第34話『ダークエルフ族のアジトに潜入せよ』

 俺は衛兵所で捕縛されていたダークエルフから、

 ダークエルフの族長たちが潜んでいるアジトの情報を得ていた。



 ダークエルフの暗殺者達がアジトにしている場所は、

 もともとは森の中に静かに暮らす獣人の村であった。


 皮肉なことにその獣人の村は王都や他の村とも交流がない

 村であったため、異変に気づける外部の者がいなかったのだ。


 ダークエルフ達は 元の村人たちは皆殺しにした上で乗っ取った。


 ダークエルフたちは定期的にこのような孤立した村を襲撃し、

 拠点ごと移動しているとのことであった。

 これが、ヤツラの本拠地の特定が困難な理由だ。

 


「場所を特定されないためアジトごと移動する。厄介な存在だ」



 俺は王都の宿屋で過去に襲撃された一件もあり、

 特例として留置所内で身体を完全に拘束されたダークエルフと、

 対面をする機会を得た。



 衛兵の監視のない状況での一対一の対面を実現した。



 俺はヤツラが拷問でアジトの場所や仲間の情報を吐かない事を知っている。

 それは決してヤツラが義理堅いからという理由ではない、

 それによって自身に生じる自身の不利益と天秤にかけているだけだ。


 ダークエルフはどこにでも潜り込む。もし情報を漏らした場合は、

 死すら生ぬるく感じるほどに恐ろしい目にあうと知っているのだ。



 だから俺は錬金術を使い

  


 錬金術を人体に行使する事は自主的に規制されている。

 際限なく残酷な使い方が出来るからだ。


 だが、それはあくまで人道に反するという観点からであり、

 明確に法律で禁止されている行為ではない。

 あくまで自主的な規制によるものだ。

 もっとも、法で規制しない理由はその方法が広まるのを恐れての事なのだが。


 まっとうな錬金術師たちはそのような使い方があることを

 知る者は、一流の錬金術師達の中ですらほとんど居ない。


 ゆえに、その自主的な規制が存在することすら知らないのだ。

 残虐非道なダークエルフたちですら知らない事だ。

 知るのはごく一部の、その方法に気づいてしまった人間だけ。



「存在するだけで人を不幸に陥れる存在にまで人道を適用する必要があるか俺には分からない。俺の行動を悪だと神が裁くのなら、その時は甘んじて受け入れよう」



 今回だけはリルルを連れて行くことはできなかった。

 リルルには俺の冒険者としての本当の戦い方を見せたくなかったのと、

 自身にトラウマを与えた元凶となる存在に近づけたくなかったからだ。



 だから、俺は一人でアジトに向かった。



 これはあくまで俺の個人的な感情から生じる復讐だ。

 この手で憎い相手を自らの手で倒したいというワガママだ。

 これは私刑と言っても良い。



 衛兵が囚人の異変に気づきアジトに追いつくのは、

 俺が全てを終えている頃だろう。

 もしくは、俺が終わらせられている頃のどっちかだ。



 いずれにせよ、全てが終わったタイミングで駆けつける事になる。



 仮に衛兵の手助けを借りて大勢でアジトに攻め込めば、

 慎重で狡猾なヤツラは確実にアジトを捨て、姿をくらますだろう。



 そうなってからではもう駄目だ。

 


 一度警戒したヤツラの居場所を改めて特定するのは困難を極める。

 そしてヤツラはより狡猾に闇に潜んで悪事を繰り返す。



 リルルと同じような目にあう人間が増えるだろう。

  


 だから俺はあえて、単身でヤツラのアジトに向かう。

 愚かで恐れ知らず、勇敢で義憤にかられた冒険者に擬態して。


 冒険者の中には根っからの正義の心を持つ者は確かに存在する。

 そういった者が力を持つことで英雄や勇者と呼ばれる存在となる。


 ダークエルフは、そういった英雄や勇者の可能性を持つ存在を嫌う。

 見つけ次第ただ殺すだけではなく、族長自らが徹底的に拷問し、

 その心を折り玩具としてもてあそぶ。それがヤツラの習性だ。



 だからだ、だからこそ俺は正義の味方に擬態して一人でアジトに近づいた。

 ヤツラにとっては俺が何も知らずにやってきた正義感にかられた

 勇者や英雄候補。まるで鴨が葱を背負って来た存在に見えただろう。

 俺をトロイの木馬だとも気づくはずもなかった。



 ここはダークエルフの族長の部屋。



「お前がここの族長か」



「キヒッ。ソウダ、オレガコノアジトノ長だ」



「谷底のダンジョンでノーライフキングに生贄を捧げていたのはお前達か?」



「オレ、オマエ、知ッテイル。祭壇カラ贄ヌスンダ――オマエ、生カシタママ殺サズ苦シメツヅケル。オマエ、オロカ。ナカマモ連レズ一人デキタ、オマエ、オシマイ」



「俺を殺すというなら冥土の土産に教えてくれよ。お前たちの目的は何だ?」



「神ノ力デ王都ヲ滅ボシ、俺タチノ物ニスル。ミナ、殺ス」



「そうかよ。今までにお前たちは何人の人間を殺してきた」



「キヒッ……。オレハ記憶ガイイ、3875人。殺シタ相手の数ハ忘レナイ」



「なるほど。自ら殺人の罪状を認めた訳だな。ならばお前たちを生かす必要は無い。ギルドの特別法に則りこの場で冒険者としての執行権を行使させてもらう」



「タマニ正義ノ英雄キドリノ愚カ者ガオレタチノマエニ現レル。オマエモ同ジ。トテモ、トテモ、オモシロイ。オマエ、オレタチノ玩具。後悔シテモ、モウ遅イ」



「そうか。わずかな余生を楽しめ」



 会話はそこで終わった。



 ダークエルフの族長は漆黒のダガーで俺の眼球を狙って斬りつける。

 人体のドコを切れば相手の戦意を失わせられるか理解している。

 なおかつ殺さず、あとあと玩具にするのに適した部位を狙う。



 ――だからこそ狙いが読みやすい。



 【邪神の瞳】を取り込んだ俺の動体視力は以前の比ではない。

 いかに素早いとはいえ狙いが明らかで直線的な軌道を読むのはあまりに容易。


 俺は完全に見切り、パリィで弾く。

 族長は大きくのけぞりながら後ろへ数歩後退する。



 族長の一撃が弾かれた姿を見た後ろの護衛2体が動く。

 俺の背中にダークエルフ2体の振るう、刃が振り降ろされる。



「ヒギッ?」



 ダークエルフが刃物を振るった腕が、スッパリ切れ、ボトリと地面に落ちる。

 まるでロールケーキを"糸"で切るような、鮮やかな切り口。


 族長と会話している間に密かに背後に展開ていた暗器 "アリアドネの糸"。

 極細の糸の切れ味はオリハルコンの刃にも匹敵する。

 これがこの"糸"の俺なりの運用方法。


 彼らには何が起こったか分かるはずなどあるまい。

 何しろ目の前の相手は"楽しく狩って遊ぶためのオモチャ"だったはずなのだから。

 だから、からめ手が仕掛けられているとは気づけなかった。



 後ろの男たちの叫び声も――今は聞こえない。

 脳が無価値な雑音として処理する。



 俺は、つい先ほど小盾で突き飛ばした族長に向かい

 最高まで品質向上させた毒玉を投げつける。


 自爆の時間の猶予を与える麻痺玉では駄目だ。

 コイツらを殺す場合は一瞬で終わらせる必要がある。



 前回で学んだ事だ。二度と同じ過ちは冒さない。

 族長から大量殺人の言質も取り、生かさなければいけない道理も無い。

 ならば、最初から殺す気で向かうだけのこと。



 毒玉が族長の顔面で炸裂。


 毒玉の表面を覆うカラが砕け、中から薬剤が飛び散る。

 飛び散った薬剤が皮膚の粘膜に触れるやいなや腐食が始まる。


 目、口、鼻、毛穴あらゆる穴から血を流し、まもなく死ぬ。

 彼は "短い余生" を楽しめただろうか。もう終わった事、だが。



 俺の視点はすでに族長には向いていない。



 族長が俺の背中で何かを叫んでいるがそれすらも聞こえない。

 脳が族長の叫びを聞く意味の無い雑音だと自動的に処理、

 心に凪のような静寂が訪れる。



 死にゆくものの呪詛の言葉など、生者には関係のない事。



 俺は族長に背を向け、俺の事を背後から斬りつけようとしていた、

 族長の護衛のダークエルフをただ、じっと観察する。



 一匹は残った片方の手に投擲用の小刀を構えている。

 おそらく毒を塗ったものだろう。

 正しい判断、合格だ。


 もう一人は、落ちた自分の手の平からナタを取ろうとしている。

 切断された手から強く握り締められたナタの柄を

 片手でほどくことは容易ではない、不合格だ。



 俺は、ナタを残った手で拾いあげようとしている男に毒玉を投げつける。

 それと同時に自分に向かって投げつけられた投擲用の小刀を小盾でパリィする。

 弾かれた小刀はクルクルと回転し壁に突き刺さった。



 投擲用の小刀を投げつけたダークエルフは無表情のまま俺の瞳の奥を見つめる。

 何度も死線を潜ってきたのだろう。腕が一本落ちた程度では動じない。


 俺はサイドポシェットから取り出した毒玉をダークエルフに向かって投げつける。

 この至近距離で、なおかつ防ぐ物を持たない男は顔面に直撃を食らう。

 男は叫び声すらあげずに、死んでいった。


 呪詛の言葉すらあげずに死んでいったこの男は、

 族長よりもあるいは優れた暗殺者だったのかもしれない。



 ――だが今はもうすでに腐肉。そう、腐肉に貴賤はない。



 俺は部屋を出て、残りのダークエルフを殲滅するため、

 更にアジトの奥に足を踏み入れるのだった。

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