第16話『魔導学院の夜間コースを受講してみた』

 ここは王都でも有名な名門の魔導学院。


 とはいっても俺とリルルが受講するのは夜間の部である。

 しかも、夜間の短期コースである。



「リルルは、学校は楽しみ? 嫌じゃない?」



「あたし、学校って、一度も行ったこと無いので楽しみです!」


 俺たちがいくのは厳密に言うと魔法学院の夜間部の短期コースだ。

 それでも、学校で勉強ができると喜んでくれるリルルが眩しい。

 がっかりしないと良いんだけど。


「リルル。勉強道具持ってきたか?」



「はい。ノートと、ペン持ってきました。がんばります!」



 リルルは張り切っているようだ。

 一ヶ月の短期コースの受講料は金貨20枚。

 日本円換算なら……200万円。


 2人で金貨40枚。

 ぼったくりだ。


 なんというか、価値観の違いからだろうか?

 この世界では知識や技術の対価に大金を支払うことに躊躇しない人が多い。


 俺的には1ヶ月に金貨20枚は高いと思うのだが、

 多少無理してでも通う冒険者はいるようである。


 なお、受講費用はこっそり俺が支払っておいた。

 あんまりお金が掛かるの知ったらリルルが遠慮しちゃう可能性があるからな。

 それに、実は俺だって大学っぽい感じの学校に通うのは楽しみなんだ。



「レイ、魔法って不思議ですよね! 使えたら楽しそうな気がしますっ」



「そうだな。魔法は不思議な力だよな。俺は【魔力:1】だから、難しいのは無理だけど、一番簡単な"クリエイトウオーター"だけでも覚えたいと思っている。野良ダンジョンとかでは結構使う魔法なんだってさ」



「目標があってかっこいいです! 学校、楽しみですね!」



「ところで、リルルは何の魔法を覚えたいんだ?」



「あたしは、火、水、雷、土、風の基本五属性の初級魔法を使えるようになりたいですっ! あたしが強くなれば、もっと安全にダンジョン潜れます!」


 想像以上に向学心が高くてびっくりだ。

 1ヶ月の内に五属性の基礎を覚えられたらいいね。


「はは、偉いな。まあ、張り切り過ぎて頭がパンクしないようにな」



「いっぱい勉強すると、頭パンクするですっ?!」



「するぞ~! ボガーンって! 爆発するぞ!」



 頭の上でボガーンっと手でジェスチャーしてみせる。

 俺の口調と仕草から冗談だと分かったのだろう。


 ツボにはまったようでクスクスと笑っている。

 しょーもないギャグに笑ってくれる良い子だ。

 隣にいてくれるだけで嬉しい。


 笑顔がかわいかったので頭を撫でてみた。

 癒されるぜ。そして少しムラっとするぞ。


 いかんいかん、今日は海綿体ではなく

 前頭葉に血流を回さないとな!

 なにせ受講料は金貨20枚だ。


 金貨20枚は相当な金額だ。かなり高額な武器も購入できる。

 つまり、この一ヶ月の授業はそれらの強力な武器や防具と

 同等と考える冒険者がいるから成り立っているのである。


 この世界において魔法の知識を習得することはすなわち、

 冒険者として活躍できる可能性を増やすことを意味する。


 冒険者として活躍できるようになれば長期的には稼ぐ機会が増える。

 そう考えると悪くない投資なのかもしれない。



 なお、俺とリルルが夜間に通う魔導学院は、

 日中は貴族の子息が通う学校のようだ。

 一言でいうとボンボンのご子息ご令嬢達の学校だ。


 貴族に対してつい辛辣になるのは、

 貧乏根性が染み付いた俺の単なるやっかみだ。


 俺は、生前は家があまり裕福でなかった。

 家のゴタゴタもあり大学に通うことは出来なかった。


 それに成績優等生として大学の学費免除してもらえるほど

 優秀じゃなかったし、それに独り身で死ぬ気で育ててくれた

 母親にこれ以上の負担をかける訳にもいかなかった。


 そんなわけで結果的に俺は高校卒業後は就職する事になった。

 だが、大学には多少未練は有った。本当は、行ってみたかった。


 俺は大学にこそ通えなかったが、

 別に本を読んだり、学んだりすることが嫌いなわけではない。

 休日は図書館に通っていろんな本を読んだものだ。

 

 ラノベ小説の楽しさを知ったのも図書館だ。

 図書館ではまったラノベの新刊は本屋で買うほどはまった。


 そんな俺が、異世界では大学っぽい場所で

 勉強する機会を手に入れたのだ。

 運命とは不思議なものである。



「レイは、学校に通っていたことがあるのですか?」



「ああ。まあちょっとだけな」



「魔導学院は初めてですか?」



「そうだな。こういう立派な学校で勉強するのは始めてだ」



「なら、あたしと一緒ですね」



 リルルは俺と一緒なのが嬉しいのか、

 にこにこ笑っていた。




   ◇  ◇  ◇




 魔法学院の夜間クラスの大講堂の席はまばらだ。

 空席も目立つ。空席が多いのでどこに座るかは自由である。


 参加している受講生は、基本的には結構高めの年齢の人が多い。

 中には50過ぎくらいの年齢の受講者も居た。

 基本的には俺らと同じような冒険者達が多いのだろう。


 夜間の講堂は席はガラガラなので、

 受講生同士がくっついて話すようなこともない。

 みんな一定の距離を取りながら座っていた。



 俺とリルルは隣り合わせの最前列の席で講義に挑んだ。



 講師の頭頂部がハゲたおっさんの講義を一生懸命聴いた。

 同じ講義を繰り返しているせいか、話し方はこなれていて

 魔法の理屈を理解していなかった俺にも分かる話し方で助かった。



 リルルは、最初を目を見開いて聴いていた。

 一生懸命、魔法の理論をノートに書いていた。

 

 途中からは限界がきたのか、

 ミミズがのたうち回ったような文字になり、

 途中から頭がメトロノームのように左右に振れだし、

 

 しまいには自分の手のひらをツネって眠気に屈しまいと我慢していたが、

 最終時には俺の肩に寄りかかって、すーすー寝息を立てて寝た。



 うん。リルルは相当がんばったと思うぞ。

 えらい、えらい。後で頭を撫でてやろう。



 ハゲの人の講義が修了したと同時にリルルは目を覚ます。

 本人的には、どこから意識を失ったのか分からない

 くらい深く寝込んでいたようだ。

 ハゲの人に催眠魔法でもかけられていたのかもしれないな。


 

 俺とリルルは一緒に宿に戻ったあとは、

 宿屋を別室にしてからは初めてリルルを俺の部屋に呼んだ。

 いかがわしい目的ではない。


 本音としてはいかがわしい事はしたい気持ちはある。

 だが、少なくとも今日はそうじゃない。



「レイ、すみません。あの……授業中寝てしまいました……」



「インテリハゲが催眠の魔法を使っているのかもしれないな」



 リルルはクスリと笑う。

 夜間部の講師はザビエルのような髪型なのだ。

 親しみをこめてインテリハゲという愛称をつけた。



「今日のインテリハゲ先生の抗議をノートにまとめておいたから、それを元に極力分かりやすく説明するね。まずは火属性からだ。……そもそもの火の成り立ちは……」



 リルルは俺が今日習ったばかりの火属性魔法の講義を

 かなり噛み砕いて説明した。


 ノートにかわいいキャラとかも書いたりして

 できる限り分かりやすく教えたつもりだ。

 眠らずに、ウンウンとうなずきながら聴いてくれる。


 もしかしたら俺に先生の素質があるのかもしれない。

 ……ねーな。生徒が素直だから聞いてくれてるだけだ。



 俺流の火の魔法の講義を終えるとリルルはバタンと床に倒れ寝た。

 勉強慣れしていないリルルにとっては大変だったんだろう。



 お疲れ様。



 寝息を立てているリルルを担いでベットの上に乗せ、毛布を掛ける。

 幸せそうな寝顔をみているだけで癒される。



 俺はリルルに噛み砕いて説明してあげることくらいしかできない。

 それに【魔力:1】の俺が学んでも高位魔法は使えない。

 それでも単純に知らないことを学ぶのは楽しい。



 何よりも、学んだ知識をリルルに教えることができるのが嬉しい。

 俺なんかを慕ってくれる子に何か出来るのが嬉しいのだ。



 俺は、リルルの寝息を聞きながらドロップアイテムの

 限界突破作業を進め、錬金術についての本を読んだあとソファーで寝た。

 なお、当然ながら暴れん坊"ジョニー様"は今日は鎮められませんでした。

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