能性だってある。


「なるほど、まだ魔女を倒す段階には至っていないと……それはよかった」


 いや、よくねえだろ。

 馬鹿なのかな?


「エルリーゼ様、これは相談なのですが……魔女を倒すのは、やめませんか?」


 何言ってるのこのおっさん。

 魔女倒さないとハッピーエンドがずっと来ないだろ。

 ていうかこんなイベントあったっけ?

 ……いや、ないな。そもそもエルリーゼが交流会に呼ばれて学園を離れるなんてイベントそのものがない。

 まあその辺はゲームのエルリーゼと俺が違うから、多少違いが発生したんだろうくらいに思っていたが、何やら空気が不穏になってきたぞ。


「……どういう事です?」

「魔女を倒さずとも現状、貴女がいるだけで十分に世界は光に傾いています。

民は明日を恐怖せずに暮らし、魔物は勢力圏を縮め、魔女は隠れ……昔は行き来するのも命がけだった街道も今は安全に渡れるようになった。

全て貴女がいればこそです」


 ふむ。まあ、偽聖女で中身アレだからこそ、ガワをよく見せるのには結構力を注いだからな。

 だが、それがどうしたというのか。


「だから、このまま・・・・を維持するのがよいのではないか、と我々は思うのです」

「より良くしようとは思わないのですか? 魔女を倒さぬ限り、完全に世界の闇は晴れません」

「そうですな。確かに理想は魔女を倒す事……それが一番、世界から闇を払う。

しかし、その平和はほんの五年程度しか続きません。

そして貴女ほどの聖女が今後現れるとは私には思えない。

ならば、五年しか続かない100の平和を求めるより……貴女がいる限り続く、95の平和を維持するべきなのではないか……私はそう思います」


 何か変な事言い出したぞ、このおっさん。

 魔女を放置して現状維持しろってか?

 何言っちゃってんの? 頭大丈夫?


「詳しくは語れませんが……魔女を倒した聖女は必ず、失われます。貴女であっても例外ではない。

エルリーゼ様、貴女はまさしく過去最高の聖女だ。他の聖女はもって五年……魔女を倒して次の魔女が現れるまでの僅かな期間の平和を作る事しか出来なかった。

だが貴女は既に七年間も平和を維持している……そして貴女が生きている限り、この平和は維持される。

貴女を失うのは大きな損失であり、そして次の大きな災厄の誕生に繋がるでしょう。

だから提案したいのです……魔女を放置しませんか・・・・・・・・・・?」


 うわあ、何かすげえヤバイ事言い出したぞ。

 事もあろうに国を守るべき王様が、世界で一番脅威になるだろう魔女放置を持ち掛けてきやがった。

 まあ、少しは分からんでもない。

 こいつ等から見れば、もし魔女を倒した場合に次の魔女になるのは俺だからな。

 要するに『クッソ強い無敵の魔女なんか出してたまるか』ってところだろう。


「……先日、ルティン王国が壊滅しかけた事はご存知ですね?

魔女がいる限り、あのような惨劇は必ずどこかで起こります」

「しかし貴女はそれを防いだ。守り切った。

だから私は確信したのですよ。

聖女エルリーゼがいれば、無理に魔女を倒さずとも平和は維持できる……と」


 アイズ国王はニコニコと笑いながら、話を続ける。


「むしろ私はこの“95の平和”こそが最高のバランスだと思っています。

魔女が死んでからの平和な五年間は魔女の脅威も魔物の脅威もありません。

しかし、敵のいなくなった人類は人類同士で争い始める。結束が緩む。

知っておりますか? 過去に行われた人類同士の戦争は全て、魔女がいない空白の期間に行われているのです。

たとえ100の平和があったとしても、人類は自らそれを80……いや、70にも60にも減らしてしまう。

だが魔女がとりあえず存在している今……この95の平和は、私の生涯で最も素晴らしい時期でした。

共通の敵がいる為に人は人同士で固く結束し、適度な危機感を維持し続け、そして聖女エルリーゼの名の下に明日を信じて前向きに生きる。努力する」


 アイズ国王は両手を広げ、更に話す。

 何ていうか、流石一国の王だ。話をするのが上手い。

 自分の言っている事があたかも正しいかのように飾り立てて、『そうかもしれない』と思わせる会話力に長けている。


「95でいい……いや、95いい!

完全では駄目なのですよ。完全では、その先がないから逆に人は駄目になる。

ゴールに行き着きそうで行き着かない、このバランスがいいのです。

世界全体が光に傾き、されど完全に闇は駆逐されず……そう、それはあたかも太陽という大きな光に怯える小さな影のように、僅かながら確かに存在している。

今、この世界に必要なのは魔女を倒す事ではありません。

貴女が聖女の座に君臨し続ける事なのです!

さすれば、この平和は続く! 貴女がいる限り十年でも二十年でも!

いや、歳を取らない貴女ならば百年だろうと!」


 あー、うん。なるほどね?

 よく分かった。このおっさん致命的な部分を分かってねえわ。

 まあ俺が偽聖女って事教えてないから仕方ないんだけどね?

 多分俺が不老だから、ずっと生きてると勘違いしてるんだな。

 むしろ逆だ。俺の寿命は人並みほどもない。

 多分生きて、後一年もないだろうからな……ぶっちゃけ電気切れ寸前よ。

 元々この世界の平均寿命ってそんな長くないし、そこにベルネルの闇パワー吸収とかやったんで当然なんだが。

 魔物に殺されたり等の外的要因による死を計算に入れれば平均寿命は驚きの二十年未満。

 それを取り除いても餓死やら栄養失調やら病死やら凍死やらで赤ん坊の二人に一人は死ぬので平均寿命は三十年未満だろう。

 生活環境のいい王族や貴族、騎士などは五十歳や六十歳まで生きるのも珍しくないが、平均寿命は割と酷いものだ。

 一応、俺がアレコレやった結果、子供の生存率は飛躍的に上昇したはずだが……それでも現代日本と比較するとね。

 とりあえずここは変に刺激せずに、当たり障りのない返答でもして流しておくか。


「なるほど……そういう意見もあると、前向きに参考にさせて頂きます」

「参考? それはいけませんな」


 俺はこの場を荒立てずに終わらせる気だったのだが、どうも向こうはそうではないらしい。

 指を鳴らすと、それと同時に兵士が一斉に雪崩れ込んできて俺を包囲した。

 おいおいおい……そこまでやるか?


「エルリーゼ様!

貴女には魔女を倒さずにこのまま、正義の象徴として死ぬまで聖女を続けて頂く!

これは既に、我等国王同士で話し合って決めた決定事項だ!」


 ……ええ……。

 寿命で死ぬまで籠の中の鳥やってろってか……。

 そういや、あっちで見たエテルナルートでもこのおっさん、俺の事を幽閉してたっけ。

 何だか面倒な事になっちゃったぞ。

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