第三十二話 自分との対話(前半)

 マジか。こいつ迷う事なくこっちに来やがった。

 メインヒロインのエテルナも人気投票一位のマリーも、ツンデレ高飛車ツインテールのアイナも年上堅物ヒロインのレイラもいるのに、その全てを無視して俺の方に来るとは……さてはこいつ、節穴だな?

 『あの夢』から得た情報で、この世界がゲームで言う所の本来あり得ないエルリーゼルートの世界である事は知っている。

 だが……なあ? どんなネタプレイだよこれは。

 いや、分かっている。俺は内面はともかくガワは聖女ロールを続けているし自分でハッキリ言ってしまうが超が付く美少女だと思う。

 ていうか中身がクソな分、このガワを保つのに魔法まで使ってインチキしてるんだ。

 だからガワがよく見えるっていうのはつまり、俺の苦労が報われている事の証でもある。

 だが俺の聖女ロールは所詮演技だ。中身も外も本物の聖女とは程遠い。

 主人公っていうのは……ほら、あれだ。人の中身とか本性とか、そういうのがある程度見抜けたりするもんじゃないのか?

 フィクションでも外面だけはいい人っぽく振舞ってる奴を周囲が信頼する中で主人公だけが怪しむとか、結構あるだろ。

 タバコを札で買う……妙だな? とかさ。

 ベルネルお前、今自分が誘おうとしているのが最大の地雷って分かってるか?

 ルートを切り替えるならここしかないぞ。

 このダンスパーティーはゲーム的にいえば、好感度調整の為の救済措置だ。

 お前にとっては、地雷を避ける最後のチャンスかもしれん。

 本当にこれでいいのか? お前、絶対後悔するぞ!

 後悔するから俺は止めておいた方がいいと思う!


「エルリーゼ様、誘われていますよ」


 フォックスのおっさんが朗らかに言う。

 どうやらこの空気の中で俺を誘いに来たベルネルに感心しているようだ。

 ぐ……ここで無視し続けるのは外聞的によくない……か。

 いっそ断っちまうか?

 ダンスに誘われた女性は最低一曲踊るのがマナーみたいな雰囲気もあるが、別に断っちゃいけないわけじゃない。

 トイレに行きたい時とか、足が痛い時とか、体調が悪い時とか……後は相手が酔っている時とか、身の危険を感じる時とかは断ってもいい。

 だが現在俺は特にコンディション的に問題はないし、ベルネルは上記のどれにも当てはまらない。

 それに……こんな大勢の見ている前で断ったら、流石にベルネルの恥になるよな……。

 しゃーない、一曲だけだぞ。

 町内夏祭りの盆踊りで鍛えた俺のダンススキルを見せてやる。

 まあこの世界じゃ盆踊りはないけどな。


 ベルネルと一曲踊り、その後は俺も男性パートをやりたいのでレイラを誘ってもう一曲いってみた。

 そしたら何故かレイラが当たり前のように男性パートをやり始めてしまった。解せぬ。

 レイラと踊った後はもう疲れたという事にして、椅子に座って『もう踊らない』オーラを出す事で乗り切った。

 パーティーの終わりにさしかかると、いくつかのカップルが出来上がったらしく、連れ立って外に出て夜空を見上げている。

 いいねえ青春だねえ。爆発しちまえ。

 ついでに俺も外に出て空を見上げる。

 空気が綺麗なこの世界では夜空の星がよく見える。実に綺麗なもんだ。

 でもよく見ると星座とかが明らかに違う。

 そうして見ていると、ベルネルとエテルナが連れ立ってやってきた。

 お? そうそう、それでいいんだよ。

 まだエテルナフラグも折れてないと見ていいのかな、これは。

 よし、それならいっちょサービスだ。

 魔法で光をあれこれ調整して……ほい、流星群。


「うわあ……」

「見て見て、あれ!」

「あったよ、流星群!」

「すげェ!」


 夜空を見ていた生徒達も流星群にはしゃぎ、あちこちで歓声が上がる。

 まあ実際には流星群なんかなくて、光でそれっぽく見せているだけなんだけどな。

 こんな手品でもタネが割れなきゃいい思い出になるだろう。

 しかしベルネルは俺の仕業と勘づいたのか、こちらを見ていた。

 流石に露骨すぎたか。

 まあ気にすんなベルネル。こういうのは黙ってるのがいいんだよ。

 それにチャチな手品でも割と綺麗なもんだろ。


「ええ。……本当に……とても綺麗だ……」


 分かってるじゃないか。

 そうそう、素直に手品を楽しんでおけ。

 思考停止して騙されておくのが手品の楽しみ方だぞ。



 パーティーが終わり、俺は部屋に戻って眠りに就いた。

 そのはずが、気付けばまたしても視界に広がるのはあのアパートの一室だ。

 起き上がって周囲を見ると、不動新人男の俺が椅子に座って、こちらを見ていた。


「よう、来たなエルリーゼ。待っていたぞ」

『おう、俺。ていうか……マジで前の夢の続きなのな』

「言っただろ、夢じゃねえって」


 夢であって夢ではない。

 それが前回の別れ際に新人おれがいった事だ。

 確かにこうも連続して同じ夢を見ると言うのはそうある事ではない。

 しかもただの同じ夢ではなく、全部がしっかり繋がっている。


「早速だが前回の続きといこう。

いつお前が目を覚ますか分からないし、次にいつ機会があるかも分からない。

そしてあと何回話せるかも分からん」

『それはどういう……』

「まあ待て、それもちゃんと話す。まずは聞け。

……その前に、やっぱ違和感あるから口調だけ向こうにいる時と同じにしてくれ」


 我儘なやっちゃなあ……。

 まあ俺なんだから当然と言えば当然なんだが。

 まあ実際、この外見で前の話し方をしてたら違和感凄いだろうし、それに慣れると向こうでボロを出しかねん。

 一応ここは従っておいてやるか。


『仕方ありませんね……これでいいですか?』

「お、いいねえ。エルリーゼと話してるって感じが一気に上がった。

これで中身が俺でさえなきゃ惚れるとこなんだがな」

『やめろキモイ。自分同士とか誰得だよ』

「だよな。安心しろ、俺もそんな気はない。美少女は中身も大事だ」


 何とも頭悪そうな俺自身との会話をしつつ、軽く笑う。

 何だかんだで向こうではずっと演技しっぱなしだから、素を出せるのは新鮮な気分だ。


「さて、前回どこまで話したか……。

そうそう、お前が何者なのかって話だったな確か。

まず俺が思うに、お前は転生ってやつで間違いないと思う。

お前が入る事で変化したゲームの内容では『エルリーゼ』は五歳を境に性格が急変したと言われている。

だが語られる五歳以前のエルリーゼが明らかに変化前と違う。

我儘である点は同じだが、我儘の方向性が違う。

ありゃあ、どっちかというと記憶がないのに半端に現代日本人の感覚だけを持って行った『俺』がやりそうな我儘だ」

『やはりそう思いますか……私もフォックスに言われ、同じように考えました』

「ああ。そこでだ……恐らく始まりはあのエテルナルートのエンディングを見て眠った日だと俺は思っている。

思うにあの日俺は、仮死状態に陥ってたんだ。

上手く説明は出来ないんだがな、何となく分かるんだ。ああ、俺死んでたなって。

こう……何と言えばいいのかな。暗い穴の底に自分が落ちていくような感覚っていうか……ああ、俺死ぬのかなとか薄っすら思ってた。

だが俺は息を吹き返しちまった。そのせいで魂が全部そっちに行かず、半端に二人に増えちまったんだ」

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