第十六話 アイキャンフライ(前半)

 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!


 さて、意味の分からない展開になって参りました。

 エテルナのまさかの『私は魔女』発言に、流石の俺もただポカンとするしかない。

 何がどうしてそんな、加速トンネルを抜けた直後に後続の車にスピンアタックされてコース外に吹っ飛ばされたようなアクロバット結論コースアウトを決めたのか分からない。

 まず大前提として聖女と魔女が同年代は絶対にあり得ない。

 聖女の誕生は『先代聖女の死』か『先代聖女の魔女化』を世界が感知してから発生するものだから、それこそ先代聖女が0歳のベイビーの時に前の魔女を倒して、そのまま即闇落ちとかしていない限りは同年代にはならないのだ。

 そんな裏事情は流石に知らなくても、『聖女の誕生は魔女の出現後』という事くらいは学園で配られる教科書に書かれているのでちょっと読めば分かるはず。

 (ちなみに教科書は生徒全員分あるものの、現代のように一人一人新しく配られるのではなく貸出という形で、学年が上がれば次の入学生に渡される使い回し形式だ。なので結構汚い)

 加えて当代の魔女は俺がこの世界で自意識を持ったばかりの子供の頃……つまりはエテルナが子供の頃からあちこちで魔物を生産していたし、悪事も働いていた。

 いかにエテルナの育った村が小さな村とはいえ、魔女の恐ろしさくらいは人伝に伝わっていたはずだろう。

 自分が子供の頃から恐怖を振りまいていた魔女が別にいるという大前提があるはずなのだから、この勘違いはあり得ない。

 しかしたとえ勘違いでもその発言はやばい。

 嘘とか本当とか関係なしに、魔女が世界共通の敵であるこの世界での魔女自白は、その場で斬り殺されても文句を言えない大失言だ。


「魔女だと……!? エルリーゼ様、お下がりを」

「エテルナ君。その発言は……まずあり得ない事だが、冗談じゃ済まないよ」


 ほらあ! レイラと変態クソ眼鏡が戦闘モード入っちゃったじゃん!

 俺は咄嗟に二人の前に出て手で制し、エテルナを見る。

 こちらに向けられる彼女の目には恐怖しかない。

 全く何でこうなるかね……。


「待ってエテルナさん! 貴女が魔女なんて……そんなわけないでしょう!?」

「そうだ! 第一君も僕等と一緒にファラ先生に捕まったじゃないか! それどころか殺される寸前だった!」

 

 フィオラとモブAが必死にエテルナを説得しようとしている。

 彼等の言葉はもっともだ。

 冷静に考えればエテルナが魔女など絶対にないと誰でも分かる。

 だがそんな二人の前でエテルナはナイフを取り出し、強く握りしめた。

 血は……出ない。

 その光景を見て全員が固まった。


「私は、昔から怪我をした事がない」


 そう淡々とエテルナが語る。

 あー、こりゃマジでやばいな。

 エテルナの『私は魔女』発言の信憑性が増してしまった。

 実際は逆なのだが、少なくともここにいる皆の中では『まさか』という疑惑が芽生えたのは間違いないだろう。

 以前に俺は、聖女は自傷ならダメージを負うと言ったが……自傷にもダメージを負うやり方と、負わないやり方がある。

 聖女が自分で自分を傷付ける事が出来るのは、聖女の力が聖女自身に効くからだ。

 逆に言えば聖女の力が乗らないやり方ならば傷は受けない。

 例えば今のナイフの場合、右手で持ったナイフで左手を切り付けるならばそれは傷になる。

握った手を通して僅かなりとも聖女の力が刃に伝達するからだ。

 だが今のように手でナイフの刃をそのまま握れば……傷は絶対に付かない。

 他にも崖から飛び降りるだとか、首を吊るだとかも無効化される。


「先生……これって、魔女か聖女にしかあり得ない事なんですよね」

「……ああ。間違いない」

「そして聖女は既にいる。エルリーゼ様が魔女じゃないって事くらいは誰だって分かる。

だったら……私が魔女という答えしか残らない……」


 あっ、理解『可』能。

 なーるほど、そういう思考なわけね。

 エテルナは要するに『私が聖女の力を持ってるんだからエルリーゼ偽物じゃん!』と考えずに、『聖女がもういるんだから私が魔女かもしれない』と思ってしまったわけだ。

 分かってみれば簡単だったが、やはりこの子は俺みたいな自己中心思考とは完全に違うんだなと改めて思う。

  俺が彼女だったら、真っ先に『エルリーゼ』を疑った。それは俺と言う人間の根幹が初対面の相手をまず信じるより先に疑う事から始まるタイプだからだ。

 だが彼女は俺と違う人種で、疑うより信じる方が先にきた。だからあんな結論になってしまったのだ。

 根本が俺と違っていい子すぎたから、こんな勘違いしたのね。

 しかし感心してばかりはいられない。このままではエテルナが魔女で確定してしまう。

 飛び降りたところで死ぬ事はありえないが、この誤解を解かなければ『魔女エテルナを討つべし』と瞬く間に世界中に号令がかかってしまうだろう。


 それを止めるのは簡単だ。

 俺がカミングアウトしてしまえばそれで済む。

 しかしこれをやってしまうと俺が聖女を騙った罪で死刑台直行だし、何より俺というフェイクがいなくなる事で本物の魔女は大喜びでエテルナを殺しに来るだろう。

 つまり今、俺が偽物だと悟られるのは不味い。

 だがこのままではエテルナが魔女扱いされてしまう……本物の聖女がだ。


 ……言うか?

 クソッ、もう言っちまうか?

 カミングアウトをしてしまえば、予定は全変更を余儀なくされる。

 今死刑台に送られるのは嫌だから逃亡生活待ったなしだろうし、難易度は一気にベリーハードだ。

 だがこのままエテルナが魔女認定されるよりは……。

 しゃーない……自白ゲロするか。


「エテルナ。貴女は勘違いをしています。貴女は――」

「来ないでってば!」


 俺が偽物カミングアウトをしようとした瞬間の事だった。

 興奮したエテルナが叫び、そして後ずさった事で彼女は宙に放り出されてしまった。

 おいいぃぃぃ!?


「あ」


 エテルナが茫然と、間の抜けた声をあげる。

 やばい! 唐突すぎて反応が遅れた!

 俺は咄嗟に飛行魔法で飛び出し、落ちていくエテルナへ向かう。

 だが予想外は重なる。

 何と、俺のすぐ後ろからは何故かベルネルまで飛び降りていた。

 おいこらああああ!


 ヒロインを救う為に咄嗟に動いてしまったのだろう。

 それは分かる。よーく分かる!

 だがお前、空も飛べないお前が落ちて来ても何も出来ないだろ!

 俺は、俺を通り過ぎて落ちていくベルネルの腕を慌てて掴む。

 しかし流石に急すぎたので姿勢制御が上手く行かず、強化魔法も不十分だった事もあって引っ張られるように落ちていく。

 ていうか重いわボケ! お前体重どんだけ増えてるんだよ!?

 筋トレばっかしてるからこんな重くなるんだよ!

 その先にあるのは突き出した岩。このままぶつかれば流石に闇パワーで守られたベルネルといえど大怪我をするかもしれない。

 ベルネルは魔女ではなくて、あくまで魔女の力を持っているだけなので普通に怪我をする時はする。

 くお〜! ぶつかる〜! ここでアクセル全開、インド人を右に! ヨガー!

 そうして何とか岩を回避したものの、急なカーブによってバランスを崩し、俺達は海にダイブしてしまった。

 うえっ、しょっぱ。

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