第十八話 花火と境界線5


 一瞬、ほんの一瞬の出来事である。

 打ちあがった光の軌跡は大きな音を発してから弾けるように夜空に四散していく。


 形を作り、彩りの光が降り注ぐ。

 時間にして、数秒のことだ。


 美しく、短い出来事であるからこそ、儚い。

 でも、儚いからこそ人々は美しい、綺麗と感じるのだろう。

 

 次々と打ち上げる花火を、縁の下に座り見上げていると、同じように庭から夜空を見上げている人達に視線を向ける。

 皆が言葉を発することなく、ただ夜空に打ち上げる花火に目を奪われていた。


 ここではない、少し離れた場所から歓声に似た声も聞こえてきていた。 

 それは、大きさこそ違えど、ここからも漏れていた。


 一つ一つ、打ちあがるたびに、小さな吐息のような声が漏れる。

 本人たちは意識していないだろうけれど、その鮮やかさに、一瞬の輝きに思わず出てしまうのだ。


 

 花火を見上げ、一人別のことを考える。

 これが、青春というものなのだろうか。


 学生の夏休み初日、クラスメイト……正確には幼馴染と友人、そして隣の席に女子生徒だが、同じ高校生の時間を共有する人達とこうして集まり花火を見上げる。


 確かに、これは青春の一ページと言える光景だろう。

 皆が皆、美少女に美少年と贅沢なメンバーだけで構成されているのだから。


 何年も先、学生時代を懐かしむ年代になった頃、この光景を思い出し会話に花を咲かせるのだろうか。

 あの時は楽しかったと、惜しむように話すのだろうか。


 

 雫も、優斗も、綺羅坂も、楓も、とても楽しそうに笑みを浮かべている。

 今、この時間を十分に満喫しているのが見て取れた。


 でも、だからこそ理解してしまう。

 自分と彼らとの違いを―――







 形式だけで大した内容もない終業式を終え、一学期が終了した。

 これで、桜ノ丘学園は夏休みに突入する。


 それと同時に、夏祭りが開催される。

 今日の夕方には駅前の通りが全面通行止めになり、歩行者天国となる。


 そして商店街も含んだ駅前の一帯は夏祭りとして、数多くの出店が並び町中の人が集まる。

 最後には祭りのメインである打ち上げ花火が行われ、盛大に盛り上がるだろう。


 中身もたいして入っていない鞄もぶら下げて、この後の予定についての会話で盛り上がる教室を後にする。

 廊下を進み、階段を下り、そして校門へと歩く。


 どこを通っていても話の内容は同じようなものだ。

 この後の祭りの予定について話していた。


 俺達は一度皆自宅へと帰宅して準備をしてから、午後五時に駅前に集合となっている。

 現在の時刻は正午過ぎ。


 自宅で昼食は取ってから、準備をしても十分に余裕がある。

 むしろ、ひと眠りしても平気なくらい余裕だ。


 今日は綺羅坂も雫も式が終了するとすぐに帰宅した。

 やけに足早に歩いていたから、どこに行くのかと思ったが早く帰って準備をしたいと。


 なので、必然的に隣にいる人物はこいつになった。


「俺、出店を全部回るって企画を考えたことがあるだがな」


「あほか……自分の胃のキャパを考えろ」


 優斗は二ヒヒと笑い、特に意味のない会話を続けていた。

 お互い相手をよく知っているからこそ、気を使う必要性がないから適当な会話でも空気は悪くならない。


 それがいまは、少し心地よく感じていた。

 最近はよく知らぬ人と話す機会が増えていたからだろう。



 優斗もどこか落ち着いた様子で、あれこれと話のネタを振ってきた。

 誰が馬鹿なことをした、クラスメイトが付き合い始めた……興味が引かれる内容はなかったが、それでも家に着くまでの時間つぶしには十分の内容だった。


「じゃあ俺も準備したら湊の家に行くな」


「ああ……」


 分かれ道で優斗の背が見えなくなるまで見送ると、歩を進める。

 そしてすぐに自宅が視界に入ってきた。


 まだ、楓も帰ってきていないのか玄関には鍵がかかり、静けさが漂っていた。

 カバンの中から鍵を取り出し開けると、無人の家の中に入る。



 そしてそのままリビングのソファに飛び込むように寝転がると、静かに瞳を閉じる。


「少し……眠るか」


 これから想像以上に疲れるはずだ。

 今のうちに出来るだけ体を休めておいた方が良い。


 制服のままであることを忘れ、静けさに身を預けるようにそのまま意識を手放した。







「――さん……兄さん」


「んあ?……ああ、楓も返ってきてたのか」


 どらくらい寝ていたのだろか。

 窓の外はあまり変わっている様子はない。


 時計に目を向けると時刻は二時前を指していた。

 つまり、約一時間くらいは寝ていたのだろう。


 硬直した体を伸ばすように体を起こすと、楓が手に持っていたものに気が付く。


「浴衣あったんだな」


「はい!どうですか?」


 自分の体に合わせるように楓は淡い橙色の浴衣を持つと、問いかけた。

 うん、悪くない。


「良いんじゃないか?」


 むしろ、これ以上に似合う浴衣姿があるのだろか。

 お兄さん的には、君がナンバーワンだよ、なんて言葉を掛けてあげたい。


 俺が寝ている間に楓が用意していた軽めの昼食を食べてから、俺もいよいよ準備に取り掛かる。

 と言っても、一度シャワーを浴びて、服装を外用の私服に変えるだけなのだが。


 残念ながら俺の浴衣は昔のだから小さすぎて着ることはできない。

 まあ、もし着れたとしても絶対に着ていかないが。


 余裕があると思っていたが、家を出る時間ちょうどくらいで準備が整い、それも見ていたように来客を知らせる鐘が鳴る。


 間違いなく優斗であることは分かっているので、特に焦る必要もなくゆっくりと玄関の戸を空けた。


「おいっす!」


「お前……なんか普通だな」


 てっきり優斗も何かしら着飾ってくるかと思っていたのだが、普通にポロシャツにジーンズという無難な服装で来ていた。

 

 俺も黒いシャツにチノパンなので何も言えないのだが。


 俺と優斗が玄関で話をしていると、後ろからトコトコと小走りで近づく足音が聞こえる。

 その先に視線を向けると、先ほどの浴衣に着替えた楓が出てきた。


 小さな巾着袋のような小物入れを手に持ち、隣で立ち止まると優斗に挨拶をする。


「優斗先輩こんにちわ!」


「楓ちゃんもこんにちわ、綺麗だね」


「いえ、そんなことないですよ」


 優斗もあいさつを返すと、自然に女性キラーのスキルを発動させて楓を褒めてみせる。

 だが、楓も慣れた様子で返事を返す。


 楓も長い付き合いで優斗の対応も完璧らしい。

 流石は俺の妹と感心しつつ、これで俺の家から集合場所へ向かう三人の準備が完了した。


 雫と綺羅坂に関しては、集合場所に直接集合となっているので、俺達三人は集合場所である駅前の時計台へと向かい出発した。




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