第十四話 加速する誤解(後半)
……この件は保留にしようか。
ベルネルにはエテルナを気にかけておくように言っておいて、しばらくは様子を見よう。
アイナ・フォックスも今の所襲撃の気配なし。
なのでこっちも保留。もしかしたらこのままモブキャラで終わるかもしれない。
んで次のイベントは……各ヒロインごとに色々あるが、生死に関わるものはないのでスルー。
というかベルネルがそもそもエテルナ以外のヒロインと関わりを持っていない。
酷い話だけど、このゲームのヒロインは大半はベルネルと関わらなければモブキャラに成り下がる代わりに最後まで生存するので、むしろこのままの方がいいかもしれない。
夏季休暇前の中間試験……これも気にする必要はない。
夏季休暇……その時の好感度が高いヒロインごとに個別イベントあり。無視していい。
休暇明け……年に二度の闘技大会。ここで魔女の刺客として魔物が襲撃してくる中ボス戦あり。
……ふむ。
とりあえず、闘技大会まではしばらくは平和そのものだな。
あ、いや、待て。気にするべきイベントが一つだけあった気がするぞ。
学園内で捕獲されている魔物の暴走イベントがあった。
これは、訓練用に飼育されている魔物(つまりは騎士の実戦訓練で斬り殺される為に飼われているわけだ。カワイソー)が、地下にいる魔女の力にあてられて活性化し、校内に解き放たれるというものである。
とはいえ、この魔物はただの雑魚なので、名もなき可哀想なモブが二人くらい死ぬだけですぐに鎮圧される。
ついでにこの時、ベルネルが頑張って魔物を倒せば一緒にいるヒロインの好感度が大幅上昇するボーナスイベントだ。
まあモブとはいえ意味もなく死ぬのは可愛そうだ。
このイベントが起きたらすぐに助けてやるか。
◇
エルリーゼが転入して以降、学園は毎日祭りのような状態になっていた。
皆が盛り上がり、今日は聖女とすれ違っただとか、姿を見ただとかで盛り上がっている。
だがそんな中でエテルナは自分の気分が沈み続けているのを感じていた。
自分は魔女かもしれない。いや、きっと魔女だ。
そう思い込んでから、彼女はずっと恐怖に縛られていた。
エルリーゼは魔女の気配を感じてここに来たという。
いつか、自分が魔女だとバレるのだろうか。バレたらどうなってしまうのだろうか。
そう考え、眠れない日々が続いた。
最近では時折、こちらを監視するようなエルリーゼの視線も感じる。
気分を晴らす為に、弱い魔物相手の戦闘訓練などもやってみたが、あまり変わらなかった。
それでも、自分に悪意がないと知ってもらえればもしかしたら見逃して貰えるかもしれないという淡い希望もあった。
そうだ、魔女といっても別に悪い事をしたいわけではない。
要は悪い事をしなければいい。それならきっと、許してもらえる。
ファラ先生がああなってしまったのは……よく分からないが、あれはきっと何かの間違いなのだろう。
だって自分はファラ先生に何もしていないのだから。
そう思う事でエテルナは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあったが……すぐに、次の試練が彼女を出迎えた。
「助けてくれ!」
「何で校内に魔物が!」
教室で授業を受けている最中、外から悲鳴が聞こえた。
一体何事かと思う前にエルリーゼが弾かれたように飛び出し、すぐにその後を護衛のレイラが続く。
遅れてベルネルも走り、ドアを開けた。
その先にあったのは……暴走した魔物が生徒を襲っている瞬間だった。
あの地下室で見た魔物に比べれば小さく弱いものなれど、数えきれないほどの魔物が学園内を走っている。
このままでは鎮圧までに何人かは犠牲になってしまうだろう。
だがその予想を容易く覆せる者が、今の学園には存在していた。
「Hope for the best,but prepare for the worst .(最善を願いながら、最悪に備えよ)」
エルリーゼが何かを言い、それと同時に彼女の足元を中心に光の魔法陣が展開された。
それは一瞬で学園全てを覆うまでに広がり、そして全生徒が光によって包まれた。
その生徒を魔物が襲うが……触れた瞬間、逆に魔物の方が吹き飛んで失神してしまう。
「光の防御魔法! いや、向けられた力を相手に返す攻撃性まで備えている!
それもそのまま返すのではなく、倍返し……いや、三倍返しか!?
しかも反射された魔物が麻痺している……これは雷魔法との複合!
恐るべき複合高等魔法! しかもそれをこの速度で、学園にいる全員に同時に!」
教壇の上にいた魔法授業担当のサプリ・メント先生が興奮しながら叫び、今のがどういったものだったのを解説してくれた。
この先生も何気に凄いのかもしれない。
エルリーゼの絶技に驚きながら、エテルナは廊下の外にいた生徒を見た。
「い、痛い……痛い……」
恐らくは肩に噛み付かれたのだろう。
血を流し、蒼白になる彼にエルリーゼが歩み寄って治療を施す。
「エルリーゼ様……この騒動はまさか……」
「……ええ。恐らくそうでしょう。
魔女の放つ瘴気にあてられ、学園内の魔物が活性化したと見て間違いありません」
レイラの問いにエルリーゼが答えた時、エテルナはビクリと肩を震わせた。
魔女の瘴気にあてられての、魔物活性化。
エテルナはこれに心当たりがあった。
ああ、なんてことだ。私は確かに、つい最近学園内で飼われている魔物に近付いた。
(あ、ああ……私の、せいだ……私がいたから……)
『悪意がなければいい』……とんだ甘えだった。
悪意の有無など関係なく、魔女は魔女なのだ。
そうだ、考えてみれば分かる事。歴史上に一人も悪くない魔女がいなかったとは考えられない。
それでも彼女達は魔女だった。
……本人の意思に関係なく、魔女がいるだけで世界は闇に傾くのではないか。そうエテルナは思った。
エルリーゼがいるだけでそこが光で満ちるように。彼女自身が光そのものと言っても過言ではないのと同じように。
自分がいるだけで、そこは闇になる。自分そのものが闇……。
(だめだ……これ以上誰かを傷つけてしまう前に消えないと……
私が……この世界から消えないと……)
フラフラと立ち上がり、泥酔したかのような頼りない足取りで教室を出る。
普段ならば誰かしらが気付くだろう異常だ。
だが皮肉にも……エルリーゼの見せた奇跡が鮮烈すぎたが故に。誰もがそちらに目を奪われてしまっていたが故に。
誰も、エテルナに気付く者はいなかった。
強すぎる光は時に、闇以上に人の視界を塞いでしまう。
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