第三十話 不安(後半)

 で、だ。この賄賂にも勿論理由がある。

 この世界の王族とかってぶっちゃけ聖女の末路とか知ってるんだよね。

 むしろ魔女を倒して戻ってきた聖女を閉じ込めて外に出さないように聖女の城は造られた。

 普段は豪華な城なんだけど、仕掛け一つであっという間に監獄に早変わりする仕組みだ。

 ついでに、城の地下では魔物がこっそり飼われている。

 理由? 勿論聖女を殺す為だ。

 魔物ならば聖女を殺せるのは既に実証済みだからな。

 つまり各国の王族は今は友好的な顔をしているが、魔女がいなくなればあっという間に敵対者に早変わりするわけだ。

 俺もそれは知っているので、今の内に奴等の胃袋を賄賂で掴んでおく。

 俺が魔女を倒して死亡退場するなら別にこんな事しなくてもいいんだが、一応偽聖女バレからの追放ルートに入った時の為に保険はかけておく。

 こうやって聖女である事以外にも自分の付加価値を付けておけば、追放された後でもどっかのお偉いさんがお菓子目当てでこっそり保護してくれるかもしれないからな。

 寿命が残り僅かとはいえ、その残る寿命を逃亡生活ばかりで終えたくはないし。

 どうせなら最後までいい暮らしをしたいと思うのは人として当然やろ。


 そうして賄賂を作っていると、誰かがノックをしたので「どうぞ」と言う。するとレイラが入室してきた。

 無言で入って来るとは珍しい。

 何だ? 匂いにでも誘われたか、このいやしんぼめ。

 ちょっと待ってろよー。お前の分もちゃんとあるからさ。

 あ、やべ、なかった。まあ俺の分代わりにやればいいか。


「エルリーゼ様……お聞きしたい事があります」


 おう、何? 俺のスリーサイズ?

 すまんな、図ってないから自分でも分からん。

 え……違う?


「エルリーゼ様は、魔女を倒すつもりなのですか?」


 そらそうよ。

 何当たり前の事言ってるのこの子。

 魔女倒さないとハッピーエンドじゃないしさ。

 ……いや、実はあるんだけどね。魔女死なせないでハッピーエンドにする方法もさ。

 前も言ったけど、このゲームでは魔女アレクシアも攻略対象だから、アレクシアルートっていうのも存在する。

 そのルートではアレクシアを魔女の宿命から救い出して幸せにする事がちゃんと出来るのだ。

 勿論このルートでのラスボスはエテルナで、彼女は死ぬ。何この不憫な子。

 でもそれ難易度高いから、俺のチャートに入ってないんだよね。

 ディアス学園長にはアレクシアを救ってくれとか無責任に言われたけど、正直やりたくない。


「魔女を倒した聖女は、次の魔女になると学園長は言い……そしてエルリーゼ様も最初から知っていた。

けれど私には、エルリーゼ様が魔女になろうとしているようには思えない。

だから……どうかお答え下さい……!

貴女は……貴女は……魔女を、アレクシア様を倒した時に、自ら命を絶つ気なのではないですか!?」


 レイラの言葉に、俺は笑みを深めた。

 惜しい! かなり近いけど、ちょっと違うな。

 正確には自殺じゃなくて、魔女から流れ込む闇パワーによる死亡だ。

 そんで俺はあの世で、悠々自適なニートライフを満喫してやるのである。

 自分の命に執着がなさすぎると思われるかもしれないし、俺の考えが少し一般からズレている事は分かっている。

 でも自意識が続くなら、生きてるとか死んでるとかそんな、気にするような事じゃないんじゃないかなって俺は思うんだよな。

 『自分が消える』と『死ぬ』は同じじゃないっていうか……俺が怖いのは自分が消える事であって、残るんなら別に死んでもいいかなーくらいに思ってるのよ。

 元居た世界地球でもそう悪くない人生は送れたし、後はのんびり過ごして、ネットを見たりゲームやったり、ラノベ読んだりしていつかやって来る死を待つだけだっただろう。

 俺って奴はそういう奴なんだ。多分どっかが、普通の人よりネジが緩んでるんだろうな。


「どうか教えて下さい……。

私は……いや、私達近衛騎士は……貴女達聖女を死地に導く為に仕えていたのですか……?」


 とうとう涙声になってしまったレイラを見て、考える。

 どこまで話したものかな。

 まず、カミングアウトにはまだ早い。

 こんなところで偽聖女カミングアウトして、それがどこかに漏れて『偽物やん! 追放したるわ!』なんてなったら、少々面倒だからな。

 レイラは口が堅い方だとは思うんだが、人の口に戸は立てられぬとも言うし。

 最終的には俺が偽物バレして、聖女の座をエテルナに返すのは全然構わない。

 むしろそれが筋だと思うし、最後に俺がやるべき事なのだろう。

 レイラは聖女に仕えてきた一族で、その事を誇りに思っている。

 そんな彼女にとって、仕える奴を死なせる為に守っている、というのは辛い事なのだろう。

 騎士というものの存在意義そのものを彼女は今、見失っている。

 だから俺はレイラの涙を指で拭ってやって、安心させるように言う。


「貴女が気に病む必要はありません、レイラ。

騎士でも、この事を知っているのはごく一部の、王族の息がかかった者だけでしょう。

私も直接知らされたわけではありません。ただ、偶然知る機会があっただけです」


 主にゲームの外のメタ視点でな!

 しかしメタ視点ってある意味、どんなチートも霞むレベルのインチキだよな。

 まあ活用するけどさ。


「聖女と魔女の運命は……変わらないのですか……?

どうあっても……聖女とは、報われないものなのですか?」

「いいえ、変える事は出来ます。私はその為にここにいる」


 まあ本当の所、俺が何でここにいるとか分かるわけないんだけどね。

 とはいえ、こう思っておいた方が気分的にはモチベーションが上がる。

 そう、俺はこのゲームをハッピーエンドにする為に来たのだ。


「大丈夫です、レイラ。

貴女の聖女・・・・・は絶対に死にません。

私は必ず、この悲しい運命を、この時代で断ち切ってみせます」

「ほ、本当ですね……? 死なない方法が、魔女にならずに済む道があるのですね!?」

「はい、あります。今はまだ詳しくは語れませんが……どうか私を信じて、ついてきて下さい」


 レイラの表情が目に見えて明るくなり、慌てたように涙を拭った。

 まあ嘘は吐いてないよね。

 聖女は確かに死なないし魔女にもならない。

 まあレイラはこれでかなり甘々だから俺が死んでも泣いてくれるかもしれんが、すぐに立ち直るだろう。

 何せ本物の聖女は俺みたいなガワだけ中身クソと違って、本当にいい子だからな。

 ていうか正直ね、割と俺も騙してる罪悪感あるのよ。

 だってレイラって本来はエテルナに仕えるはずの子で、その為に子供の頃から一生懸命頑張って来たわけだろ。

 なのに実際仕えてみたらそれは偽物でしかも中身男だぞ。どんな嫌がらせだよ。

 こんな優秀な子をいつまでも俺みたいな偽物の下で働かせてるのは、俺の米粒ほどの良心でも響く。

 だから、ちゃんと本来の主の下に仕えさせてやりたいと思う。


「大丈夫です。最後には必ず、皆が笑って迎えられるハッピーエンドにしてみせますから」


 俺の計画に見落としはない!

 鬱ブレイカーエルリーゼに俺はなる。

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